春を売るなら、俺だけに

みやした鈴

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【第二話】

君に夢中なウィークエンド

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 昨晩咲を目撃してからというものの、俺はずっと上の空だった。
 次に会うのは来週の木曜。
 ずっと咲の事だけを考えていたいけれど、生憎授業もバイトも俺を待ってはくれない。
 今日は土曜で、居酒屋での仕事は多忙を極めるから余計なことを考えてる暇はないのだが。

 夕方バイト先へ出勤し、仕込みを終え、開店時間を迎えたらじわじわと人が入ってくる。
 そうだ。いったん咲の事は置いといて、仕事に集中しよう。

「いらっしゃいませー!」

 これからのピークタイムに備え、気合を入れるべく、俺は大きな声で客を出迎えた。

「お会計、七一六〇円でございます。……はい。ちょうど頂戴しました。ありがとうございましたー! またのご来店をお待ちしてます!」

 時刻は二一時。オープンの一八時から客足はピークを迎え、酔っ払いも多く、ホールもキッチンも忙しなく動いている。

「すいませーん! 注文お願いしまーす!」
「はい! 今お伺いします! おい彼方、行けるか?」
「はーい、行ってきまーす」

 そう先輩から声を掛けられ、俺は注文を取りに行く。
 呼び出し先は、二人掛けのテーブル席。かなり出来上がった金髪ショートカットの女性と、大人しそうな黒髪ロングの女性二人組だ。

「お待たせしました。ご注文お伺いします」

 そう言って注文用タブレットを取り出せば、酔いが回ってる客は俺の脇腹を軽く叩いた。
 突然の出来事に思わず手を振りほどきたくなるが、仕事中でなおかつ酔っ払いの相手だ。
 女性の手が触れないよう身体を引くと、彼女はすこし不満げに頬を膨らせた。けれどすぐに笑顔を見せ、猫撫で声で俺を呼んだ。

「おにぃさーん、かっこいいねー。名前、彼方さんって言うんだー。ほら、亜奈あなが声かけたいって言ったんでしょ?」
「ひっ、で、でも、わたしにそんな勇気……」

 片方はかなり泥酔しているように見えるが、もう片方は顔を真っ赤にしてはいるものの、そこまで酔いはしていないのだろう。まだ話が通じるように思えたので、その女性に改めて注文を聞きなおす。

「ありがとうございます。追加の注文はいかがなさいますか?」

「じゃーあー。ハイボールで。亜奈は?」
「み、みかん酎ハイをお願いします」
「で、私も亜奈もそこそこイケてると思うんだけど、お兄さん何時上がり? 一緒にカラオケいこーよー」

 すると目の据わった客は、テーブルから乗り出してぐいぐいと俺の腕を掴んでくる。
 こういうのは、本当に困る。

「申し訳ないのですが、この後予定がありまして。お誘いありがとうございます」
「うわー。お兄さん、見た目に反して超真面目ー。カタブツって感じ?」
「ちょっと、酔っ払いすぎ! あ、あの、すいません。迷惑かけちゃって」

 黒髪の女性はそう言って金髪女性を俺から引き剝がすが、どこか残念そうにしている。
 声色が先ほどと比べてトーンダウンしていたからだろう。

「ハイボールとみかん酎ハイですね。かしこまりました。ご一緒にお水もお持ちしますね。では、失礼します」

 ようやく席を離れて、キッチンへとドリンクを取りに行けば、思わず大きなため息が出た。

 やっぱり、苦手だ。
 好意を伝えられるのも、それを断るのも。

 酔っ払いとなると、さらにボディタッチなんかも増えてくるから手を振り払いたくなるが、客と店員という以上、あまり問題になるような行動はしたくない。

「気にしてどーすんだって。集中集中」

 そう言って俺は自分の頬を叩き、己を鼓舞する。
 先ほど声を掛けて来たのは可愛らしい二人組だった。文なら喜んで誘いに乗るだろう。
 だけど俺は、見ず知らずの女性の好意を受け入れて、付き合おうとは全く思わないのだ。
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