春を売るなら、俺だけに

みやした鈴

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【第八話】

朝支度も一緒ならば

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 翌朝、スマホのアラームが鳴ったのは午前五時半。重い瞼をゆっくり開けると、そこには柔らかい表情で微笑む愛おしい人の姿があった。

「剛、おはよう」
「……咲?」
「そうだよ。僕の家に泊まってるの、忘れちゃった?」
「……いーや。違う。幸せすぎて、夢なんじゃないかって思ってただけ」

 すると咲はおはよう、と言いながら俺のおでこに軽いキスをしてくれた。

「悪い。ずっと起きてたのか?」
「ううん、僕も今起きたところだよ。可愛い剛の寝顔を堪能してました」
「なんかそれ、スッゲー恥ずい」
「あはは。さ、起きたら顔を洗っておいで? 僕は朝食の準備をするから」

 そう言って咲はベッドから起き上がる。
 俺、ずっと咲の事を抱きしめながら寝てたんだな。ヤバい。めっちゃ幸福な時間だった。
 俺も顔を洗ってこなきゃ、とは思うものの、この微睡からなかなか抜け出せない。

 しばらくこの空気を堪能した後、俺はようやくベッドルームから出ることが出来た。
 その時にはパンの焼けたにおいと、じゅわっと広がるバターの香りがリビングルームに充満していた。

「マジ?」
「どうしたの?」
「いや、朝起きて、咲が居て、飯まで作ってくれて、ガチでこれが現実なのか夢なのか区別付かなくなってきた」
「現実だよ。さ、タオルは洗面台に置いてあるのを使って?」
「うぃーっす。ありがと」

 本当はずっとエプロン姿の咲を見ていたい。けれど家主のいう事は絶対だ。
 洗面台に行き、洗顔フォームを手で泡立てて、顔を洗い流す。

「ただいまー」
「おかえり。朝食の用意も出来たところだよ。簡単なものだけど、召し上がれ?」

 すると咲は大きな皿にトースト、スクランブルハムエッグ、それにレタスとトマトのサラダを乗せて俺に渡してくれた。

「めっちゃウマそー! マジでありがとな!」
「いえいえ。さ、食べよっか。いただきます」
「いただきます!」

 そう言って二人で手を合わせて軽くおじぎする。
 咲の挨拶を欠かさないところって、めっちゃ美点だよな。俺は彼のそういう所も好きだ。

 そしていざ実食。

「んっまー! まずトーストの焼き加減が最高。バターの効いたふわふわ食感のパンは、外をカリカリに焼くのが鉄板だよな。外がサクッとしてて、中が柔らかい二重の食感を楽しめる。それにスクランブルハムエッグ。軽く砂糖も入ってる? ほのかな甘みがアクセントになって、ハムのしょっぱさと絶妙にマッチしてる。しかもサラダもあるなんて、完璧すぎる」
「あはは。剛の食レポがあると、些細な食事でも特別なように思えるね」
「俺にとっては咲と一緒に飯を食う時間はなんであっても特別だけどな!」
「そうだ。デザートにヨーグルトもあるよ。食べる?」
「食う! 至れり尽くせりだな。マジ感謝」

 すると咲は立ち上がえり、透明で小ぶりなガラス容器にヨーグルトを入れて持って来てくれた。
 それにハチミツも。小瓶に手書きのラベルで「りんご」と書いてある。スーパーで見るのとは違い、なんだか自家製っぽい。

「自分一人だと朝食って食べないんだけど、こうして二人で食べるのはとても良いね」
「だろ? それに今日はズズニーだし! 元気付けていかないとな!」
「間違いないね」

 そんな風に笑いながら食事を終えると、咲も顔を洗い、着替えるようだった。
 その時に気が付いた。咲がウォークインクローゼットから取り出したのは、黒のタートルネックと白スキニー。それに俺がクリスマス前に選んだ黒のライダースジャケットだった。
 軽くそれを羽織ると、完璧すぎる程マッチしていた。

「あっ! 今日の服、俺が選んだやつだよな。めーっちゃ似合ってる。いっつも高そーな服ばっかり着ててカッコいーとは思ってたけど、咲はそういう服の方が似合うよ」

 俺は自分の支度を一度やめ、咲のもとへ近付いて行く。
 そして彼の身体をくるくる回すけど、うん。やっぱり最高だ。俺の見立ては間違ってなかった。
 そんな俺の手を制止して、咲はクローゼット横に置かれていた全身鏡で自らの姿を確認する。

「ありがとう。やっぱり剛の目利きはすごいね。そうだ、今度また剛と一緒に服を見に行きたいな」
「任せておけ! でも珍しいな、咲からそういう事言ってくれるなんて」
「ブランド物の服はね、全部捨てたんだ。今の僕は、虚勢を張る必要が無くなったから」

 そうさらっと咲はそんなことを言ってみせる。
 本人は何とも思ってなさそうだけど、それってかなり重大な事、だよな?

「えっ!? 捨てたんだ!? ……でもそれが咲の選択なら、きっと間違ってないんだと思う」
「あはは、勿体無いとか言わないんだ?」
「だって咲は自分なりの覚悟があって捨てたんだろ? そりゃもったいねーとは思うけど、咲が前に進む一歩を踏み出してるのであれば、俺はそれを応援したい」

 そう言ってぎゅっと咲の手を握れば、彼は優しく握り返してくれる。
 以前よりほんの少しだけ手が温かくなった気がするのは、俺の気のせいだろうか。

「本当に、剛は男前になったね。前まではからかい甲斐のある可愛い子だったのに、気がついたらこんなにカッコよくなってるんだもん」
「そうか? 惚れ直した?」
「あはは、うん。惚れ直したよ」

 そう笑うと、咲は手を離して、俺の頭をポンポンと撫でてみせた。
 惚れなおしたって言ってくれたよな?
 頭を撫でられたことも嬉しいけれど、俺はそれ以上に咲から好意の言葉を伝えられたのが嬉しくて、つい浮足立ってしまった。
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