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1.シェラドゥルーガは、生きている
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急ぐべき状況ではあるが、やれることは、全部やった。
美術品。すべて、贋作である。ごろつきに金をやって、言いふらした。
あの教会は棄てる。そのために、荒らすだけ荒らしてもらって、あわよくば焼いてもらう。あの中にはもうひとり用意していたが、こちらもそろそろ死ぬ頃だったので、都合はよかった。
発作の回数は、増えてきていた。
自分も、もうじき。その前に見なければならない。見つけなければならない。自分が教えてきたこと、学んできたことが正しいことを。
「星は、増えているかな」
どこぞやの教授をやっていたという男だった。旧知でもある。金も、いくらか出していた。
「変わらんね」
「そんなはずはない。少なくとも」
「四つ、増えているはずだ。とでも?」
その言葉に、思わず、震えていた。
手紙が一通、送られてきた。書かれていたのは、ひと言だけだった。
バレてる。
そのひと言のため、ここまで急いだというのに、よもやこんなところに、憎むべきものがいたのか。
「雄々しく散りたるもの、非業のうちに死したるもの。ミュザの火は、それらをより尊び、強く照らしたもう。ヴァーヌ聖典、第八章、第二節」
「何を、言っている」
「最近は物騒だよ。女四人、ひどい死に方をした。あんたが世話してやったんだろう?衣食住から旅立ちまで。気持ちは分からんでもないが、でもな」
「あの手紙。やはり、お前か」
「手紙?何を言い出したよ、あんた」
「しらばっくれるな。それで、私を脅すつもりか」
「知らんよ、馬鹿馬鹿しい。何を言い出すかと思えば」
「ほんとうのことを、言え。さもないと」
「どちらも、ほんとうのことを言っている。手紙の事は知らないし、星は増えない。よしんば増えてるように見えたとしても、それは望遠鏡の精度だったり、年月の具合だったりで、見えていなかったものが見えるようになることがある。すべて、観測的な事実だ。あんたの信じるものとは別のものだ」
「真実と事実は、同義だろう」
怒鳴っていた。そうして、押しのけていた。
望遠鏡を覗き込む。どこだ。ジャスミーヌ。エミリエンヌ。コレット。シュゼット。私の恩人たち。生命を投げ打って私の信仰に応えてくれた、我が愛しい隣人たちよ。
私なら見分けられるはずだ。我が神通力なら、必ずや。
おお、永久に伏せし我らが父よ。夜闇を照らす御使たるミュザよ。迷えるものたち、我が導きにより、天道に至れり。星の座のひとつとして迎え入れたならば、どうかここに顕れたまえ。どうか、我が前に見えさせたまえ。
それでも、見つからない。角度を変えても、ピントを変えても、どれも同じ。ただの光る星でしかない。
あの子たちの、魂ではない。
「おい、爺さん。いい加減に」
肩を、掴まれた。瞬間、体の中で、何かが昇り切った。
望遠鏡から目を離していた。手が、赤いもので濡れている。聖句を刻んだ小刀が、その手の中にある。
「まさか、あんたが」
男が、這いつくばっている。その周りが赤黒い。羽虫のような、甲高い音を発している。耳がきんとなるほど五月蝿い。やかましい。耳障りで、仕方ない。
何をした。私は、今、何を。
振り向いた。もう一度、望遠鏡を覗き込む。そうだ。今なら、星が増えるところが見えるはずだ。この男の魂が、天道へ至るところが、見える。
だが、見えたのは、ただの闇だった。あったはずの光の数々が、何かに遮られている。
望遠鏡から遠ざかる。窓から空を眺めた。いつの間にか、分厚い雲が空全体を覆っている。今にも、雨粒が降ってきそうなぐらいだった。
違う。正しくない。あらゆる魂は、その善悪を問わず、天へと昇り、そして、星として。
また、羽虫のような音が響いた。聴いていられなかった。
這い回る男に覆いかぶさって、その喉を切り裂いた。切り裂いて、突き刺した。
