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【R15】Episode12 嗚呼!哀しき聖夜 胸糞クリスマス オムニバスホラー3品
Episode12-A 嗚呼!哀しき聖夜~恵麻の場合~
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~最初に~
本作には、某大手掲示板で言う”喪女”の方々に対する不快な表現が含まれていますが、差別し貶める意図で書いたものではありません。
そもそも、本作を書いた作者自身も喪女であります。
何卒、ご了承くださいますようお願いいたします。
※※※
12月24日。時刻は午後8時前。
ビーフシチュー、フライドチキン、ケーキ等々のクリスマスの定番料理によって満腹となった恵麻(えま)は、早くも眠気を感じ自室のベッドへと寝転がった。
寝転がった時、部屋に来ている彼氏の和也(かずや)がタイツに包まれた自分の脚をチラリと見たことを、恵麻はしっかりと分かっていた。
当然、この後に和也とのセックスも予定している。けれども、今はまだ、この暖かい部屋の中でまったりとしていたいのだ。
ベッドのサイドテーブルに置いてあるクマのぬいぐるみを手に取った恵麻。
「ねえ、和也。やっぱり、”可愛いって正義”だよねぇ。私の可愛さってパワーだよねぇ」
「なんだよ、突然」
クマのぬいぐるみを胸の前でギュッと抱きしめた恵麻は、悪戯っぽくエヘヘと笑う。
「私の会社に、まさに絵に描いたような”喪女”の同期がいるって言ってたじゃん。船島(ふなじま)さんって人。クリスマスイブの今日も、その船島さんに仕事を”渡して”帰ってきちゃった。いまや、私の仕事のほぼ半分は船島さんにしてもらっちゃってます(笑)」
「またかよ、ずるい奴だな、お前(笑)」
「だって、和也と一緒に令和初めてのクリスマスイブを過ごしたかったんだもん。それに仕事っていうのは、出来る人がするのが一番いいでしょ。”船島さんが仕事が出来る”とは言っても、バリキャリって意味じゃないけど(笑)」
そう言った恵麻は、クマのぬいぐるみを胸に抱きしめたまま寝がえりをうち、天井を見上げた。
そして、喪女の同期――船島さんの顔ならび体型をありありと思い出す。
彼女のことを思い出すたび、恵麻は女としての――いや、”男に守られ愛されるために生まれてきた女”としての、とてつもない幸福感に包まれ、とてつもなく優越感をくすぐられずにはいられなかった。
土偶のような顔立ちと体型の船島さん。
まだ20代だというのに、その頭頂部にはちらほらと白髪もあった。
そんな彼女の肌も、ここ最近、瑞々しさと清潔感がますます失われ、ポツポツと赤い吹き出物だらけだった。だらしのない腰回りにもさらにでっぷりと肉が付き始めてもいた。何より全体的にむくんだ感じで、目の下にもくっきりと青い隈が刻まれていた。
ブスさとデブさに、さらなる磨きがかかってきた喪女。
女としてヤバい、あんな女を愛する男なんてこの世に1人もいないだろう。
「あーあ、きっと船島さんは今頃、頑張っているんだろうな。気の毒なことしちゃったなあ(笑) でも、”困った時の船島さん”ってやつだよ。私が会社で要領よく過ごすための”キーパーソン”だよ。それにね、課長とか、他の男の人たちは皆、船島さんじゃなくて私の味方だし。皆、私には甘いんだもん」
「お前、まさか、そいつらと出来てんじゃないだろうな?」
「そんなワケないよ。単に私を会社のアイドルとして、可愛がってくれているだけだって(笑) 私は皆のお姫様で、他の男の人たちは私の騎士なだけなの(笑) 今日だって、私が困った顔をしていたら、『恵麻ちゃんの分もやってあげて、船島さん』って言ってくれたんだよ。それに、当の船島さんだって『分かりました。大丈夫です』って答えてたし」
