２０２０年版 ルノルマン・カードに導かれし物語たちよ！

Episode１１ 1,000字以内オムニバスショートホラー５品（女主人公）＋エッセイをお届けいたします。

Episode１１－E 生さぬ仲

　彼女はいつでもどこでもスマホと一緒だった。
　そう、たとえお風呂の中でも……

「ねえ、ヒロミさぁん。スマホの充電ケーブル持ってきてよぉ」
「お風呂の中で充電なんて、危ないわよ。上がってから、ゆっくり見たら？」
「だってぇ、今、面白い動画見てるんだもん。あーあ、ヒロミさんは”生さぬ仲”のあたしのお願い、聞いてくれないんだぁ。そんな意地悪するなら、パパに言いつけちゃうよぉ」

　私が結婚した相手には、前妻との間に生まれた中学生の娘がいた。
　そのこと自体は別に構わないし、後妻の私を「ママ」や「お母さん」ではなく、「ヒロミさん」と名前で呼ぶのも仕方のないことであるだろう。　
　だが、この娘ときたら、我儘で生意気で底意地が悪いうえ、自制心や自戒心も育っておらず、散々に甘やかされてきたことは明白であった。

　延長コードに繋いだ充電ケーブル、特大のポリ袋を手に、私は浴室の扉を開けた。
　私は彼女の髪の毛やらシャンプーやらボディソープの残滓などでだらしなく汚れたタイルの上にポリ袋を敷いていく。

「ヒロミさん、何してんの？」
「常識で考えて、お風呂の中で充電なんて危ないでしょ？　だから、充電ケーブルが濡れないようにしているの。それに…………ほら、スマホを貸して。私がケーブルを差し込むから」

　彼女は素直に私にスマホを渡した。
　そして、私も充電ケーブルに繋いだスマホを彼女の手に返す……わけなどなく、そのままスマホを湯船の中にポチャンと落とした。


　厄介な大掃除を終えた後のごとき高揚感に包まれていた。　
　私と夫、何より”私のお腹の中の小さな命”の未来に聳え立つ障害を、本人の自業自得の事故と判断されるであろう状況で片付けることができたのだ。
　彼女の安全に配慮しているように見せかけるためにポリ袋を敷いたのだって演技の一環だ。
　最期の最期まで私の演技に騙されていた馬鹿娘。

　さて、そろそろ夫が帰ってくる。
　素知らぬ顔で夫を出迎え、この馬鹿娘のことを聞かれたら、「お風呂に入っているはずよ。でも……考えてみたら、随分長いわね」とサッと顔色を変えて、浴室へと駆けつけよう。
　後は悲鳴をあげて、泣き崩れれば完璧だ。
　夫だって、娘のスマホ中毒のことは分かっているはずだから。

　だが、浴室を出て行こうとした私は、広げたままのポリ袋についうっかり足を滑らせ、盛大に転倒してしまった。
　余りの激痛に起き上がれぬまま意識朦朧とし始めた私の下半身は、水ではない何かで濡れ始めていた。

（完）