シェヘラザードと蜿蜿長蛇

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シェヘラザードとスネークステップ

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 最寄り駅で降りてからも、蛇兄さんは異質だった。

 唯一、近道をするために近所の神社を横切った時にだけ、蛇兄さんが与え続けてくる違和感が少し和らいだ気がした。すっかり夜は芽吹き、生き物の気配を吸い込んですくすくと育っている。鼻先は既に冷えていたが、俺が吸いこんだ息で更に鼻腔が冷やされる。随分と長いこと剪定されていないであろう木々に囲まれ、伸び放題の雑草が廃れを加速させているこの場所が、昼間とは雰囲気を違えて神妙なのは、冬が齎した恩恵なのだろうか。それとも夜特有のそれ、もしくはやはり、蛇兄さんの所為。ただ、蛇兄さんの言葉を借りれば「いけすかねえ」いつもの帰り道は、何やら特別に感じられて優越感が疼く。

 部屋と部屋を区切るように据えられた細い階段で振り返ると、細長い蛇兄さんは十分な幅と不十分な高さの中に収まっている。その様子に自然と頬が弛んだ。そういえば、誰かとこの家に帰ってくるのは初めてだった。

「ほら、いつまでそんな所に突っ立ってんだ?お前さんの家だろ。まあ、気兼ねなく寛げって」
「ははっ、まじでマイペースなんっすね。くつろぐも何も、蛇兄さんがそこに座ってっから、俺の場所がないんじゃ……」
「んあ?なんだ?拗ねてんのか。椅子取りゲームじゃねえんだから、場所がないなら創ればいいだろ?」
 蛇兄さんは自分の家を片付けるみたいに、出しっぱなしだった俺の服をローテーブルにドサッと乗せ、そのままそれを部屋の端に追いやり「ほらな」と言ってまたニヤリと笑った。
「何やってくれてんだ」とか「初対面の人の家で普通はそんなことしねえ」とか言うところだったけど、どう考えても「普通ではない」蛇兄さんを連れて来た俺の所為なのだと思ったら、何だか無性に嬉しくなる。
「ありがとうございます」
「は?何でお前さんが礼を言うんだ?」
「だって、蛇兄さんが場所空けてくれたんじゃないですか?」
「だから、ありがとうなのか?」
「そうですけど、何か変ですか?」
「ほうほう、これはこれは。お前さんとは長い付き合いになるかもなあ」

「……大人になった子ザルは、確かにもう子ザルではなかったし、それどころか昨日まで夢にみていた舞台の上の現実でスポットライトを浴び、昨日までは想像もできなかった程の拍手喝采の渦中に立つのでした。めでたしめでたし」
 蛇兄さんが初めてしてくれた「おはなし」というのは、童話ではなく、どこか不思議だったし、やはり意味不明な言い回しが多かった。でも、空気を孕んだ低い声の所為か、その独特な語り口の所為か、それともやはり蛇兄さんは人外のナニカで、魔術的なものをかけられてしまったのか。大男が二人、詰め込まれているようなこの部屋で、俺は安心と安堵感に微睡む。そのうちに布団が敷いてあるロフトに上がる気力も失せて、言葉の通り、そのまま眠りにのだった。
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