音が出ているのは、喉か、それとも舌か。
切り開かれたところから、何かざらっとした、赤いものが見える。そこに手を突っ込んで、それを引き摺り出した。案外、長い。根元から、それを切り取る。
血みどろの中で、それをよく見た。
人間の、舌だった。
叫んでいた。
とにかく、走った。走って、転げ回って、それでも走り続けた。大雨。そして、雷の音。閃光が、何度も瞬く。血と雨で、ぐちゃぐちゃになりながら、走り続けた。
逃げろ。何処かへ。でも、どこに。どこに逃げればいい。
どこへ、行けばいい。どこに、居ればいい。
どくん、と体そのものが脈打った。からだの中のあちこちが暴れ回っている。意識が、浮いている。
こんな時に、来たのか。我が死よ。まだ迎え入れる準備すら、できていないというのに。
多分、倒れていた。眠い。それでも頭と口だけは、壊れたように動いている。
何度も唱えた、はじまりの一節。
荒廃の刻。御使たるミュザ、朱き瞳の龍と相対し、これを斃す。おお、見よ。龍の骸。空を貫く、あの峰のうろへと棄てられれば、たちまち炎の柱となりて闇を焦がす。ミュザは柱を昇りて天へと至り、虚の闇にて輝ける陽光へと姿を変えん。これこそ、昼と夜の、はじまりである。
こんにち、生きとし生けるものの死せる時、誰もがミュザの掲げたる灯火に導かれ、天へと至るだろう。そして彼の者と見え、火の裁きの後、無垢となりせば、星の座として、夜に在ることを赦されるだろう。
「なあ。この水面に移る星々こそ、魂のほんとうの居場所だとは思わないかい?」
薄い意識の中、凛とした声が、延々と唱え続ける聖句に割って入った。
「夜空の星に手は届かない。でも、この水面の星になら手が届く。ふたりで、そこに行けるよ」
どこかで聞いたことのある言葉だった。
「ならわたくしは、月になりたい。我が儘かしら?」
ああ、知っている。昔、よく読んだ、あの“湖面の月”の、最後の一節。何度読んでも心が震える、大好きな名場面。
体が動くことに気付いた。まだ雨は続いている。
濡れた体を、ゆっくり起こした。
「すべて、君の思うがままに。我が愛しき人」
正面に、誰かがいる。背を向けている。
傘を差した、女だった。
「あら、お久しゅうございます。バラチエ司教さま」
振り向いて、こちらに歩いてくる。聞いたことのある声だった。それも、ずいぶん昔に。十年、いや、二十年以上前かもしれない。何度も、顔を合わせた記憶がある。
饗宴を共にしたことも覚えている。あの本の感想を、伝えたことも。
「ああ。今はもう、職を辞されたのでしたっけ?」
稲光のたびに輝く、朱と黒を基調としたドレス。均整の取れた、美しい肢体。
「それとも」
顔が見えた。
美しい、女。纏め上げた、艶やかな朱色の髪。
「やめたのは、人間の方かな?」
稲妻と、雷鳴。咆哮のごとき、轟音。
「ボドリエール、夫人?」
違う、正しくない。
ボドリエール夫人は、紫だった。朱ではない。
つまりあれは、シェラドゥルーガ。ガンズビュールの人喰らい。ただ恐ろしき、朱き瞳のごときもの。
叫んでいた。身が竦んでいる。なぜ、死んでいるはずの人間が。それに、当時の姿のままで。
シェラドゥルーガが、生きている。
「業病を患い、天命を受け入れると口では言いながら、随分と生き汚く、無様な様だね。とっても素敵だ。司祭さま」
その朱いものは、夫人とはまったく違う、傲然とした口調で語りかけてくる。朱い瞳で、睥睨してくる。
「でも残念だねえ。何故、溺死を試さなかったのかい?私の“湖面の月”、気に入ってたんだろう?最後の一節について、顔を赤くしながら、小一時間は語ってくれたのに」
傘を畳み、束ねた髪を広げた。朱いそれは、鬣とも、炎とも呼べるもののように、蠢き、燃え盛っていた。
「私がひとごろしだったから、嫌悪感を抱いた。だから避けたのかな?存外、薄情な奴だったんだな。がっかりだよ」
眼前まで迫ってきたそれを、追い払おうとした。両腕を、突き出す。
何かが、引っかかった。それに気づいて、思わず飛び退っていた。
