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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―69― 影生者たちの行方(3) 「俺と一番長い付き合いをしてきた女」前編
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「どんな人なの?」という問いに対する答えとして、対象者の職業や能力的な事柄を先に説明するのか、それとも性格などの内面を先に説明するのかは人によるかと思うが、サミュエルは前者であった。
「あいつは……クリスティーナ・クラリッサ・レディントンは、稀有な力の使い方をする魔導士だ。いや、魔導士というより実際は霊媒師に近いのかもしれない。まあ、実際に上流階級相手に霊媒師もどきの仕事をして稼いでいたからか、人脈も広くて、当時の装いも暮らしぶりも相当に派手だったしな」
一言で魔導士といっても、その生まれ持った力の強さもその力をどのように使っていくのかも様々だ。
数パターンにおさまるものではなく、魔導士の数と同じだけ、それらがあると言っても良い。
現に今、サミュエルの話を黙って聞いているヘレンにしたって、”対象者の影から酸を生じさせる”といった一風変わった力の使い方をするのだから。
「いくら魔導士とはいえ、”当時も”女ひとりで生きていくのは大変な時代だったけど、うまくやっていける強かさも持ち合わせていたんだろうよ。それに嘘か本当かは知らねえけど、肉体が滅んでもこの世に留まっている魔導士からも様々な術を教わったとも言っていた。”国王ジョセフ・ガイの治世に処刑された白髮(はくはつ)の老魔導士”が、自分の偉大なる師の一人だとも……」
視えない者が視える女は、幽霊魔導士をも師としていたと。
なお、国王ジョセフ・ガイの治世は今から約二百年ほど昔であったことも、歴史の知識としてヘレンは知っていた。
クリスティーナの正確な年齢は知らないが、彼女が白髮の老魔道士に師事するようになった頃には、すでにその死後百年以上は経過していたに違いない。
「そういや……あのフレディとかいう男も確か、同じくジョセフ・ガイの治世に生きていたそうだな…………ちなみに俺はその老魔導士の名前はもう覚えちゃいない。だが、クリスティーナが他人の魂に干渉するようになったというか、魂を吸収したり切り離したりなんて芸当をするようになったのは、少なからず”そいつ”から影響を受けたと思うぜ。……海の上でフランシスが”覗き見のさざ波”を前に長ったらしく説明していたが、あの弓矢使いの海賊(エルドレッド)に自分の魂の一部を分け与えて”生き延びさせた”ってのは当たりだろうよ」
人の運命は不運や悲劇、死期を含めて全て決まっており、誰一人として抗うことができないなんて、ヘレンは”今もなお”思いたくない。
けれども、クリスティーナがあの弓矢使いの海賊――ペイン海賊団の一員には到底見えない風貌をした青年――の魂というか”運命”に干渉し、本来なら短い生涯を閉じていたかもしれない青年を”生き延びさせた”。
命を繋げられた彼のその手は、罪なき犠牲者たちの血に染まってはいるも。
「あいつがペイン海賊団の後ろ盾になっていた理由は俺も分からん。フランシスが『アウトローでワイルドな男の世話を焼きたがるというダメンズ好きの困った一面は変わっていない模様で……』とか、やたら得意気に分析していたけど、あの海賊たちはそんな可愛いモンじゃねえだろ」
その通り。
よって、クリスティーナは愛弟子を奴らに虐殺されてしまった。
サミュエルは思わず、鼻を鳴らしていた。
弟子の死を嘲笑したわけでは決してない。
「当時から裏社会に片足を突っ込んで生きていた女にしては、随分と危機管理が甘くなっちまってたな。確か俺より五歳以上、年上なのは”明らかだった”から、今はもう九十歳近いか、もしくは超えているはずだ。自分は年は取っていないつもりでも、頭ン中はいろいろと温く(ぬるく)なっちまうってのは俺も分からないでもないが」
実年齢がそろそろ八十四歳に近づきつつあるサミュエルが言う。
どうやら当時のクリスティーナ(今は九十一歳)はサミュエルに実年齢を秘密にもしていたらしい。
けれども五歳以上、年上であるとはバレていた。
なお、サミュエルはヘレンに話すつもりはないが――話されたとしてもヘレンもどう反応していいか困るだろうから――、彼がクリスティーナにいい印象を抱いていない理由の一つとして、クリスティーナからアプローチを受けたことも含まれていた。
クリスティーナは誰もが認める超絶美形のフランシスではなく、自分の方に明らかな色目を使ってきていた。
いかなるときも落ち着き払って飄々としたフランシスよりも、ついついちょっかいをかけてからかいたくなってしまうサミュエルの方に惹きつけられてしまっていたらしい。
やっぱり彼女は兄タイプよりも弟タイプが好みなのか?