「その船島さんだって、彼氏こそいなくてもクリスマスイブを一緒に過ごす家族とか友人とかはいるんじゃねえの?」
「いないいない(笑) だって、あの人、一人暮らしだし、ダッさい喪女仲間は数人いたみたいだけど、『最近は友達にもなかなか会えない』って昼休みに他の人に愚痴っていたし……友達もなくしかけている孤独な喪女だよ。それにね、うちの会社、残業代はしっかり出るからさあ、船島さんにただ働きさせているわけじゃないもん。老後の資金も貯められるし、ウィンウィンだよ」
恵麻はフーッと息をつく。
「なんか、船島さんタイプの喪女って、どこにでも一人はいるよね。言いたいことも言えずに自分の内に溜め込んじゃう喪女。なんか、皆の感情や厄介ごとのゴミ箱的な役割? こいつになら、何を押し付けても平気だって思わせちゃうんだよね。あーあ、今日も少しだけ悪いことしちゃったなあ(笑) でも仕方ないよね。私と船島さんとては、女としてはまさに”月とスッポン”だもん。ほんと、お気の毒」
その時だ。
恵麻のスマホが震えた。
着信画面には「会社」と表示されている。
「何? 何かあったのな? でも、私は会社に戻る気なんてないけど(笑)」
聞こえてきたのは、やはり残業中の船島さんの声だった。
「……あの、船島です。退社後に申し訳ございません。今、お時間よろしいですか? 少しご確認したいことがありまして」
同期相手にも――いや、会社の誰に対しても、決して敬語を崩すことない船島さんは続ける。
せっかくの和也とのクリスマスイブに、ゴミ箱からの声が聞こえてきたことに、恵麻の心は少しかさつき始める。
船島さんが恵麻に確認したい数点を要約すればこうだった。
恵麻から渡された”恵麻がするべき仕事”――船島さんからすれば、”恵麻の甘えと狡さ、周りの男性からの圧力によって、受けざるを得なかった仕事”に、幾つものミスや先方への未確認事項があった、とのことだ。
「えっと……船島さん、帰宅した後に、そんなこと言われても……今、私の手元に何もないから確認や思い出しのしようもないし。明日の朝じゃダメなんですかぁ?」
そう答えた恵麻に、電話口の船島さんは数秒、無言になる。
「…………今は年末だし、繁忙期だって分かっていますよね? 明日の朝に”ちんたら”確認していると、他部署への連絡等、全てが遅れてしまいます。そもそも、これらはすべて元々はあなたの仕事です」
船島さんの語気に、いつもとは違う”強さ”が含まれていることに、恵麻は気付く。
言いたいことも言えずに自分の内に溜め込んじゃう喪女が、ついに感情をプツプツと小出しにし始めたのか?
「でも、そんなこと言われても……今、その仕事を実際にしているのは船島さんだし……」
「ええ、私は自分の仕事に加えて、あなたの仕事までしています。いえ、いっつもいっつも、させられているんです!」
「でもでも、だって……課長や他の男の人たちだって、船島さんにしてもらえって言ってたし」
「人がしてもらえって言ったからって、私に何もかも押し付けていいんですか?! あなた、会社に仕事ではなくて、お喋りとネットサーフィンをしに来ているだけじゃないですか! ここ数か月、私はずっと終電間際にならないと帰れないですよ!!」
「ちょ、ちょっと、いったいどうしたんですか? 船島さん、いつもと違いますよ。そもそも、今日、私が仕事を渡した時だって『分かりました。大丈夫です』って、言ってたじゃないですか!?」
「大丈夫って言ったからって、本当に大丈夫なわけないでしょう!! 私にだってプライベートはあるし、私にだって早く帰って休みたいんです! 私にも限界はあるんです!!」
限界?
