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case1:武田慎吾様

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「○※△£×……で、………だったりするので、そこが気になるのと……まだパソコンの仕事に慣れていないので、目が重くて疲れている感じがします……」

 はっ……いけない。カウンセリング中である事をすっかり忘れていた。

 まぁ実際、カウンセリングで聞いたことはあまり参考にしていないし、うん。良しとしよう。それに、無意識のままカウンセリングを続けていたとは……私もなかなかの手練れになったもんだ。
「かしこまりました……眼精疲労ですね。お仕事でパソコンをお使いになるとすると、余計お辛いですよね……お話を聞く限りでは、肩周りもこってらっしゃると思いますので、ご予約通り、デコルテから肩周りをプラスした90分のコースで宜しいですか?」
「はい。それで、お願いします」
 その返事にはまだ少し緊張感が残っているようだった。
 もうちょっとこっちに委ね気味できてくれるとやり易いのだけど。あまりリラクゼーションサロンに通うようなタイプじゃなさそうだもんね、うん。まあ、しょうがない……。私はタイマーを90分にセットしながら、そんな事を考えていた。
「ふふっ。緊張してます?痛いことはしないので、安心して眠ってくださいね」
 彼の緊張を和らげるべく、さっきまでよりも少しだけフレンドリーに話しかけながら、リクライニングソファーをそっと倒す。
 タイマーのスタートボタンを押すと、この雰囲気には全くそぐわない「ピッ」という電子音が部屋に響いた。
 蚊の鳴く様な声色で「胸元に失礼します」とお声がけをしながら、デコルテの上へと丁寧にタオルをセッティングする。
 その流れを崩さぬまま、鎖骨と肩の間に自分の体重を預け、肩周りから順に解していく。乗りかかる様にして圧をかければ、ソファーの軋む音がする。身体の強張りは徐々に緩んできて、彼がリラックスしはじめたのがわかる。
「お顔にもタオルを失礼いたします」
 そんな説明はもう彼に聞こえていなくても良い。少しだけタオルをめくりあげ、彼の目元にかかっている前髪を、手の平全体を使ってそっとよけた。

 ──大きく深呼吸をすると、タオル越しの額に両手を重ね じんわりと自分の体温を伝える。ゆったりとしたリズムにのせて、彼の感触を指先で捉える。すると、お互いの体温は融け合いはじめ、呼吸も重なり──

 目を閉じていても、いま彼の頭のどこを触っているのかがわかる。顔に乗せたタオルを通り越した私の指紋が、彼の額にある薄い筋膜に印をつける。彼の呼吸に合わせながら、流れるように、さっきつけた印を辿る。やがて私の指先は彼の額へと沈み込み、二人の呼吸は完全に重なると、一人分の呼吸になっていく……
 こうして彼と私の境界線がなくなると、いつものように私の全く知らないストーリーが、走馬燈みたいに流れ始めた。
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