女の腹に、短剣が刺さっていた。刺して、しまった。
「痛いじゃないか。ひどいなあ」
しばらくの間をおいて、それは平然と言葉を放った。腹から血を滴らせながら、まったく動じていない。
腰を抜かしてしまった。膝が、がたがたと音を立てている。
化け物だ。シェラドゥルーガだ。本物の、人でなし。
「シュゼットも、そう思うだろう?」
シェラドゥルーガが指を差した方を見た。
女がひとり、ぼうっと突っ立っている。体のあちこちから血を噴きながら、こちらを見ている。
自分が殺めた、シュゼットだった。
叫んで、目を逸らした。逸らした先に、コレットが首を吊っていた。舌をだらりと垂らして、ゆらゆらと揺れている。
ジャスミーヌと、エミリエンヌ。ふたりとも、頭から血を流しながら、こちらに這いずりよってくる。首と口から、赤い泡を吹いた男もひとり。
やめろ。やめてくれ。そんなものを見せないでくれ。
「人は死んでも星にならない。骸にしかなれないよ。お前もそれを五人分、見てきただろう?なあ、ひとごろし」
違う。骸にしたのではない。星に、星にしたつもりだったんだ。そうして自分も、そうなるかどうか、知りたかった。
たったそれだけを、知りたかっただけなんだ。
「お前は死ぬ。星にもなれず、聖人にも列せられずにだ」
細い腕が、白い指が、首に食い込む。そのまま、持ち上げられた。
息が苦しい。もがき苦しみながら、その腕を振り払おうと、両手で掴みかかった。
「駄ぁ目」
差し出した手を、払われた。赤いものが、散る。
左腕。吹き飛んでいた。痛みはなかった。
「違う。正しくない。罪ある私を裁くのは」
「傲慢な奴だなあ。神さまも、そこまで暇じゃあないよ」
側に立てかけていた傘の先を、腹にあてがわれた。
やめろ。やめてくれ。
「裁くのは、人。それまでは、遊びに付き合っておくれ?」
痛みに、叫んだ。何かが、体を貫いた。
それはすぐに、勢いよく、引き抜かれた。首を掴む手も、離された。
膝からくず折れる。瞼が、重い。聞こえるのは、雨音と、女の笑い声。
意識を保っていられたのは、そこまでだった。
(つづく)
美術品。すべて、贋作である。ごろつきに金をやって、言いふらした。
あの教会は棄てる。そのために、荒らすだけ荒らしてもらって、あわよくば焼いてもらう。あの中にはもうひとり用意していたが、こちらもそろそろ死ぬ頃だったので、都合はよかった。
発作の回数は、増えてきていた。
自分も、もうじき。その前に見なければならない。見つけなければならない。自分が教えてきたこと、学んできたことが正しいことを。
「星は、増えているかな」
どこぞやの教授をやっていたという男だった。旧知でもある。金も、いくらか出していた。
「変わらんね」
「そんなはずはない。少なくとも」
「四つ、増えているはずだ。とでも?」
その言葉に、思わず、震えていた。
手紙が一通、送られてきた。書かれていたのは、ひと言だけだった。
バレてる。
そのひと言のため、ここまで急いだというのに、よもやこんなところに、憎むべきものがいたのか。
「雄々しく散りたるもの、非業のうちに死したるもの。ミュザの火は、それらをより尊び、強く照らしたもう。ヴァーヌ聖典、第八章、第二節」
「何を、言っている」
「最近は物騒だよ。女四人、ひどい死に方をした。あんたが世話してやったんだろう?衣食住から旅立ちまで。気持ちは分からんでもないが、でもな」
「あの手紙。やはり、お前か」
「手紙?何を言い出したよ、あんた」
「しらばっくれるな。それで、私を脅すつもりか」
「知らんよ、馬鹿馬鹿しい。何を言い出すかと思えば」
「ほんとうのことを、言え。さもないと」
「どちらも、ほんとうのことを言っている。手紙の事は知らないし、星は増えない。よしんば増えてるように見えたとしても、それは望遠鏡の精度だったり、年月の具合だったりで、見えていなかったものが見えるようになることがある。すべて、観測的な事実だ。あんたの信じるものとは別のものだ」