土偶みたいな、頑丈そのものの体型をしているくせに。
それに、あなたは私みたいに”女の子ならでの幸せなプライベート”との縁は皆無なくせに。
苛立った恵麻は、チラッと和也を見た。
”助けて、私を守って”と、目で助けを求めたのだ。
狙い通り、和也から「代わろうか?」という手と言葉が差し伸べられたため、恵麻はコクンと頷いた。
「あーもしもし、俺、こいつ(恵麻)の彼氏なんスけど」が、電話を代わった和也の第一声だった。
さすがに船島さんの声は恵麻には聞こえなかったが、この令和になって初めての聖夜に水を差してきた空気の読めない喪女を、和也がやっつけようとしてくれていることが分かった。
「あのですねぇ、就業時間後にこうして電話かけてくるなんて、ちょっと非常識じゃないですか? しかも、今日が何の日か分かっているでしょう?」
「は? 働いている大人には、クリスマスイブだからうんぬんは関係ないって。そりゃあ、”あんたみたいな人”には関係ないでしょうけど(笑)」
和也がププッと笑った。
”あんたみたいな人”という言葉によって、船島さんも察したはずだ。恵麻が自分のことを彼氏にどのように話しているかも。
和也はまだまだ続ける。
「こいつ(恵麻)だって、定時まではきちんと会社にいたわけだし、会社員としての義務は果たしてますよ」
「はぁあ? でも不公平だって? 仕事の分量についてのことこそ、こいつ(恵麻)に言うことじゃないでしょう? それこそ、会社が解決すべき問題だと思いますよ」
「え? パワハラだって? でも、あんたはセクハラを受ける心配はないから、多少オーバーワークになるぐらいいいじゃないですか(笑)」
さすがの和也も言い過ぎだ。
途中までは頼もしかったけど、さすがにそこまで言うのは……!
恵麻は慌てて、和也の手からスマホを取り戻した。
「ご、ごめんなさい……船島さん、うちの彼氏、口が悪くって(笑)」
だが、電話口の船島さんからの答えはない。
「……船島さん?」
恵麻の問いかけから、十数秒後にやっと船島さんの声が聞こえた。
消え入りそうなほどに、かすかな声が。
「…………よく分かりました。私はこれからもずっと、あなたがすべき仕事をしなければならないんですね……」
「あ、いえ、そんなことじゃなくて……私、明日の朝にきちんとしますから。だから、船島さんも今日は早く切り上げてゆっくり休んで下さい」
「……………………仕事を早く切り上げようにも、あなたのミスも含め、到底、今夜中に終わる分量じゃないんですよ」
「そ、それは……っ! とにかく、うちの彼氏が失礼なことを言って、すみませんでしたっ! 何とか、頑張ってください。頑張ってくださいね!!」
恵麻は電話を切った。船島さんからの返事を待たずに。
これでひとまず、船島さんへの謝罪はOKということにしておこう。
自分が彼女のことを彼氏にどんな風に言っているかも、今夜バレてしまった。けれども彼女だって、自身の筋金入りの喪女ぶりについてはちゃんと自覚しているだろう。おそらく昔から散々、言われ慣れているだろう。
明日の朝、顔を合わせた時、多少気まずい空気は漂うだろうけど……
「ありがとう、和也。やっぱり、男の人に出てもらうと違うね。船島さん、最初の勢いがなくなっていたよ。というか、いつもの船島さんから、最初のあの勢いはビックリしたけど(笑)」
「もし、さっきの船島って喪女がお前に何か言ってきたり、虐めてくるようだったら、俺に言えよ。俺がまた、ガツンと言ってやるから」
「大丈夫だよ。船島さんが私を虐めるなんて、彼女の性格的にはありえないし。それに万が一、そんなことになっても、会社の男の人たちは皆、私の味方だもんね」
船島さんを傷つけてしまったことは、ちゃんと自覚した恵麻であったも、男に守られる女としての幸せを実感し、どこか満ち足りた気持ちになっていた。
自分には彼氏の和也という王子様だけでなく、周りに騎士たちがいる。
だが、彼女には誰もいない。騎士すらもいない。
スピリチュアル的な話になるも、いったい前世でどんな悪行を積んだら、あんな”女としての底辺”に生まれてしまうのだろうか?
彼女だって、もうちょっと身綺麗にして、痩せる努力ぐらいすればいいのに。無駄な努力かもしれないけど。
お気の毒。
本当にお気の毒だ。
でも、それは私のせいじゃないし、私には関係ないもの。
数刻後には、恵麻も和也も、船島さんのことなどすっかり忘れていた。
和也が予約してくれている年明けのディナークルーズへと、話題は移っていた。
ディナークルーズの日も、恵麻は”もちろん”丸一日、有給をとって休むつもりだ。
その日の仕事はどうするか?
