シェヘラザードと蜿蜿長蛇

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シェヘラザードとスネークステップ

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 自分だって慣れ親しむほどの時間を過ごしていないこの部屋に、蛇兄さんが居る。居るというか、八畳に全てを詰め込んである狭い部屋を、蛇兄さんが占拠している。

「おうおう、こんなに狭いんじゃあ、二人で一緒に寝れねえんじゃね?」
「だから、狭いって電車の中で何度も言ったじゃないですか」
 自分の部屋に居る蛇兄さんも可笑しいが、一時間ほど前の、電車に乗る蛇兄さんはもっと可笑しかった。

 予想通り、というか、期待通り、SuicaもPASMOも持っていない蛇兄さんの為に切符を買って渡すと、蛇兄さんは前髪の中、鼻の下辺りに差し込む様にしてその切符をマジマジと眺めてから「けっ」と言ってそれを折り曲げようとした。俺は勿論慌ててそれを止め、切符があまり気に入らなかった様子の蛇兄さんに、切符の端に印刷された数字の遊び方を伝授してあげる。するとそれはどうもお気に召した様で、蛇兄さんはその後、池袋に到着するまでの間、ブツブツと呪文の様に印刷された四つの数字で十を創り出す計算式を唱えていた。
「到着したんじゃねえの?」
「まだですよ。ここで乗り換えるんです」
「随分と面倒くさい事が好きなんだな」
「面倒くさいならここで別れてもらって全然いいですよ?」
「いやいや、そういうワケにはいかねえこともあるから」
 JR池袋駅の改札を出ると、そこでも雑多な人並みから浮き出た蛇兄さんはやっぱり可笑しかった。コンコースを横切り、再び蛇兄さんの為に切符を買う。すると、出てきた切符の端には1234と印字されている。
「何か、すごいですね……というか、やっぱりっていうか」
 その切符を蛇兄さんに手渡すと、蛇兄さんはまた「けっ」と鼻で笑った。
「お前さんは随分と器用なことをするんだな」
「え?この数字は別に俺がどうのこうのしたわけじゃ……」
「数字?ああ、これはさっきよりもつまらねえが、そんなことはどうでもいい。お前さんのその、感情と表情の乖離は、どうやったらそこまで極められるんだ?」
「感情と表情のカイ……リ?」
「なんだ。わざとじゃねーのか?」
 蛇兄さんは、そもそも存在自体がデタラメなのに、会話も意味不明だった。やはりあの時に声をかけてはイケナイ人だったのかもしれない。あの時、何と呼べば良いのかわからない欲に負けた俺を、いま少しだけ恨んでみる。
「そんなことより、こっちは良いな。目的地がはっきりしてる。それに比べてさっきのはいけすかねえ。同じ行ったり来たりだったとしても、到達してから戻って来るのと、グルグルと回り続けてるのじゃ大違いだ。あんなんじゃ、起点も何もわかんなくなって、そのうちに飽きて動かなくなるんじゃねえか?」
「山手線は、生き物じゃないから……」

「そうか。じゃあ、それに乗る生き物は気張ってなきゃいけねえなあ」
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