「真実と事実は、同義だろう」
怒鳴っていた。そうして、押しのけていた。
望遠鏡を覗き込む。どこだ。ジャスミーヌ。エミリエンヌ。コレット。シュゼット。私の恩人たち。生命を投げ打って私の信仰に応えてくれた、我が愛しい隣人たちよ。
私なら見分けられるはずだ。我が神通力なら、必ずや。
おお、永久に伏せし我らが父よ。夜闇を照らす御使たるミュザよ。迷えるものたち、我が導きにより、天道に至れり。星の座のひとつとして迎え入れたならば、どうかここに顕れたまえ。どうか、我が前に見えさせたまえ。
それでも、見つからない。角度を変えても、ピントを変えても、どれも同じ。ただの光る星でしかない。
あの子たちの、魂ではない。
「おい、爺さん。いい加減に」
肩を、掴まれた。瞬間、体の中で、何かが昇り切った。
望遠鏡から目を離していた。手が、赤いもので濡れている。聖句を刻んだ小刀が、その手の中にある。
「まさか、あんたが」
男が、這いつくばっている。その周りが赤黒い。羽虫のような、甲高い音を発している。耳がきんとなるほど五月蝿い。やかましい。耳障りで、仕方ない。
何をした。私は、今、何を。
振り向いた。もう一度、望遠鏡を覗き込む。そうだ。今なら、星が増えるところが見えるはずだ。この男の魂が、天道へ至るところが、見える。
だが、見えたのは、ただの闇だった。あったはずの光の数々が、何かに遮られている。
望遠鏡から遠ざかる。窓から空を眺めた。いつの間にか、分厚い雲が空全体を覆っている。今にも、雨粒が降ってきそうなぐらいだった。
違う。正しくない。あらゆる魂は、その善悪を問わず、天へと昇り、そして、星として。
また、羽虫のような音が響いた。聴いていられなかった。
這い回る男に覆いかぶさって、その喉を切り裂いた。切り裂いて、突き刺した。
音が出ているのは、喉か、それとも舌か。
切り開かれたところから、何かざらっとした、赤いものが見える。そこに手を突っ込んで、それを引き摺り出した。案外、長い。根元から、それを切り取る。
血みどろの中で、それをよく見た。
人間の、舌だった。
叫んでいた。
とにかく、走った。走って、転げ回って、それでも走り続けた。大雨。そして、雷の音。閃光が、何度も瞬く。血と雨で、ぐちゃぐちゃになりながら、走り続けた。
逃げろ。何処かへ。でも、どこに。どこに逃げればいい。
どこへ、行けばいい。どこに、居ればいい。
どくん、と体そのものが脈打った。からだの中のあちこちが暴れ回っている。意識が、浮いている。
こんな時に、来たのか。我が死よ。まだ迎え入れる準備すら、できていないというのに。
多分、倒れていた。眠い。それでも頭と口だけは、壊れたように動いている。
何度も唱えた、はじまりの一節。
荒廃の刻。御使たるミュザ、朱き瞳の龍と相対し、これを斃す。おお、見よ。龍の骸。空を貫く、あの峰のうろへと棄てられれば、たちまち炎の柱となりて闇を焦がす。ミュザは柱を昇りて天へと至り、虚の闇にて輝ける陽光へと姿を変えん。これこそ、昼と夜の、はじまりである。
こんにち、生きとし生けるものの死せる時、誰もがミュザの掲げたる灯火に導かれ、天へと至るだろう。そして彼の者と見え、火の裁きの後、無垢となりせば、星の座として、夜に在ることを赦されるだろう。
「なあ。この水面に移る星々こそ、魂のほんとうの居場所だとは思わないかい?」
薄い意識の中、凛とした声が、延々と唱え続ける聖句に割って入った。
「夜空の星に手は届かない。でも、この水面の星になら手が届く。ふたりで、そこに行けるよ」
どこかで聞いたことのある言葉だった。
「ならわたくしは、月になりたい。我が儘かしら?」
ああ、知っている。昔、よく読んだ、あの“湖面の月”の、最後の一節。何度読んでも心が震える、大好きな名場面。
体が動くことに気付いた。まだ雨は続いている。
濡れた体を、ゆっくり起こした。
「すべて、君の思うがままに。我が愛しき人」
正面に、誰かがいる。背を向けている。
傘を差した、女だった。