それはもちろん、恵麻が会社で要領よく過ごすための”キーパーソン”――”困った時の船島さん”に任せるつもりの恵麻であった。
※※※
翌朝、恵麻は――いや正確に言うなら恵麻と和也は、自分たちの罪を知ることとなる。
恵麻が定時で帰宅することも、有給をとることも、それらのこと自体は会社員として間違ったことではない。
だが、自分の負担すべき仕事を他人に押し付け、他人に多大な負荷をかけているうえで貪る権利ではない。
それに、恵麻は船島さんのことを「ブスさとデブさに、さらなる磨きがかかってきた」と思っていたが、その原因になぜ気づかなかったのだろう。
いつも終電間際で帰るしかなくなり、けれども朝の出社時刻は以前と変わらず、食事時間も含め生活は不規則になり、睡眠不足も相乗され、肌には吹き出物ができ、目の下には青い隈が刻まれ、腰回りにもでっぷりと肉がついていったのだろう。
頭頂部の白髪を染めようにも、オーバーワークの日々が続いたため、そんな気力も残っていなかったのだろう。
限られた休日だって、ずっと寝ているしかなく、友達に会うことすら体力的に厳しかったに違いない。
体力も気力も削り続け、”虐げられつつ”も散々、頑張ってきた彼女はもう頑張れなかったのだ。
冷え冷えとした空気が漂う女子トイレにて、首を吊って死亡している船島さんが発見された。
会社内での変死。
他殺の疑いもあるということで、当然、警察の捜査も入ることとなった。
けれども、タイムカードの記録や防犯カメラの映像から、聖夜に残業していたのは、遺体で見つかった船島さんただ一人であると判断された。
つまりは自殺。
彼女の遺書は残されていなかった。
けれども、彼女の死の直前の叫びは残っていた。
大抵の会社の電話機には、録音機能がついているものだ。
電話機には、心身ともに限界を向かえていた彼女を死へと一押しした会話が――”生前の彼女と最後に話した者たちとのやりとり”がしっかりと残されていたのだから。
蝋燭の炎は消える瞬間にひときわ大きく燃えあがるという。
昨夜――聖夜の電話こそ、彼女の命が最後に発した哀しき炎であったのかもしれない。
―――完―――
本作には、某大手掲示板で言う”喪女”の方々に対する不快な表現が含まれていますが、差別し貶める意図で書いたものではありません。
そもそも、本作を書いた作者自身も喪女であります。
何卒、ご了承くださいますようお願いいたします。
※※※
12月24日。時刻は午後8時前。
ビーフシチュー、フライドチキン、ケーキ等々のクリスマスの定番料理によって満腹となった恵麻(えま)は、早くも眠気を感じ自室のベッドへと寝転がった。
寝転がった時、部屋に来ている彼氏の和也(かずや)がタイツに包まれた自分の脚をチラリと見たことを、恵麻はしっかりと分かっていた。
当然、この後に和也とのセックスも予定している。けれども、今はまだ、この暖かい部屋の中でまったりとしていたいのだ。
ベッドのサイドテーブルに置いてあるクマのぬいぐるみを手に取った恵麻。
「ねえ、和也。やっぱり、”可愛いって正義”だよねぇ。私の可愛さってパワーだよねぇ」
「なんだよ、突然」
クマのぬいぐるみを胸の前でギュッと抱きしめた恵麻は、悪戯っぽくエヘヘと笑う。
「私の会社に、まさに絵に描いたような”喪女”の同期がいるって言ってたじゃん。船島(ふなじま)さんって人。クリスマスイブの今日も、その船島さんに仕事を”渡して”帰ってきちゃった。いまや、私の仕事のほぼ半分は船島さんにしてもらっちゃってます(笑)」
「またかよ、ずるい奴だな、お前(笑)」
「だって、和也と一緒に令和初めてのクリスマスイブを過ごしたかったんだもん。それに仕事っていうのは、出来る人がするのが一番いいでしょ。”船島さんが仕事が出来る”とは言っても、バリキャリって意味じゃないけど(笑)」
そう言った恵麻は、クマのぬいぐるみを胸に抱きしめたまま寝がえりをうち、天井を見上げた。
そして、喪女の同期――船島さんの顔ならび体型をありありと思い出す。
