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【第七話】
落雷
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「えっと、こっからだったら、まず表に出て――」
それは俺と咲はそれぞれ外出の準備を終えた後、イルミネーションを見ようとホテルから出たタイミングだった。
「あのっ!」
突然、ホテルの前に居た女性に声を掛けられた。
誰か別の人物に話しかけたのかと思い周囲を見渡しても、咲と俺だけしかいない。
人違いではないのだろう。それならなんだ? こんなところで話しかけられる覚えは全くなかった。
「剛、知り合い?」
「いや。知らない人だと思う。すいません、どこかでお会いしましたか?」
「えっ、私の事、覚えてないんですか……?」
咲の硬い声に、俺は少しだけドキリとした。
先ほどまでの恋人同士の戯れみたいな優しいものじゃない、あからさまに目の前の女性を警戒したような声だ。
俺は記憶の糸をたぐる。
するとぼんやりと、一人の人物に心当たりがあった。
「君、確か居酒屋で……」
「そうです。私、橘亜奈って言います。彼方剛さん。あなたに話があってここに来ました」
「それならどうしてここに? こんなところに女性一人でいたら危ないですよ」
時刻は二二時。酔っ払いは勿論、一般的なサラリーマンとは思えない人たちだって沢山いる繁華街のラブホテルなんて、あまりにも危険すぎる。
そんな心配をしていたから、衝撃的な一言に、俺は動けなくなってしまった。
「なんで男と一緒にラブホテルから出てくるんですか? 気持ち悪い」
「……は?」
この女は、何を言ってるんだ?
一見おしとやかに見える人間からの突然の侮蔑に、俺は一瞬言葉の意味が理解できなかった。
「だから、なんで男とホテルにいたのかって聞いてるんです。しかもこんな軽そうな男と……」
けれど女の言葉はどんどんエスカレートしていく。
意味が分からない。それこそ目の前の女とはバイト先の居酒屋で見かけたくらいで、会話らしい会話もしたことがないし、名前だって今日初めて知ったくらいだ。
「君には関係ないと思うけど。それに軽そうな男って、見た目で判断しないでくれる?」
「だって軽そうじゃないですか! チャラチャラしてて、似合ってないブランドものばっかり身に着けて……私の方が彼方さんにふさわしいです!」
先ほどまで浮かれていた気持ちも、和やかな空気も、一瞬で凍り付く。
恐る恐る咲の顔を確認すれば、今まで見たことも無いような冷え切った表情をしていた。
そのあと、彼は乾き切った笑い声をあげる。いつもの上品さとは全く違う、感情の失った声だ。
「だって、『彼方くん』。これを機に女と付き合ってみたら?」
ダメだ。今一番辛いのは咲のはずだ。俺が泣きそうになってどうする。
俺は繋ぎとめるように咲の腕を掴むけど、これまでにない程の強い力で振り払われた。
「咲ッ! ……ねぇ、君。咲に謝ってくんない? 人を見た目で判断するなんて、最低だと思うんだけど。しかも俺の好きな人をけなしてさ」
必死に苛立ちを抑えようとするが、無理だ。
俺だけならまだいい。だけど咲を加害する人間は、絶対に許せない。
女はどんどんヒートアップしていき、ヒステリックな声で叫ぶ。
「好きな人って、男ですよ? 信じられない。もっと彼方さんにはふさわしい人がいる。男となんか恋愛しても良いことなんて何一つないじゃないですか!」
「お前ッ……!」
「剛」
思わず強い言葉が出そうになる俺を、咲は静止する。
すると彼は俺の目の前に立って、女から遠ざけようとした。
「はーい。そこまで。さすがの僕もちょっと黙ってられないかな。確かに彼方くんには僕よりふさわしい人がいると思うけど、それは君が決めることじゃないよね? 少し失言が過ぎるんじゃないかな」
こんな咲の声、聞いたことがない。
嫌だ。これ以上誰の声も聞きたくない。
叫ぶ女の甲高い声も、咲の感情をまるっきり隠してしまったような平坦な声も。
どうして俺はなんの言葉も出てこないんだろう。
咲を守らなきゃいけないのに、この場を収めなきゃいけないのに。
けれど何かを言おうとしたら、咲にきつく睨みつけられた。君は何も言わないで。そう言わんばかりに。
「うるさい! あなたは黙ってて!」
「うわー。おっかないねー」
「咲。ごめん、不愉快な思いさせて。行こ」
俺が取れる選択肢は、その場から離れることだけだった。
また振り払われても良い。けれど、次は何をされても絶対に離さない。そんな意思を持って、手を強く握った。
「お前が男と付き合ってるって、言いふらしてやるんだから! ぜったい、元の生活を送れなくしてやる!」
女の声は、留まる事を知らず、キャンキャンと騒ぎ立てていた。
