re-move

hana4

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case1:武田慎吾様

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 あの日の夜。

 テレビの中では、『ドライヘッドスパ』を一躍有名にしたお店の『セラピスト』だという、とても綺麗なお姉さんが、その施術でアイドルを眠らせていた。

 これが全ての始まりだった。

 途端に立ち上がった私は、テレビに向かって「これだっ」と叫んだ。その声は、一人で暮らしている1DKの部屋で出すには少々大きすぎたらしく、隣の部屋の住人からは、テレビの後ろの壁を「ドカッ」と叩かれるというお叱りを受けた。
 ヘアメイクの専門学校を卒業後、私は学校の紹介で就職。そこからの3年間、デパート直営の化粧品売場で美容部員をしていた。そこで真面目に働くあいだ、途中店舗を移動しても、ちょっとだけ昇進して役職が付いても、なんだか満たされない日々を送っていた。そんな時に出会った『ドライヘッドスパ』は、今までなんとなくで生きてきた私を、とんでもなく突き動かす。
 居ても立ってもいられなくなった私は、転職先が決まるより先に会社に辞表を提出した。その次の日、信じられない様なタイミングで『re-move』のオープニングスタッフの募集が出た。
 絶対に受かるという「確信」と、全くの未経験であるという「不安」に揺れて、オーナーとの面接の最中、私の身体も実際に揺れて、ずっとぶるぶると震え続けていた。そんな私のどこを気に入ったのかわからない。けど、面接が終わる頃には、オーナーから「バンビちゃん」と呼ばれ、悪そうな笑顔と一緒にその場で「合格」の一言をいただいた。
 このオーナーはただ者ではなさそうだ。でも、これは運命的なことのほんの一部で、私はきっと「ドライヘッドスパ」の才能を持って生まれてきたんだと思う。
 入社後のオーナー自らが講師とモデルを兼任するという、色んな意味でハードな実技研修において、私はまるで過去に一度取得したことのある技術かのように、すんなりと施術の流れを習得したのだった。
 オーナーとミチナさんに褒められまくり、単純な私は、「やっぱりこれが、私の天職だったんだ」と確信した。

 とはいえ未経験セラピストなのだから、研修を修了した後も自主練は欠かさなかった。友達に片っ端から声をかけ、時間の許す限り頭を触らせてもらった。更には、その行き帰りの電車の中で、座っている老若男女誰彼構わず、多種多様なその頭を妄想の中で触りまくった。髪の毛の指通りや皮膚の感触を想像し、妄想の中で手あたり次第揉みほぐす。

 私の記憶をどんなに遡ってみても、こんなにワクワクして 熱中できることなど、今まで何一つなかった。
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