彼女のことを思い出すたび、恵麻は女としての――いや、”男に守られ愛されるために生まれてきた女”としての、とてつもない幸福感に包まれ、とてつもなく優越感をくすぐられずにはいられなかった。
土偶のような顔立ちと体型の船島さん。
まだ20代だというのに、その頭頂部にはちらほらと白髪もあった。
そんな彼女の肌も、ここ最近、瑞々しさと清潔感がますます失われ、ポツポツと赤い吹き出物だらけだった。だらしのない腰回りにもさらにでっぷりと肉が付き始めてもいた。何より全体的にむくんだ感じで、目の下にもくっきりと青い隈が刻まれていた。
ブスさとデブさに、さらなる磨きがかかってきた喪女。
女としてヤバい、あんな女を愛する男なんてこの世に1人もいないだろう。
「あーあ、きっと船島さんは今頃、頑張っているんだろうな。気の毒なことしちゃったなあ(笑) でも、”困った時の船島さん”ってやつだよ。私が会社で要領よく過ごすための”キーパーソン”だよ。それにね、課長とか、他の男の人たちは皆、船島さんじゃなくて私の味方だし。皆、私には甘いんだもん」
「お前、まさか、そいつらと出来てんじゃないだろうな?」
「そんなワケないよ。単に私を会社のアイドルとして、可愛がってくれているだけだって(笑) 私は皆のお姫様で、他の男の人たちは私の騎士なだけなの(笑) 今日だって、私が困った顔をしていたら、『恵麻ちゃんの分もやってあげて、船島さん』って言ってくれたんだよ。それに、当の船島さんだって『分かりました。大丈夫です』って答えてたし」
「その船島さんだって、彼氏こそいなくてもクリスマスイブを一緒に過ごす家族とか友人とかはいるんじゃねえの?」
「いないいない(笑) だって、あの人、一人暮らしだし、ダッさい喪女仲間は数人いたみたいだけど、『最近は友達にもなかなか会えない』って昼休みに他の人に愚痴っていたし……友達もなくしかけている孤独な喪女だよ。それにね、うちの会社、残業代はしっかり出るからさあ、船島さんにただ働きさせているわけじゃないもん。老後の資金も貯められるし、ウィンウィンだよ」
恵麻はフーッと息をつく。
「なんか、船島さんタイプの喪女って、どこにでも一人はいるよね。言いたいことも言えずに自分の内に溜め込んじゃう喪女。なんか、皆の感情や厄介ごとのゴミ箱的な役割? こいつになら、何を押し付けても平気だって思わせちゃうんだよね。あーあ、今日も少しだけ悪いことしちゃったなあ(笑) でも仕方ないよね。私と船島さんとては、女としてはまさに”月とスッポン”だもん。ほんと、お気の毒」
その時だ。
恵麻のスマホが震えた。
着信画面には「会社」と表示されている。
「何? 何かあったのな? でも、私は会社に戻る気なんてないけど(笑)」
聞こえてきたのは、やはり残業中の船島さんの声だった。
「……あの、船島です。退社後に申し訳ございません。今、お時間よろしいですか? 少しご確認したいことがありまして」
同期相手にも――いや、会社の誰に対しても、決して敬語を崩すことない船島さんは続ける。
せっかくの和也とのクリスマスイブに、ゴミ箱からの声が聞こえてきたことに、恵麻の心は少しかさつき始める。
船島さんが恵麻に確認したい数点を要約すればこうだった。
恵麻から渡された”恵麻がするべき仕事”――船島さんからすれば、”恵麻の甘えと狡さ、周りの男性からの圧力によって、受けざるを得なかった仕事”に、幾つものミスや先方への未確認事項があった、とのことだ。
「えっと……船島さん、帰宅した後に、そんなこと言われても……今、私の手元に何もないから確認や思い出しのしようもないし。明日の朝じゃダメなんですかぁ?」
そう答えた恵麻に、電話口の船島さんは数秒、無言になる。
「…………今は年末だし、繁忙期だって分かっていますよね? 明日の朝に”ちんたら”確認していると、他部署への連絡等、全てが遅れてしまいます。そもそも、これらはすべて元々はあなたの仕事です」
船島さんの語気に、いつもとは違う”強さ”が含まれていることに、恵麻は気付く。
言いたいことも言えずに自分の内に溜め込んじゃう喪女が、ついに感情をプツプツと小出しにし始めたのか?
