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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―70― 影生者たちの行方(4) 「俺と一番長い付き合いをしてきた女」中編
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クリスティーナは、直接的な言葉でサミュエルを誘ったわけではない。
だが、”分かっているでしょ。女の私に全部言わせないで”と言いたげな、今にも淫靡な展開へと持ち込まんとしているオーラはねっとりと感じられた。
さらには、話す時はさりげなさを装って、肩や腕に触れてもきていた。
これにはサミュエルも、「いちいち触らなきゃ話ができないのか?」とはっきり言った記憶がある。
その時のクリスティーナは「あ、あら、ごめんなさい」と顔を赤くして、謝ってきた。
彼女もさすがにはっきりと拒絶された(サミュエルにセックスする意思は皆無である)ことが分かったのか、それからボディタッチを含んだアプローチは一切無くなったとも。
こんな自分たちの様子を面白そうにうかがっていたフランシスは、フフフフフと笑っていた。
「それなりに魅力のある女性と言えども、男は基本的に追いたくなる生き物ですからね。今すぐにでも両脚の奥を露わにしそうな状態であのようにぐいぐいと迫り来られると、よっぽどの絶世の美女でない限り、あなたの食指も動かないでしょう」とも。
あいつが上品な口調で下品なことをさらりと言ってのけるところも当時から変わっちゃいないも。
しかし、何だかんだ言って、自分がこの八十四年近くの人生において出会った者たちの大半は、もう名前も顔もろくに思い出せやしない。
当時から約五十九年近く経った今もなお、クリスティーナ・クラリッサ・レディントンのフルネームも顔も佇まいも、その当時の会話までをも覚えているということは、それだけ”忘れ得ぬ時間”を共有したということか。
”忘れ得ぬ時間”とは、何も良い思い出だけを指しているわけじゃないだろう。
神人たちの血の色と断末魔も、ともに記憶の中にこびりついているのだから。
記憶というのはとっかかりがあれば、次から次へと糸が絡んでくるように蘇ってくるもんだ。
クリスティーナと言えば、”あの野郎”のことも思い出さずにはいられない……というか、フランシスの”覗き見のさざ波内”とはいえ、再び”あの野郎”の黄金の瞳を――巨大で禍々しい灰色の手の甲に現れた黄金の瞳を――目にしてしまったわけだし。
とうに縁が切れたと思っていても、実のところは”まだ”切れていなかったりするのかもな。
だが、”あの野郎”がいくら考えなしで猪突猛進なアホでも、俺とフランシスがいるこの船には、ちょっかいはかけてこないはずだ。
人間いくつになろうが、神人の肉を食べて不老になろうが、あいつだけじゃなくて”他の奴ら”も自分の命だけは惜しいだろう。
ふと、サミュエルは気づく。
今、この神人の船に乗っている(行動をともにしている)のは、自分含め七人であると。
俺にフランシス、ヘレン、ネイサン、ローズマリー、オーガストにマリア王女。
七人のうち二人(オーガストとマリア王女)は完全なる役立たずだが。
五十九年前の当時も思い返せば七人で行動していた。
七人の魔導士。
俺にフランシス、紅一点のクリスティーナ、それに……。
だが、”分かっているでしょ。女の私に全部言わせないで”と言いたげな、今にも淫靡な展開へと持ち込まんとしているオーラはねっとりと感じられた。
さらには、話す時はさりげなさを装って、肩や腕に触れてもきていた。
これにはサミュエルも、「いちいち触らなきゃ話ができないのか?」とはっきり言った記憶がある。
その時のクリスティーナは「あ、あら、ごめんなさい」と顔を赤くして、謝ってきた。
彼女もさすがにはっきりと拒絶された(サミュエルにセックスする意思は皆無である)ことが分かったのか、それからボディタッチを含んだアプローチは一切無くなったとも。
こんな自分たちの様子を面白そうにうかがっていたフランシスは、フフフフフと笑っていた。
「それなりに魅力のある女性と言えども、男は基本的に追いたくなる生き物ですからね。今すぐにでも両脚の奥を露わにしそうな状態であのようにぐいぐいと迫り来られると、よっぽどの絶世の美女でない限り、あなたの食指も動かないでしょう」とも。
あいつが上品な口調で下品なことをさらりと言ってのけるところも当時から変わっちゃいないも。
しかし、何だかんだ言って、自分がこの八十四年近くの人生において出会った者たちの大半は、もう名前も顔もろくに思い出せやしない。
当時から約五十九年近く経った今もなお、クリスティーナ・クラリッサ・レディントンのフルネームも顔も佇まいも、その当時の会話までをも覚えているということは、それだけ”忘れ得ぬ時間”を共有したということか。
”忘れ得ぬ時間”とは、何も良い思い出だけを指しているわけじゃないだろう。
神人たちの血の色と断末魔も、ともに記憶の中にこびりついているのだから。
記憶というのはとっかかりがあれば、次から次へと糸が絡んでくるように蘇ってくるもんだ。
クリスティーナと言えば、”あの野郎”のことも思い出さずにはいられない……というか、フランシスの”覗き見のさざ波内”とはいえ、再び”あの野郎”の黄金の瞳を――巨大で禍々しい灰色の手の甲に現れた黄金の瞳を――目にしてしまったわけだし。
とうに縁が切れたと思っていても、実のところは”まだ”切れていなかったりするのかもな。
だが、”あの野郎”がいくら考えなしで猪突猛進なアホでも、俺とフランシスがいるこの船には、ちょっかいはかけてこないはずだ。
人間いくつになろうが、神人の肉を食べて不老になろうが、あいつだけじゃなくて”他の奴ら”も自分の命だけは惜しいだろう。
ふと、サミュエルは気づく。
今、この神人の船に乗っている(行動をともにしている)のは、自分含め七人であると。
俺にフランシス、ヘレン、ネイサン、ローズマリー、オーガストにマリア王女。
七人のうち二人(オーガストとマリア王女)は完全なる役立たずだが。
五十九年前の当時も思い返せば七人で行動していた。
七人の魔導士。
俺にフランシス、紅一点のクリスティーナ、それに……。
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