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第5章 ~ペイン海賊団編~
―65― 襲撃(9)~鳥~
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”悪しき者たち”の襲撃を告げる銅鑼の音が、響き渡る数刻前……
船内のむせかえるような熱気と男の匂いが漂っている訓練場にて、ルーク、ディラン、トレヴァー、ヴィンセント、フレディの5人は剣を振るっていた。
日が高く昇っているであろう今現在――正午は過ぎ、一日の半分は終わったとも考えられる現在においても、彼らはまだ不吉な予感を引きずり続けていた。
触れてもいないのに、突如、砕け散った鏡。
不吉な予感。
予感は予感であり、現実となる確証はない。だが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼ら5人は、いつも以上に強く剣を握り続けていた。
あの砕け散った鏡が――割れた鏡の破片にバラバラに映った自分たちが、近い未来を暗示しているのだとしたら……
この船が襲撃されるという未来を暗示しているのだとしたら……
魔導士フランシスは、自分たちがエマヌエーレ国の地を踏むことを”決して善意ではないが”望んでいるようであった。自分たちが知る限り、一番恐ろしく不気味な魔導士ではあるが、あいつの気が急激に変わらない限りは、この船を襲撃してくるとは思えなかった。
襲撃してくる可能性が一番高そうなのは、魔導士サミュエル・メイナード・ヘルキャットだ。
港町でほんの数週間前、妖しい薬と過激な炎の魔術と老人への暴力といった具合に暴れ狂ったヘルキャット。ヴィンセントに昏倒させられ、女であるローズマリーに抱きかかえられ、フランシスの保護のもと、あいつは一時退却せざるをえなかった。目を覚ましたあいつが屈辱を晴らすため自分一人で仕返しにくるかもしれない。
それか、少年魔導士ネイサンかもしれない。
あの生意気な奴のパワー攻撃を”目の当たりにしたのは”、ルーク、ディラン、トレヴァー、そしてこの場にはいないダニエルの4人だけであるが、正直あいつの力業のような気の攻撃は”この船ごと”数秒のうちに木っ端みじんにしてしまいそうな気がする。
自分たちは、とても魔導士の力を持つ者たちに勝てるとは思えなかった。
だが、”ネイサン1人で”襲撃してくるとしたなら、まだましかもしれない。
この船には、あの小生意気で調子にのったあいつよりも、遥かに優れた力を持っているアダムがいるのだから。
不吉な予感、そしてそれに伴う、”血にまみれた暗い未来のシミュレーション”を打ち消すように、剣を振るうルークたち5人であったが……不良兵士バーニー・ソロモン・スミスのギャハハハといった下品な笑い声によって、何とも言えない不快さも上書きされていくこととなった。
バーニー・ソロモン・スミスと彼の取り巻きたちは、訓練場の床にだべり、私語の真っ最中であった。
訓練場の兵士たちの”一部に”広がっている、ゆるゆるのだらけモード。
その原因は、兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーの不在にあった。
彼は今、ダニエルとともに急遽、女性たちを集めて避難訓練を行っている。