「でも、そんなこと言われても……今、その仕事を実際にしているのは船島さんだし……」
「ええ、私は自分の仕事に加えて、あなたの仕事までしています。いえ、いっつもいっつも、させられているんです!」
「でもでも、だって……課長や他の男の人たちだって、船島さんにしてもらえって言ってたし」
「人がしてもらえって言ったからって、私に何もかも押し付けていいんですか?! あなた、会社に仕事ではなくて、お喋りとネットサーフィンをしに来ているだけじゃないですか! ここ数か月、私はずっと終電間際にならないと帰れないですよ!!」
「ちょ、ちょっと、いったいどうしたんですか? 船島さん、いつもと違いますよ。そもそも、今日、私が仕事を渡した時だって『分かりました。大丈夫です』って、言ってたじゃないですか!?」
「大丈夫って言ったからって、本当に大丈夫なわけないでしょう!! 私にだってプライベートはあるし、私にだって早く帰って休みたいんです! 私にも限界はあるんです!!」
限界?
土偶みたいな、頑丈そのものの体型をしているくせに。
それに、あなたは私みたいに”女の子ならでの幸せなプライベート”との縁は皆無なくせに。
苛立った恵麻は、チラッと和也を見た。
”助けて、私を守って”と、目で助けを求めたのだ。
狙い通り、和也から「代わろうか?」という手と言葉が差し伸べられたため、恵麻はコクンと頷いた。
「あーもしもし、俺、こいつ(恵麻)の彼氏なんスけど」が、電話を代わった和也の第一声だった。
さすがに船島さんの声は恵麻には聞こえなかったが、この令和になって初めての聖夜に水を差してきた空気の読めない喪女を、和也がやっつけようとしてくれていることが分かった。
「あのですねぇ、就業時間後にこうして電話かけてくるなんて、ちょっと非常識じゃないですか? しかも、今日が何の日か分かっているでしょう?」
「は? 働いている大人には、クリスマスイブだからうんぬんは関係ないって。そりゃあ、”あんたみたいな人”には関係ないでしょうけど(笑)」
和也がププッと笑った。
”あんたみたいな人”という言葉によって、船島さんも察したはずだ。恵麻が自分のことを彼氏にどのように話しているかも。
和也はまだまだ続ける。
「こいつ(恵麻)だって、定時まではきちんと会社にいたわけだし、会社員としての義務は果たしてますよ」
「はぁあ? でも不公平だって? 仕事の分量についてのことこそ、こいつ(恵麻)に言うことじゃないでしょう? それこそ、会社が解決すべき問題だと思いますよ」
「え? パワハラだって? でも、あんたはセクハラを受ける心配はないから、多少オーバーワークになるぐらいいいじゃないですか(笑)」
さすがの和也も言い過ぎだ。
途中までは頼もしかったけど、さすがにそこまで言うのは……!
