春を売るなら、俺だけに

みやした鈴

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【第一話】

アイツの好きなもの

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 期待していたような、恐れていたような。
 仲間と約束してから五日、とうとうその日が来てしまった。

 全ての講義が終わった後、俺は確認の意で仲間に視線を送った。すると彼は片側の口角だけ上げて、意味深に笑って見せる。
 その後すぐにメッセージが来た。

「今日の一九時、よろしくね」

 それに頭をぺこりと下げた可愛らしい猫のスタンプ。
 これからホテルに行くというのに、そのおちゃらけたギャップに少しだけ緊張感が解れた。

 それにしても一九時待ち合わせって。
 ご飯はどうするんだろう。ホテル待ち合わせだから、予め二人で食事をした後に目的地へ向かうってことも無い、よな?

 それなら、何か食べるものを買って行った方が良いんだろうか。

「そう言えば仲間って、甘いもの、好きなんかな」

 当たり前だけど、俺は仲間の事を何も知らない。
 ある知識といえば、メガネを取ったら綺麗で、笑うと可愛いってこと。それに、猥雑な街で男とホテルに入っていったということのみだ。

 なんか、それって寂しいな。

 古い価値観かもしれないが、俺は結婚を見据えてからようやく性行為をするものだと思っている。

 今日だって、ただホテルに行って話をするだけだよな?
 そんな会ってすぐの人間とエッチだなんて、俺には考えられない。

 あぁ、駄目だ。考えれば考えるほど分からなくなる。
 まずはお土産のことを考えよう。

 ぼんやりとしながら歩いていると、どうやら路地裏に入ってしまっていたみたいだ。
 しかしそこで運命的に、少し萎びたケーキ屋を見つけた。
 パッと見入りづらい雰囲気だが、店の外まで人が並んでいる。ここで買っていけば良いんじゃないか?

 そのまま列の後ろについて、店内に入れば、ショーケース内のケーキはキラキラと輝いて見えた。
 どれにしようか一通りプランを立てた後、ティラミス、季節のタルト、ショートケーキ、ベイクドチーズケーキを購入する。
 ある程度幅を持たせた方が仲間も選びやすいだろう。

 戦利品を得て、ホテルに向かおうとしたところで、俺はとある問題点に気付いた。
 ケーキを食べるのであれば、飲み物も必須だ。

 本当はペットボトルのお茶でも良いのかもしれないが、少しだけ見栄を張りたかった。
 カッコつけたいという心理が働いたんだろう。
 だって仲間に対しては良く思われたい、だなんて考えてしまうから。

 俺はそんな事を思案をしながら、ケーキを片手に超大手コーヒーチェーン店へと足を運ぶ。
 カウンターには長蛇の列が出来ており、注文にもしばらく時間がかかりそうだ。

 ショップ前には新作のフラッペの手書きPOPが置かれていたから、きっとそれを飲みに客が押し寄せているのだろう。

 さて、ここでまた次の疑問点が浮かび上がる。

「コーヒーとフラッペ、どっちが良いんだろう」

 はてさて、俺は仲間が飲食しているところを見たことがない。
 つまり、食の好みも全く知らないというわけだ。

 結局何が良いか分からずに、俺はコーヒーとフラッペ、両方買って向かうことにした。
 ケーキ、ドリンク、それに授業に必要なものが入ったデイパックを背負えば、結構な荷物量になった。

「……あ」

 そうだ、夕食って言っても、甘いものだけじゃ物足りないか?
 それならおかず系も買って行った方が良いのかな。

 確かよく行く焼き鳥屋はテイクアウトも行っていたはずだ。
 そう思い、俺はメインストリートに併設されている居酒屋に向かう。
 流石に買いすぎだろうと思うものの、ラブホのことも仲間のことも俺は何も知らない。

 もしかしたら仲間は甘いものが食べられないかもしれないしな。
 なんて言い訳を自分自身にして、俺は焼き鳥屋ののれんをくぐった。

 無事に全ての買い物が終わり、約束していたホテルの前に到着したと連絡すれば、仲間は先に部屋に入っているようだった。

「フロントに部屋番号を告げれば開けてくれるから」

 そのメッセージの後に、猫が頑張れ! と片手を上げているスタンプが送られて来る。

 そこで俺は初めてラブホテルへと足を踏み入れる事となったのだ。

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