厳しい監督者がいないのをいいことに、兵士たちの中で一番不真面目で騒々しいグループの彼らは、スミスを筆頭にまるで自分の部屋にいるかのようにあぐらをかき、くつろぎまくっていた。
首都シャノンよりともにやってきた規律正しい兵士たちの中には、目に余る彼らに注意しようかとしている者も数名いたが、”船長の息子”と”アブない船医・ガイガーのマブダチ”というスミスのバックグラウンドに、下手に関わらない方がいいと最終的に判断したようであった。
スミスの声は、一層大きく訓練室に響き渡った。彼は地声自体がけたたましいほど大きいのだ。
「レイナやジェニーって女たちにも正直、まだ興味はあるけどよ。兵士隊長やジジイにボコられるかもしれねえリスクがあって、成功率(俺にとっては性交率)が0に近い女に手を出すよりも、やっぱりその道のプロの女と安全地帯(俺にとっては娼館)でヤる方が心身ともに満たされるよな。エマヌエーレ国に着いたら、まず……名だたる娼館を要チェックだ。お国柄か、小麦色の肌で、ボインでプリケツの情熱的な女たちがたくさんいたりしてよ。3P、4P(もちろん男は俺一人!)で至れり尽くせりとか……今から、想像してビンビンだっての」
スミスの言葉を聞いたルーク、ディラン、トレヴァー、ヴィンセント、フレディの誰一人として口には出さないものの、「アホか」「アホか」「アホか」「アホですか」「アホか」といった同じ表情を浮かべた。
フレディがトレヴァーと剣を交わらせつつ、”精にまみれた明るい未来のシュミレーション”にニヤけきった顔のスミスにチラリと目線をやり、彼らのグループには決して聞こえない声で呟く。
「……あいつ、兵士としての素質にはかなり恵まれている方なのに、もったいない奴だな」
「ああ、本当に」
トレヴァーも、スミスたちにはバレないように目線と声の大きさを調整し、フレディに同意した。
今のところは一応、”表面上は”平和そのものだ。
だが、いつ何が起こるか分からないというのに……
そのうえ、ここは陸地ではない。この船を失う事態になったら、海にしか逃げ場はないというのに……
陸地もまだ見えない海にしか逃げ場がないということは、普通の人間にとっては「死」と同義であるというのに……
スミスがより一層、大きな笑い声をあげ、彼の取り巻きたちも乗っかったその時であった。
銅鑼の音が”外から”聞こえてきたのだ。
剣が重なりあう鋭い音、だらけきった私語も、途端にピタリと止んだ。
誰もがハッとしていた。
スミスのニヤけた笑いですら、波がザアッと引いていくように瞬く間に消えた。
銅鑼の音は、天井からではない訓練場の窓の外から聞こえてくる。
つまりは、甲板にて誰かが、この銅鑼の音を鳴らしているのだ。
いや、それだけではない。最初の銅鑼の音に重なり、さらにもう一つの銅鑼の音までもが”外から”響いてきたのだから――
甲板で、何があったのかは全く分からない。
だが、2人の者が甲板で懸命に銅鑼を鳴らしている。銅鑼を鳴らさなければならない非常事態が発生したのは、もう疑いようがなかった。
この船内にて、銅鑼は数か所に設置されている。
非常事態を知らせる銅鑼は、各船室フロアにもあるため、例えば火災などが発生した時は、その船室フロアの銅鑼を鳴らすことととなっている。
だが、今、必死で鳴らされている銅鑼の音は、間違いなく甲板から聞こえている。
甲板で銅鑼が鳴らされた場合、この船にいる兵士たちは”まず”甲板へと駆け付けることとなっていた。
――……あいつら……フランシス一味の襲撃だ!!