恵麻は慌てて、和也の手からスマホを取り戻した。
「ご、ごめんなさい……船島さん、うちの彼氏、口が悪くって(笑)」
だが、電話口の船島さんからの答えはない。
「……船島さん?」
恵麻の問いかけから、十数秒後にやっと船島さんの声が聞こえた。
消え入りそうなほどに、かすかな声が。
「…………よく分かりました。私はこれからもずっと、あなたがすべき仕事をしなければならないんですね……」
「あ、いえ、そんなことじゃなくて……私、明日の朝にきちんとしますから。だから、船島さんも今日は早く切り上げてゆっくり休んで下さい」
「……………………仕事を早く切り上げようにも、あなたのミスも含め、到底、今夜中に終わる分量じゃないんですよ」
「そ、それは……っ! とにかく、うちの彼氏が失礼なことを言って、すみませんでしたっ! 何とか、頑張ってください。頑張ってくださいね!!」
恵麻は電話を切った。船島さんからの返事を待たずに。
これでひとまず、船島さんへの謝罪はOKということにしておこう。
自分が彼女のことを彼氏にどんな風に言っているかも、今夜バレてしまった。けれども彼女だって、自身の筋金入りの喪女ぶりについてはちゃんと自覚しているだろう。おそらく昔から散々、言われ慣れているだろう。
明日の朝、顔を合わせた時、多少気まずい空気は漂うだろうけど……
「ありがとう、和也。やっぱり、男の人に出てもらうと違うね。船島さん、最初の勢いがなくなっていたよ。というか、いつもの船島さんから、最初のあの勢いはビックリしたけど(笑)」
「もし、さっきの船島って喪女がお前に何か言ってきたり、虐めてくるようだったら、俺に言えよ。俺がまた、ガツンと言ってやるから」
「大丈夫だよ。船島さんが私を虐めるなんて、彼女の性格的にはありえないし。それに万が一、そんなことになっても、会社の男の人たちは皆、私の味方だもんね」
船島さんを傷つけてしまったことは、ちゃんと自覚した恵麻であったも、男に守られる女としての幸せを実感し、どこか満ち足りた気持ちになっていた。
自分には彼氏の和也という王子様だけでなく、周りに騎士たちがいる。
だが、彼女には誰もいない。騎士すらもいない。
スピリチュアル的な話になるも、いったい前世でどんな悪行を積んだら、あんな”女としての底辺”に生まれてしまうのだろうか?
彼女だって、もうちょっと身綺麗にして、痩せる努力ぐらいすればいいのに。無駄な努力かもしれないけど。
お気の毒。
本当にお気の毒だ。
でも、それは私のせいじゃないし、私には関係ないもの。
数刻後には、恵麻も和也も、船島さんのことなどすっかり忘れていた。
和也が予約してくれている年明けのディナークルーズへと、話題は移っていた。
ディナークルーズの日も、恵麻は”もちろん”丸一日、有給をとって休むつもりだ。
その日の仕事はどうするか?
それはもちろん、恵麻が会社で要領よく過ごすための”キーパーソン”――”困った時の船島さん”に任せるつもりの恵麻であった。
※※※
翌朝、恵麻は――いや正確に言うなら恵麻と和也は、自分たちの罪を知ることとなる。
恵麻が定時で帰宅することも、有給をとることも、それらのこと自体は会社員として間違ったことではない。
だが、自分の負担すべき仕事を他人に押し付け、他人に多大な負荷をかけているうえで貪る権利ではない。
それに、恵麻は船島さんのことを「ブスさとデブさに、さらなる磨きがかかってきた」と思っていたが、その原因になぜ気づかなかったのだろう。
いつも終電間際で帰るしかなくなり、けれども朝の出社時刻は以前と変わらず、食事時間も含め生活は不規則になり、睡眠不足も相乗され、肌には吹き出物ができ、目の下には青い隈が刻まれ、腰回りにもでっぷりと肉がついていったのだろう。
頭頂部の白髪を染めようにも、オーバーワークの日々が続いたため、そんな気力も残っていなかったのだろう。
限られた休日だって、ずっと寝ているしかなく、友達に会うことすら体力的に厳しかったに違いない。
体力も気力も削り続け、”虐げられつつ”も散々、頑張ってきた彼女はもう頑張れなかったのだ。
冷え冷えとした空気が漂う女子トイレにて、首を吊って死亡している船島さんが発見された。
会社内での変死。
他殺の疑いもあるということで、当然、警察の捜査も入ることとなった。
けれども、タイムカードの記録や防犯カメラの映像から、聖夜に残業していたのは、遺体で見つかった船島さんただ一人であると判断された。
つまりは自殺。
彼女の遺書は残されていなかった。
けれども、彼女の死の直前の叫びは残っていた。
大抵の会社の電話機には、録音機能がついているものだ。
電話機には、心身ともに限界を向かえていた彼女を死へと一押しした会話が――”生前の彼女と最後に話した者たちとのやりとり”がしっかりと残されていたのだから。
蝋燭の炎は消える瞬間にひときわ大きく燃えあがるという。
昨夜――聖夜の電話こそ、彼女の命が最後に発した哀しき炎であったのかもしれない。
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支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
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