春を売るなら、俺だけに

みやした鈴

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【第八話】

腕の中で眠るあたたかさは

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 とうとうズズニー前日。俺と咲はボンキでリップとおやつを買った後、彼の家へと向かう。
 リップは韓国コスメコーナーに陳列されていた、暖色の赤リップを選んだ。
 イエベがどうのブルべがどうのって、女子たちが話してるのは聞いたことがあったけど、まさか自分でも意識するようになるとは思わなかった。
 けれど咲が選んでくれたのであれば間違いないんだろう、と俺は全幅の信頼を置いていた。

 その後咲の家に着き、手洗いうがいを済ませたら、早速持って来たグロームキャストを設置させてもらう。
 準備が済んだらネッフリランキング上位の気になる映画を見て、腹が減ったらイーバーウーツで飯を頼んだ。それで一緒にケバブを頬張って、口の周りについてるよ、なんて頬をティッシュで拭ってくれたり。

 食事の後は、学校で出された課題を一緒にやって、終わったらシャワーを浴びて。
 貸してもらった咲のパジャマはカシミア一〇〇%で出来ていた。いい匂いだし肌触りは最高だし、これだけで良い夢が見れること間違いなし、というレベルで着心地は抜群だ。

 同じく風呂を済ませた咲は、俺と色違いのパジャマを身に着けている。
 マジで俺たち、同棲してるみたいだよな。咲と一緒に暮らしたらこんな感じなのかな、と思うだけでドキドキが止まらない。

 寝る前は適当に動物の環境ビデオを流しながら雑談をする。
 明日のズズニーの事や、さっき終わらせた課題についてだとか、最近行った美味しい居酒屋とか。
 他愛ないことでもこんなに楽しいんだから、恋が世界の色を変えるって本当なんだなって改めて実感する。

 そして、いざおやすみタイム。
 ベッドルームに案内された俺は、どこか挙動不審にあたりを見渡してしまう。
 ホワイトの壁紙にブラックのカーテン。グレーのラグの上にはブラックの棚付きローベッドが配置されている。シーツは皺ひとつない。寝台の隣には収納付きのサイドテーブルがあり、その上ではスタンドライトが灯っていた。

「剛、おいで」

 そう咲がベッドへ横たわり、布団をめくり俺を呼んでくれる。
 その声があまりにも優しくて、俺はすぐに咲の隣へと滑り込んだ。

「おじゃましまーす」
「はーい。どうぞ」

 そう言って咲が布団を掛けてくれる。フランネルの布団カバーは、まるで毛布のように温かく俺たちを包んでくれた。

「すっげー。咲の匂いがする」
「ごめん、臭かった?」
「真逆。めーっちゃいいにおい。俺、ずっとこのベッドで寝てたい」
「あはは。大袈裟だよ」

 どこか甘くて柔らかい、石鹸みたいな香り。
 でも駄目だ。こんなにいい匂いで、着心地の良いパジャマで、その上咲が隣にいるんだったら一生起きたくなくなるかも。
 そんな中、俺は恐る恐るこんな提案をしてみる。

「なあ、咲」
「何?」
「抱きしめても、良いか?」
「勿論。でもその先はナシね?」
「とーぜん! 俺さ、好きな人を抱きしめながら寝るのに憧れてたんだ。初めてその夢が叶うんだな」
「剛が喜んでくれて何よりです。でもそうだな。僕も、抱きしめられて眠る事なんて、そうなかったかも」
「じゃあお互い初めてじゃん! 咲の初めて、貰っちゃったな」

 そう言って俺は遠慮なく咲を抱きしめる。
 相変わらず肌は冷たいけれど、俺が抱きしめて、体温を分けてやれたら良い。

「剛の腕の中は、いつも温かいね」
「俺、体温高いんだよなー。逆に咲は体温低そう」
「そうだね。高い方ではないかも」
「そっか。あ、そうだ。あと一つだけ確認してもいいか?」
「何?」
「おでこにおやすみのちゅーするのは、アリ?」
「おでこだけならね。それなら、僕もお返ししやすいし」
「よっしゃ! じゃあ咲、おやすみ。あいしてる」

 そう言って俺は咲の額に軽くキスをする。すると彼は照れ臭そうに目を弓なりに描いた。

「おやすみ、剛」

 そう言って咲からもお返しが来る。ヤバい、まさに幸せの絶頂ってカンジ。

 今日という日を迎えるまでは、楽しみすぎて眠れるか不安だったけど、気が付いたら俺は速攻眠りに落ちていた。
 腕の中に大切な人が眠っているこの感覚、一生大事にしていきたい。たとえ年を重ねても、こうして咲と抱きしめ合って眠れたら良いのにな。

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