襲撃者はサミュエルか、ネイサンか、それともローズマリーか、(可能性としては非常に低いが)フランシスか、ヘレンかであるかは分からない。
この平和な青い海を血で赤く染めようと、悪しき者たちは”空から”やってきたに違いない。
”希望の光を運ぶ者たち”の不吉な予感は、不吉な予感では終わらなかった。
ダニエルもこの船内で、銅鑼の音を聞いているはずだ。
前触れもなく、砕け散った鏡はやはり、この未来を――いや、今から自分たちが対峙しなければならない”悪しき者たちとの闘い”を自分たちに知らせていたのだ。
顔を見合わせ頷きあい、握りしめた剣を手に、いの一番に訓練場を飛び出した”希望の光を運ぶ者たち”5人。
彼らは、甲板へと続く階段を、二段どこか数段飛ばしで駆け上がっていった。
懸命に甲板を目指す彼らは、まだ知らない。
”悪しき者たち”は”血にまみれた暗い未来のシミュレーション”の中にいた魔導士たちではないことを。
そして、ディランが見た”あの悪夢”も、数刻後にこの船を襲う惨劇と”過去に縁を紡いだ者たちとの再会”を暗示していたことを――
船内のむせかえるような熱気と男の匂いが漂っている訓練場にて、ルーク、ディラン、トレヴァー、ヴィンセント、フレディの5人は剣を振るっていた。
日が高く昇っているであろう今現在――正午は過ぎ、一日の半分は終わったとも考えられる現在においても、彼らはまだ不吉な予感を引きずり続けていた。
触れてもいないのに、突如、砕け散った鏡。
不吉な予感。
予感は予感であり、現実となる確証はない。だが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼ら5人は、いつも以上に強く剣を握り続けていた。
あの砕け散った鏡が――割れた鏡の破片にバラバラに映った自分たちが、近い未来を暗示しているのだとしたら……
この船が襲撃されるという未来を暗示しているのだとしたら……
魔導士フランシスは、自分たちがエマヌエーレ国の地を踏むことを”決して善意ではないが”望んでいるようであった。自分たちが知る限り、一番恐ろしく不気味な魔導士ではあるが、あいつの気が急激に変わらない限りは、この船を襲撃してくるとは思えなかった。
襲撃してくる可能性が一番高そうなのは、魔導士サミュエル・メイナード・ヘルキャットだ。
港町でほんの数週間前、妖しい薬と過激な炎の魔術と老人への暴力といった具合に暴れ狂ったヘルキャット。ヴィンセントに昏倒させられ、女であるローズマリーに抱きかかえられ、フランシスの保護のもと、あいつは一時退却せざるをえなかった。目を覚ましたあいつが屈辱を晴らすため自分一人で仕返しにくるかもしれない。
それか、少年魔導士ネイサンかもしれない。
あの生意気な奴のパワー攻撃を”目の当たりにしたのは”、ルーク、ディラン、トレヴァー、そしてこの場にはいないダニエルの4人だけであるが、正直あいつの力業のような気の攻撃は”この船ごと”数秒のうちに木っ端みじんにしてしまいそうな気がする。
自分たちは、とても魔導士の力を持つ者たちに勝てるとは思えなかった。
だが、”ネイサン1人で”襲撃してくるとしたなら、まだましかもしれない。
この船には、あの小生意気で調子にのったあいつよりも、遥かに優れた力を持っているアダムがいるのだから。
不吉な予感、そしてそれに伴う、”血にまみれた暗い未来のシミュレーション”を打ち消すように、剣を振るうルークたち5人であったが……不良兵士バーニー・ソロモン・スミスのギャハハハといった下品な笑い声によって、何とも言えない不快さも上書きされていくこととなった。
バーニー・ソロモン・スミスと彼の取り巻きたちは、訓練場の床にだべり、私語の真っ最中であった。
訓練場の兵士たちの”一部に”広がっている、ゆるゆるのだらけモード。
その原因は、兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーの不在にあった。
彼は今、ダニエルとともに急遽、女性たちを集めて避難訓練を行っている。
厳しい監督者がいないのをいいことに、兵士たちの中で一番不真面目で騒々しいグループの彼らは、スミスを筆頭にまるで自分の部屋にいるかのようにあぐらをかき、くつろぎまくっていた。