その時俺は頭が真っ白になっていて、何も考えられなくなっていたのだ。
それは俺と咲はそれぞれ外出の準備を終えた後、イルミネーションを見ようとホテルから出たタイミングだった。
「あのっ!」
突然、ホテルの前に居た女性に声を掛けられた。
誰か別の人物に話しかけたのかと思い周囲を見渡しても、咲と俺だけしかいない。
人違いではないのだろう。それならなんだ? こんなところで話しかけられる覚えは全くなかった。
「剛、知り合い?」
「いや。知らない人だと思う。すいません、どこかでお会いしましたか?」
「えっ、私の事、覚えてないんですか……?」
咲の硬い声に、俺は少しだけドキリとした。
先ほどまでの恋人同士の戯れみたいな優しいものじゃない、あからさまに目の前の女性を警戒したような声だ。
俺は記憶の糸をたぐる。
するとぼんやりと、一人の人物に心当たりがあった。
「君、確か居酒屋で……」
「そうです。私、橘亜奈って言います。彼方剛さん。あなたに話があってここに来ました」
「それならどうしてここに? こんなところに女性一人でいたら危ないですよ」
時刻は二二時。酔っ払いは勿論、一般的なサラリーマンとは思えない人たちだって沢山いる繁華街のラブホテルなんて、あまりにも危険すぎる。
そんな心配をしていたから、衝撃的な一言に、俺は動けなくなってしまった。
「なんで男と一緒にラブホテルから出てくるんですか? 気持ち悪い」
「……は?」
この女は、何を言ってるんだ?
一見おしとやかに見える人間からの突然の侮蔑に、俺は一瞬言葉の意味が理解できなかった。
「だから、なんで男とホテルにいたのかって聞いてるんです。しかもこんな軽そうな男と……」
けれど女の言葉はどんどんエスカレートしていく。
意味が分からない。それこそ目の前の女とはバイト先の居酒屋で見かけたくらいで、会話らしい会話もしたことがないし、名前だって今日初めて知ったくらいだ。
「君には関係ないと思うけど。それに軽そうな男って、見た目で判断しないでくれる?」
「だって軽そうじゃないですか! チャラチャラしてて、似合ってないブランドものばっかり身に着けて……私の方が彼方さんにふさわしいです!」
先ほどまで浮かれていた気持ちも、和やかな空気も、一瞬で凍り付く。
恐る恐る咲の顔を確認すれば、今まで見たことも無いような冷え切った表情をしていた。
そのあと、彼は乾き切った笑い声をあげる。いつもの上品さとは全く違う、感情の失った声だ。
「だって、『彼方くん』。これを機に女と付き合ってみたら?」
ダメだ。今一番辛いのは咲のはずだ。俺が泣きそうになってどうする。
俺は繋ぎとめるように咲の腕を掴むけど、これまでにない程の強い力で振り払われた。
「咲ッ! ……ねぇ、君。咲に謝ってくんない? 人を見た目で判断するなんて、最低だと思うんだけど。しかも俺の好きな人をけなしてさ」
必死に苛立ちを抑えようとするが、無理だ。
俺だけならまだいい。だけど咲を加害する人間は、絶対に許せない。
女はどんどんヒートアップしていき、ヒステリックな声で叫ぶ。
「好きな人って、男ですよ? 信じられない。もっと彼方さんにはふさわしい人がいる。男となんか恋愛しても良いことなんて何一つないじゃないですか!」
「お前ッ……!」
「剛」
思わず強い言葉が出そうになる俺を、咲は静止する。
すると彼は俺の目の前に立って、女から遠ざけようとした。
「はーい。そこまで。さすがの僕もちょっと黙ってられないかな。確かに彼方くんには僕よりふさわしい人がいると思うけど、それは君が決めることじゃないよね? 少し失言が過ぎるんじゃないかな」
こんな咲の声、聞いたことがない。
嫌だ。これ以上誰の声も聞きたくない。
叫ぶ女の甲高い声も、咲の感情をまるっきり隠してしまったような平坦な声も。
どうして俺はなんの言葉も出てこないんだろう。
咲を守らなきゃいけないのに、この場を収めなきゃいけないのに。
けれど何かを言おうとしたら、咲にきつく睨みつけられた。君は何も言わないで。そう言わんばかりに。
「うるさい! あなたは黙ってて!」
「うわー。おっかないねー」
「咲。ごめん、不愉快な思いさせて。行こ」
俺が取れる選択肢は、その場から離れることだけだった。
また振り払われても良い。けれど、次は何をされても絶対に離さない。そんな意思を持って、手を強く握った。
「お前が男と付き合ってるって、言いふらしてやるんだから! ぜったい、元の生活を送れなくしてやる!」
女の声は、留まる事を知らず、キャンキャンと騒ぎ立てていた。
その時俺は頭が真っ白になっていて、何も考えられなくなっていたのだ。
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