それはさておき、サミュエル自身は、年上の女も積極的な女も別に嫌いなわけではない。
クリスティーナの外見にしたって、長身でクールビューティーのため、好みはやや分かれるだろうが、一応は美人のカテゴリーに入るだろう。
先に”一応は”とつけた通り、美人と言えば美人なのだが、正直よくいるレベルの美人でもあったが。
彼女の年齢や外見はさておき、なんか自分に対する距離のねちっこい縮め方(詰め方)にサミュエルはなんとも言えない不穏さを感じずにはいられなかったのだ。
「あいつは……クリスティーナ・クラリッサ・レディントンは、稀有な力の使い方をする魔導士だ。いや、魔導士というより実際は霊媒師に近いのかもしれない。まあ、実際に上流階級相手に霊媒師もどきの仕事をして稼いでいたからか、人脈も広くて、当時の装いも暮らしぶりも相当に派手だったしな」
一言で魔導士といっても、その生まれ持った力の強さもその力をどのように使っていくのかも様々だ。
数パターンにおさまるものではなく、魔導士の数と同じだけ、それらがあると言っても良い。
現に今、サミュエルの話を黙って聞いているヘレンにしたって、”対象者の影から酸を生じさせる”といった一風変わった力の使い方をするのだから。
「いくら魔導士とはいえ、”当時も”女ひとりで生きていくのは大変な時代だったけど、うまくやっていける強かさも持ち合わせていたんだろうよ。それに嘘か本当かは知らねえけど、肉体が滅んでもこの世に留まっている魔導士からも様々な術を教わったとも言っていた。”国王ジョセフ・ガイの治世に処刑された白髮(はくはつ)の老魔導士”が、自分の偉大なる師の一人だとも……」
視えない者が視える女は、幽霊魔導士をも師としていたと。
なお、国王ジョセフ・ガイの治世は今から約二百年ほど昔であったことも、歴史の知識としてヘレンは知っていた。
クリスティーナの正確な年齢は知らないが、彼女が白髮の老魔道士に師事するようになった頃には、すでにその死後百年以上は経過していたに違いない。
「そういや……あのフレディとかいう男も確か、同じくジョセフ・ガイの治世に生きていたそうだな…………ちなみに俺はその老魔導士の名前はもう覚えちゃいない。だが、クリスティーナが他人の魂に干渉するようになったというか、魂を吸収したり切り離したりなんて芸当をするようになったのは、少なからず”そいつ”から影響を受けたと思うぜ。……海の上でフランシスが”覗き見のさざ波”を前に長ったらしく説明していたが、あの弓矢使いの海賊(エルドレッド)に自分の魂の一部を分け与えて”生き延びさせた”ってのは当たりだろうよ」
人の運命は不運や悲劇、死期を含めて全て決まっており、誰一人として抗うことができないなんて、ヘレンは”今もなお”思いたくない。
けれども、クリスティーナがあの弓矢使いの海賊――ペイン海賊団の一員には到底見えない風貌をした青年――の魂というか”運命”に干渉し、本来なら短い生涯を閉じていたかもしれない青年を”生き延びさせた”。
命を繋げられた彼のその手は、罪なき犠牲者たちの血に染まってはいるも。
「あいつがペイン海賊団の後ろ盾になっていた理由は俺も分からん。フランシスが『アウトローでワイルドな男の世話を焼きたがるというダメンズ好きの困った一面は変わっていない模様で……』とか、やたら得意気に分析していたけど、あの海賊たちはそんな可愛いモンじゃねえだろ」
その通り。
よって、クリスティーナは愛弟子を奴らに虐殺されてしまった。
サミュエルは思わず、鼻を鳴らしていた。
弟子の死を嘲笑したわけでは決してない。
「当時から裏社会に片足を突っ込んで生きていた女にしては、随分と危機管理が甘くなっちまってたな。確か俺より五歳以上、年上なのは”明らかだった”から、今はもう九十歳近いか、もしくは超えているはずだ。自分は年は取っていないつもりでも、頭ン中はいろいろと温く(ぬるく)なっちまうってのは俺も分からないでもないが」
実年齢がそろそろ八十四歳に近づきつつあるサミュエルが言う。
どうやら当時のクリスティーナ(今は九十一歳)はサミュエルに実年齢を秘密にもしていたらしい。
けれども五歳以上、年上であるとはバレていた。
なお、サミュエルはヘレンに話すつもりはないが――話されたとしてもヘレンもどう反応していいか困るだろうから――、彼がクリスティーナにいい印象を抱いていない理由の一つとして、クリスティーナからアプローチを受けたことも含まれていた。
クリスティーナは誰もが認める超絶美形のフランシスではなく、自分の方に明らかな色目を使ってきていた。
いかなるときも落ち着き払って飄々としたフランシスよりも、ついついちょっかいをかけてからかいたくなってしまうサミュエルの方に惹きつけられてしまっていたらしい。
やっぱり彼女は兄タイプよりも弟タイプが好みなのか?
それはさておき、サミュエル自身は、年上の女も積極的な女も別に嫌いなわけではない。
クリスティーナの外見にしたって、長身でクールビューティーのため、好みはやや分かれるだろうが、一応は美人のカテゴリーに入るだろう。
先に”一応は”とつけた通り、美人と言えば美人なのだが、正直よくいるレベルの美人でもあったが。
彼女の年齢や外見はさておき、なんか自分に対する距離のねちっこい縮め方(詰め方)にサミュエルはなんとも言えない不穏さを感じずにはいられなかったのだ。
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