首都シャノンよりともにやってきた規律正しい兵士たちの中には、目に余る彼らに注意しようかとしている者も数名いたが、”船長の息子”と”アブない船医・ガイガーのマブダチ”というスミスのバックグラウンドに、下手に関わらない方がいいと最終的に判断したようであった。
スミスの声は、一層大きく訓練室に響き渡った。彼は地声自体がけたたましいほど大きいのだ。
「レイナやジェニーって女たちにも正直、まだ興味はあるけどよ。兵士隊長やジジイにボコられるかもしれねえリスクがあって、成功率(俺にとっては性交率)が0に近い女に手を出すよりも、やっぱりその道のプロの女と安全地帯(俺にとっては娼館)でヤる方が心身ともに満たされるよな。エマヌエーレ国に着いたら、まず……名だたる娼館を要チェックだ。お国柄か、小麦色の肌で、ボインでプリケツの情熱的な女たちがたくさんいたりしてよ。3P、4P(もちろん男は俺一人!)で至れり尽くせりとか……今から、想像してビンビンだっての」
スミスの言葉を聞いたルーク、ディラン、トレヴァー、ヴィンセント、フレディの誰一人として口には出さないものの、「アホか」「アホか」「アホか」「アホですか」「アホか」といった同じ表情を浮かべた。
フレディがトレヴァーと剣を交わらせつつ、”精にまみれた明るい未来のシュミレーション”にニヤけきった顔のスミスにチラリと目線をやり、彼らのグループには決して聞こえない声で呟く。
「……あいつ、兵士としての素質にはかなり恵まれている方なのに、もったいない奴だな」
「ああ、本当に」
トレヴァーも、スミスたちにはバレないように目線と声の大きさを調整し、フレディに同意した。
今のところは一応、”表面上は”平和そのものだ。
だが、いつ何が起こるか分からないというのに……
そのうえ、ここは陸地ではない。この船を失う事態になったら、海にしか逃げ場はないというのに……
陸地もまだ見えない海にしか逃げ場がないということは、普通の人間にとっては「死」と同義であるというのに……
スミスがより一層、大きな笑い声をあげ、彼の取り巻きたちも乗っかったその時であった。
銅鑼の音が”外から”聞こえてきたのだ。
剣が重なりあう鋭い音、だらけきった私語も、途端にピタリと止んだ。
誰もがハッとしていた。
スミスのニヤけた笑いですら、波がザアッと引いていくように瞬く間に消えた。
銅鑼の音は、天井からではない訓練場の窓の外から聞こえてくる。
つまりは、甲板にて誰かが、この銅鑼の音を鳴らしているのだ。
いや、それだけではない。最初の銅鑼の音に重なり、さらにもう一つの銅鑼の音までもが”外から”響いてきたのだから――
甲板で、何があったのかは全く分からない。
だが、2人の者が甲板で懸命に銅鑼を鳴らしている。銅鑼を鳴らさなければならない非常事態が発生したのは、もう疑いようがなかった。
この船内にて、銅鑼は数か所に設置されている。
非常事態を知らせる銅鑼は、各船室フロアにもあるため、例えば火災などが発生した時は、その船室フロアの銅鑼を鳴らすことととなっている。
だが、今、必死で鳴らされている銅鑼の音は、間違いなく甲板から聞こえている。
甲板で銅鑼が鳴らされた場合、この船にいる兵士たちは”まず”甲板へと駆け付けることとなっていた。
――……あいつら……フランシス一味の襲撃だ!!
襲撃者はサミュエルか、ネイサンか、それともローズマリーか、(可能性としては非常に低いが)フランシスか、ヘレンかであるかは分からない。
この平和な青い海を血で赤く染めようと、悪しき者たちは”空から”やってきたに違いない。
”希望の光を運ぶ者たち”の不吉な予感は、不吉な予感では終わらなかった。
ダニエルもこの船内で、銅鑼の音を聞いているはずだ。
前触れもなく、砕け散った鏡はやはり、この未来を――いや、今から自分たちが対峙しなければならない”悪しき者たちとの闘い”を自分たちに知らせていたのだ。
顔を見合わせ頷きあい、握りしめた剣を手に、いの一番に訓練場を飛び出した”希望の光を運ぶ者たち”5人。
彼らは、甲板へと続く階段を、二段どこか数段飛ばしで駆け上がっていった。
懸命に甲板を目指す彼らは、まだ知らない。
”悪しき者たち”は”血にまみれた暗い未来のシミュレーション”の中にいた魔導士たちではないことを。
そして、ディランが見た”あの悪夢”も、数刻後にこの船を襲う惨劇と”過去に縁を紡いだ者たちとの再会”を暗示していたことを――
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