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case1:武田慎吾様
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住居用の2DKだった部屋を改装した店内は、受付と、その奥に小さい個室が3部屋用意してある。
この店には今のところ、オープニングスタッフの募集で採用された 私とミチナさんだけがセラピストとして雇われている。後は……自分を「"元"セラピスト」だと言い張り、頑なに施術に入ってくれないオーナー。そんな3 人で、この店を運営していた。
受付から入ってすぐ、一番手前の部屋を私が、真ん中は待機室がわり、そしてその奥の部屋をミチナさんが使っている。
でもミチナさんは今日、「平日のど真ん中の水曜日だし、予約もしょぼいだろう」と踏んだからお休み。オーナーは最近、気が向いた時にふらっと差し入れを持って来るだけで 店にほとんど滞在することはない。
そんなわけで今日はミチナさんもお休みだし、オーナーもおそらく来ることはないだろう。
「手前のお部屋へどうぞ……」
私は 受付のカウンターに用意しておいたカウンセリング用紙を手にとると、武田様の後に続いて部屋に入った。
「お荷物は、よろしければこちらへどうぞ。ご面倒でなければお部屋着ご用意ございますが、お着替えされますか?」
部屋の中心に置いてある リクライニングソファーの横で立ち竦んだままの彼の足元に、荷物用の籠を置きながらお伺いを立てる。
「あー、いや。着替えなくて大丈夫っす」
そう答えてくれた彼は、遠慮がちな笑みをうかべていた。
(あー早く頭触りたい……)
はやる気持ちを押さえながら、ウズウズする指に力を入れた。いくらこの仕事に慣れてきたからといっても、ご案内はちゃんと毎回しないといけない。
「では、お履き物をお脱ぎになられましたら、こちらのお椅子へおかけください。上着はこちらにお掛けしておきますね……」
少し早口で、でも聞き取りやすい声のトーンを意識して、きちんと端的に説明する。リラクゼーションサロンの接客にしては、少しさっぱりし過ぎている様な気もする。しかし、スムーズでスピーディーなご案内は、早く施術を始めるためには必須なのだ。
実は、私が勝手に編み出したこの「スムーズでスピーディーなご案内」こそ、私のことを「ベテランセラピストなのだろう」と、お客様に錯覚させる効果があるらしい。それは施術後のアンケートをみても明らかで、この接客方は意外と皆さまに好評価いただけているみたいだった。
(……本当は早く頭に触りたくて、ウズウズしているだけなんだけど)
さっさとカウンセリングを終わらせて 施術に入りたい。そんな風に「大事な流れさえをもすっ飛ばしたい」という欲求を堪えながら立ち上がると、自分の胸元につけたシルバーの名札に刻印された『セラピスト・橘あかり』という文字が目に入った。
そんでもって改めて思う。本当にこの「セラピスト」という仕事は、やっぱり私にとっての天職だ。
とりわけこの「ドライヘッドスパ」の施術が、それはもうかなり、変態的要素を持ち合わせる程に、好きだ。
この店には今のところ、オープニングスタッフの募集で採用された 私とミチナさんだけがセラピストとして雇われている。後は……自分を「"元"セラピスト」だと言い張り、頑なに施術に入ってくれないオーナー。そんな3 人で、この店を運営していた。
受付から入ってすぐ、一番手前の部屋を私が、真ん中は待機室がわり、そしてその奥の部屋をミチナさんが使っている。
でもミチナさんは今日、「平日のど真ん中の水曜日だし、予約もしょぼいだろう」と踏んだからお休み。オーナーは最近、気が向いた時にふらっと差し入れを持って来るだけで 店にほとんど滞在することはない。
そんなわけで今日はミチナさんもお休みだし、オーナーもおそらく来ることはないだろう。
「手前のお部屋へどうぞ……」
私は 受付のカウンターに用意しておいたカウンセリング用紙を手にとると、武田様の後に続いて部屋に入った。
「お荷物は、よろしければこちらへどうぞ。ご面倒でなければお部屋着ご用意ございますが、お着替えされますか?」
部屋の中心に置いてある リクライニングソファーの横で立ち竦んだままの彼の足元に、荷物用の籠を置きながらお伺いを立てる。
「あー、いや。着替えなくて大丈夫っす」
そう答えてくれた彼は、遠慮がちな笑みをうかべていた。
(あー早く頭触りたい……)
はやる気持ちを押さえながら、ウズウズする指に力を入れた。いくらこの仕事に慣れてきたからといっても、ご案内はちゃんと毎回しないといけない。
「では、お履き物をお脱ぎになられましたら、こちらのお椅子へおかけください。上着はこちらにお掛けしておきますね……」
少し早口で、でも聞き取りやすい声のトーンを意識して、きちんと端的に説明する。リラクゼーションサロンの接客にしては、少しさっぱりし過ぎている様な気もする。しかし、スムーズでスピーディーなご案内は、早く施術を始めるためには必須なのだ。
実は、私が勝手に編み出したこの「スムーズでスピーディーなご案内」こそ、私のことを「ベテランセラピストなのだろう」と、お客様に錯覚させる効果があるらしい。それは施術後のアンケートをみても明らかで、この接客方は意外と皆さまに好評価いただけているみたいだった。
(……本当は早く頭に触りたくて、ウズウズしているだけなんだけど)
さっさとカウンセリングを終わらせて 施術に入りたい。そんな風に「大事な流れさえをもすっ飛ばしたい」という欲求を堪えながら立ち上がると、自分の胸元につけたシルバーの名札に刻印された『セラピスト・橘あかり』という文字が目に入った。
そんでもって改めて思う。本当にこの「セラピスト」という仕事は、やっぱり私にとっての天職だ。
とりわけこの「ドライヘッドスパ」の施術が、それはもうかなり、変態的要素を持ち合わせる程に、好きだ。
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