ユメ/うつつ

hana4

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 あれから何日も経っていなかった。太陽が地球と一緒に僕を照らして、透き通るカラダが青と緑の間の色に光る。当たり前のようなその朝の光景は、今でも酷く記憶に残っている。

「人魚が人間になった」

 その噂が僕の所まで流れて来た頃、いつも僕の隣に居た姿は跡形もなくなっていた。噂通り本当に人間になれたのか、僕には確かめる術もない。探していた魔法使いに騙されて、溶けて消えてしまっただけかもしれなかった。


 それでも僕は、耐えられなかった。



 僕は聞いた噂を頼りに、地球の海の奥底へと沈むと、いとも簡単にその場所は見つかった。でも今は、それさえも罠で、僕を待ち構えていた様に感じる。
 大きなドアは誰かに聞いた話の通りで、一度押し開いてしまえば、後戻りなんてできそうもなかった。だけど僕の勇気は僕だけのモノじゃなくて、きっと二人分だった。
 だから、その重そうなドアを、僕は一人で押し開ける事が出来たのだと思う。



「やあやあ、よく来たね」

 目の前には灰色の壁しか見えず、声のする方を見上げてみる。この場所からやっと少し見えるほど遠くに、ギョロギョロとした目玉が見えた。

「キミも、人間になりたいのかい?」

 低く穏やかな声が落ちる度、細かな泡が連なり昇ってゆく。とても嫌な感じがする。嘘を隠し通すために作られたようなその声を、もう一言も耳に入れたくはなかった。

「最近の人魚はすぐ人間になりたがるんだね?まあ、まだキミが二人目なのだけど」

 ソレはとても可笑しなことを話しているかのように笑う。不気味な溝が大きく開いて、遠くの水面に向かう波が立つ。僕には吐き出すものなんてなかったけど、その光景に吐き気がした。

「その人魚は?本当に人間に……?」
「ああ、なったさ。だからもう消えてしまったんだろ?」
「消えた……って」
「なんだい?キミは人間になりたくてここへ来たんじゃないのか?」
「僕は……もう一度、会いたくて……」
「あの人魚にかい?ほほう。不思議だな。実に不思議だ」

 気味の悪い目玉をさらにギョロリとさせてから、徐にソレが動き出したせいで海流が渦巻く。遠くにあったはずのその顔が急にヌッと近付いてきた。ソレは僕らの様に実体を持っていないのか、それとも人間の様に実体を持っているのか、こんなに近くで見てもわからない。わからないという事は不気味で、気持ちが悪い。大きなその図体は、気圧されて動けなくなった僕の周りをグルグルと品定めするように泳ぎ続けながら言った。

「で、どうするんだい?もうこのままでは二度と会えないよ?もう一度あの人魚に会うために、キミも人間になるんだろ?」

 それは誘惑とも脅迫とも取れる声色だった。穏やかなのに高圧的で、僕の中にあった勇気の残骸では、もうここから逃げ帰ることは出来なかった。

「人間になれば絶対もう一度、会えるんだよね?」

 少しでも自分を安心させてあげたかった。僕は人間になりたいわけじゃない。ここでひとり生き続けてしまう位なら、人間になった方が幾らかましなだけだった。

「どうだろうかね?そんな生半可な気持ちでは会えないかもなあ。それに、何の見返りも無しに人間になれるなんて思ったのか?そうなのか?おお嫌だなあ。ああ、だからさ。辛いよ?きっと苦しむだろうね。それでもキミは、人間になりたいんだろ?」
「見返り?」
「おや?キミはアイツみたいな傲慢な人魚なのかあ。そうか。この前の人魚とは違うなあ。そうだ。アイツみたいな傲慢さ。欲だ。欲が多いんだ。人魚のクセに。何の見返りもなく願いが叶う訳がないだろ?そうだな、そんなキミを人間にするのは骨が折れる。ああ、骨なんてないけどね。骨かぁ、骨はいらないなあ。夢か。そうだな、夢だ。あの人魚は人魚のクセに夢を持っていた。おかしいな。あぁ可笑しい」

 徐々にその本性を表しだしたようなソレが僕の側で笑い出す。僕を馬鹿にするように溢れ出した沢山の泡が僕に絡みつく。沸々とカラダの中が沸いた。今どんな言葉を返しても僕は失敗する。動けない、行き場の無い感情で、透き通っていたカラダが濁った気がする。

 そしてふと、人間になって涙を流せば、この感情を消化できる気がした。
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