春を売るなら、俺だけに

みやした鈴

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【第四話】

流す涙は剛知れず

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 人間、金がなくては生きていけない。
 それは現代に生まれた以上、必ず通る道だ。

 俺も咲と会って美味しいものを一緒に食べるために、より一層バイトに力を入れていたのだが、今日はよく見慣れた顔がテーブル席を陣取っている。

 来店時から嫌な予感はしていた。
 入店音が鳴り、その五人組が入って来るや否や、俺に向かって手を振ってきたのだ。

「よー! 剛、働いてんなァ!」
「……お前ら、なんでここにいるんだよ」
「剛、制服似合うー。超カッコいいじゃん」
「えー。私もここでバイトしようかなー」
「五名様、テーブル席ご案内しまーす」

 やつらはわいのわいの言いながらぞろぞろと店の奥へと移動した。

 こちとら真剣に働いているというのに、ドリンクや料理を運ぶたびに絡まれるから鬱陶しいことこの上ない。
 けれど客は客だ。仕方なく応対していると、いつの間にか席時間を過ぎていたようだ。

「お客様、お会計はこちらになります」

 伝票を彼らのいるテーブル席に運ぶと、結構出来上がっているであろうイツメン、特に仲の良い文は一層愉快そうに笑っている。

「おー。ありがとよ、イケメン店員さん」
「剛、メッチャモテてんじゃんー。老若男女剛にメロメロってヤバくね?」
「っていうか、剛シゴデキじゃん。マジでそのスペックえぐいって」
「お支払いはレジでお願いします。では、失礼します」

 本当、身内がいると普段の倍は疲れるな。そんな事を思いながらレジカウンターに立つと、既に一組の女性客が待っているようだった。

「すいません、お待たせしました」
「やっほー、お兄さん、私たちのこと覚えてる?」

 そう言われて、思考を巡らせる。金髪ショートカットの女性と黒髪ロングの女性。
 二週に一度は来店してくれている客だったが、どこか接点があっただろうか。

「あー。その顔、忘れてるっしょ? ほら、だいぶ前にカラオケ誘ったじゃん」
「あぁ。あの時の。いつもご来店ありがとうございます」

 確かに、言われて初めて思い出す。それは三か月前の事で、酔っ払いの言う事だと思って気にも留めていなかった。

「そそ。今度時間あるときうちら三人で遊ぼーね。ほーら、亜奈も顔上げて。お会計だよ」
「うん。ごめんね、今日はいっぱい迷惑かけて」
「いーんだって。お兄さん、いくら?」
「五七八〇円です。……あ、そうだ。そちらのお姉さん、手を貸してもらってもいいですか?」

 そう言って俺は目を真っ赤に腫らしている黒髪の女性にガムを渡した。

「今から俺、このガムにおまじないをかけますね。痛いの痛いのとんでけ~、なんて、子供っぽいかな」

 これは泣いている子供や、どこか寂しそうにしている客によくやる手法だ。
 少しでも気持ちが紛れると良いんだけど。そんな気持ちから、声を掛けずにはいられないのだ。

「ッ……! あのっ!」

 すると落ち込んでいた女性はバッと顔を上げ、どこか瞳を潤ませながら俺を見つめた。

「はい?」
「かっ、彼方さんって、彼女とか……いるんですか?」
「いえ、いませんよ」
「よっ、良かった……じゃなくて、また来ます! ありがとうございました!」
「はい。ご来店をお待ちしております」
「良かったね、亜奈! じゃあまたね。おにーさん」

 そう言って二人組は店を出た。
 少しでも気持ちが紛れると良いんだけど。
 けれどそんな光景を後ろに並んで見てたイツメンは、ヒューヒューとヤジを飛ばす。

「お待たせしました。伝票、お預かりします」

 平然を保って接客はするものの、この五人組は相変わらずうるさい。まあ、悪いやつらじゃないのは分かってるんだけど。

「よっ! 女泣かせの剛! さっすがだぜ」
「よせって。会計一万六千円です」
「はい。これで。お前ら、後で徴収するからな」
「えー、文の奢りじゃないのー?」
「そんなわけないだろ! じゃあ剛、バイトがんばれ~。また明日な!」
「おう。あ、これ。ガム持って行けよ。じゃ、気をつけて帰れよ」

 彼らと別れの挨拶を済ませ、俺は自分の持ち場に戻る。

 次に咲と会うときは、どんなケーキを買っていこう。
 よし、美味しいケーキを買っていくためにも頑張って働かないとな。

 そんな風に気合を入れながら、俺は日々労働しているのであった。
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