「あら、お久しゅうございます。バラチエ司教さま」
振り向いて、こちらに歩いてくる。聞いたことのある声だった。それも、ずいぶん昔に。十年、いや、二十年以上前かもしれない。何度も、顔を合わせた記憶がある。
饗宴を共にしたことも覚えている。あの本の感想を、伝えたことも。
「ああ。今はもう、職を辞されたのでしたっけ?」
稲光のたびに輝く、朱と黒を基調としたドレス。均整の取れた、美しい肢体。
「それとも」
顔が見えた。
美しい、女。纏め上げた、艶やかな朱色の髪。
「やめたのは、人間の方かな?」
稲妻と、雷鳴。咆哮のごとき、轟音。
「ボドリエール、夫人?」
違う、正しくない。
ボドリエール夫人は、紫だった。朱ではない。
つまりあれは、シェラドゥルーガ。ガンズビュールの人喰らい。ただ恐ろしき、朱き瞳のごときもの。
叫んでいた。身が竦んでいる。なぜ、死んでいるはずの人間が。それに、当時の姿のままで。
シェラドゥルーガが、生きている。
「業病を患い、天命を受け入れると口では言いながら、随分と生き汚く、無様な様だね。とっても素敵だ。司祭さま」
その朱いものは、夫人とはまったく違う、傲然とした口調で語りかけてくる。朱い瞳で、睥睨してくる。
「でも残念だねえ。何故、溺死を試さなかったのかい?私の“湖面の月”、気に入ってたんだろう?最後の一節について、顔を赤くしながら、小一時間は語ってくれたのに」
傘を畳み、束ねた髪を広げた。朱いそれは、鬣とも、炎とも呼べるもののように、蠢き、燃え盛っていた。
「私がひとごろしだったから、嫌悪感を抱いた。だから避けたのかな?存外、薄情な奴だったんだな。がっかりだよ」
眼前まで迫ってきたそれを、追い払おうとした。両腕を、突き出す。
何かが、引っかかった。それに気づいて、思わず飛び退っていた。
女の腹に、短剣が刺さっていた。刺して、しまった。
「痛いじゃないか。ひどいなあ」
しばらくの間をおいて、それは平然と言葉を放った。腹から血を滴らせながら、まったく動じていない。
腰を抜かしてしまった。膝が、がたがたと音を立てている。
化け物だ。シェラドゥルーガだ。本物の、人でなし。
「シュゼットも、そう思うだろう?」
シェラドゥルーガが指を差した方を見た。
女がひとり、ぼうっと突っ立っている。体のあちこちから血を噴きながら、こちらを見ている。
自分が殺めた、シュゼットだった。
叫んで、目を逸らした。逸らした先に、コレットが首を吊っていた。舌をだらりと垂らして、ゆらゆらと揺れている。
ジャスミーヌと、エミリエンヌ。ふたりとも、頭から血を流しながら、こちらに這いずりよってくる。首と口から、赤い泡を吹いた男もひとり。
やめろ。やめてくれ。そんなものを見せないでくれ。
「人は死んでも星にならない。骸にしかなれないよ。お前もそれを五人分、見てきただろう?なあ、ひとごろし」
違う。骸にしたのではない。星に、星にしたつもりだったんだ。そうして自分も、そうなるかどうか、知りたかった。
たったそれだけを、知りたかっただけなんだ。
「お前は死ぬ。星にもなれず、聖人にも列せられずにだ」
細い腕が、白い指が、首に食い込む。そのまま、持ち上げられた。
息が苦しい。もがき苦しみながら、その腕を振り払おうと、両手で掴みかかった。
「駄ぁ目」
差し出した手を、払われた。赤いものが、散る。
左腕。吹き飛んでいた。痛みはなかった。
「違う。正しくない。罪ある私を裁くのは」
「傲慢な奴だなあ。神さまも、そこまで暇じゃあないよ」
側に立てかけていた傘の先を、腹にあてがわれた。
やめろ。やめてくれ。
「裁くのは、人。それまでは、遊びに付き合っておくれ?」
痛みに、叫んだ。何かが、体を貫いた。
それはすぐに、勢いよく、引き抜かれた。首を掴む手も、離された。
膝からくず折れる。瞼が、重い。聞こえるのは、雨音と、女の笑い声。
意識を保っていられたのは、そこまでだった。
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