34 / 56
7【:error】
7-5
しおりを挟むあれから何日も経っていなかった。太陽が地球と一緒に僕を照らして、透き通るカラダが青と緑の間の色に光る。当たり前のようなその朝の光景は、今でも酷く記憶に残っている。
「人魚が人間になった」
その噂が僕の所まで流れて来た頃、いつも僕の隣に居た姿は跡形もなくなっていた。噂通り本当に人間になれたのか、僕には確かめる術もない。探していた魔法使いに騙されて、溶けて消えてしまっただけかもしれなかった。
それでも僕は、耐えられなかった。
*
僕は聞いた噂を頼りに、地球の海の奥底へと沈むと、いとも簡単にその場所は見つかった。でも今は、それさえも罠で、僕を待ち構えていた様に感じる。
大きなドアは誰かに聞いた話の通りで、一度押し開いてしまえば、後戻りなんてできそうもなかった。だけど僕の勇気は僕だけのモノじゃなくて、きっと二人分だった。
だから、その重そうなドアを、僕は一人で押し開ける事が出来たのだと思う。
「やあやあ、よく来たね」
目の前には灰色の壁しか見えず、声のする方を見上げてみる。この場所からやっと少し見えるほど遠くに、ギョロギョロとした目玉が見えた。
「キミも、人間になりたいのかい?」
低く穏やかな声が落ちる度、細かな泡が連なり昇ってゆく。とても嫌な感じがする。嘘を隠し通すために作られたようなその声を、もう一言も耳に入れたくはなかった。
「最近の人魚はすぐ人間になりたがるんだね?まあ、まだキミが二人目なのだけど」
ソレはとても可笑しなことを話しているかのように笑う。不気味な溝が大きく開いて、遠くの水面に向かう波が立つ。僕には吐き出すものなんてなかったけど、その光景に吐き気がした。
「その人魚は?本当に人間に……?」
「ああ、なったさ。だからもう消えてしまったんだろ?」
「消えた……って」
「なんだい?キミは人間になりたくてここへ来たんじゃないのか?」
「僕は……もう一度、会いたくて……」
「あの人魚にかい?ほほう。不思議だな。実に不思議だ」
気味の悪い目玉をさらにギョロリとさせてから、徐にソレが動き出したせいで海流が渦巻く。遠くにあったはずのその顔が急にヌッと近付いてきた。ソレは僕らの様に実体を持っていないのか、それとも人間の様に実体を持っているのか、こんなに近くで見てもわからない。わからないという事は不気味で、気持ちが悪い。大きなその図体は、気圧されて動けなくなった僕の周りをグルグルと品定めするように泳ぎ続けながら言った。
「で、どうするんだい?もうこのままでは二度と会えないよ?もう一度あの人魚に会うために、キミも人間になるんだろ?」
それは誘惑とも脅迫とも取れる声色だった。穏やかなのに高圧的で、僕の中にあった勇気の残骸では、もうここから逃げ帰ることは出来なかった。
「人間になれば絶対もう一度、会えるんだよね?」
少しでも自分を安心させてあげたかった。僕は人間になりたいわけじゃない。ここでひとり生き続けてしまう位なら、人間になった方が幾らかましなだけだった。
「どうだろうかね?そんな生半可な気持ちでは会えないかもなあ。それに、何の見返りも無しに人間になれるなんて思ったのか?そうなのか?おお嫌だなあ。ああ、だからさ。辛いよ?きっと苦しむだろうね。それでもキミは、人間になりたいんだろ?」
「見返り?」
「おや?キミはアイツみたいな傲慢な人魚なのかあ。そうか。この前の人魚とは違うなあ。そうだ。アイツみたいな傲慢さ。欲だ。欲が多いんだ。人魚のクセに。何の見返りもなく願いが叶う訳がないだろ?そうだな、そんなキミを人間にするのは骨が折れる。ああ、骨なんてないけどね。骨かぁ、骨はいらないなあ。夢か。そうだな、夢だ。あの人魚は人魚のクセに夢を持っていた。おかしいな。あぁ可笑しい」
徐々にその本性を表しだしたようなソレが僕の側で笑い出す。僕を馬鹿にするように溢れ出した沢山の泡が僕に絡みつく。沸々とカラダの中が沸いた。今どんな言葉を返しても僕は失敗する。動けない、行き場の無い感情で、透き通っていたカラダが濁った気がする。
そしてふと、人間になって涙を流せば、この感情を消化できる気がした。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる