勇者志願者と双子の姉妹【なずみのホラー便 第59弾】

なずみ智子

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勇者志願者と双子の姉妹

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 魔王の手は、この世界の果てにまで及んで……はいなかった。
 強国の大都市ならびにその近隣を、魔王はその支配と蹂躙のメインとしていたため、少年ダグラスが暮らす田舎の村は、魔王出現前も出現後もそれほど変化のない平穏な日常を送ることができていた。

 しかし、ダグラスは村を飛び出した。
「俺は勇者になる。俺が魔王を倒して、この世界を救ってみせる」と。
 彼の双子の姉、サリーとサマンサの「は? あんたなんかが勇者になれるわけないでしょ」「自分の器ってモンを自覚して、この村で大人しく暮らしなさいよ」という制止も振り切って。
 黒毛の愛犬を常に連れている村の超高齢オババの「あきらめい。お前さんには”英雄の相”というものは皆無じゃ」という占い結果も無視して。


 まだ装着し慣れぬ新品の剣を腰に差したダグラスは、テクテクテクテクと次なる村へと繋がる一本道を一人で歩いていた。
 と、道の途中の、青空を突き破らんばかりに伸びている大木の根元に、遠目でも自分と同じぐらいの年頃だと推測される少女が二人、しゃがみこんでいることに気付く。

「大丈夫ですか? どうかしたんですか?」

 彼女たちが何やら困っているのは明らかであるも、ダグラスはどこかウキウキしながら駆け寄っていた。
 いずれ勇者となる俺が救う一人目ならびに二人目の民がついに登場した。あの彼女たち、無名時代の俺に助けられたなんて、孫の代まで語り継ぐことができる自慢話を手に入れることができるぞ、と思いながら。

 ダグラスの声に、彼女たちは顔を上げた。彼女たちの顔を間近で見たダグラスは、ハッと息を呑まずにはいられなかった。


※※※


 勇者――すなわち英雄となる旅の途中で、同じ志の仲間が集結し、いわゆるパーティーを組むことも、ダグラスは想定していた。
 男だらけの熱気でむさ苦しいも、友情に厚く義理堅い男所帯のパーティーに憧れもあったが、彼はどちらかというと男女混合のパーティーを希望していた。

 勇者パーティーの中に、いや、勇者となる自分の隣にいつもいるべき者は女、それも飛び切りの美少女もしくは美女が望ましい。

 道の途中で何やら立ち眩みを起こしたらしく、大木の根元にしゃがみこんでいた少女のうちの一人・メリーは、文句なしの美少女だった。
 ド田舎の村の女しか見たことがなかったダグラスは、この世界にはこれほどまでに可愛くて綺麗な女の子がいるんだ、と感動すら覚えた。

 けれども、同じく立ち眩みを起こしてしゃがみこんでいたもう一人の少女・メリッサは、この世界にはこれほどまでもブス……いや、面妖な顔面の女の子がいるんだと、あまりの気の毒さに胸が痛くなるほどであった。

 と、このように顔面格差が激し過ぎる二人の少女、メリーとメリッサは、なんと双子の姉妹だというのだ。

 双子の姉妹というなら、ダグラスの姉のサリーとサマンサもそうである。
 しかし、姉たちは、いかにも農耕向きの大柄ながっちり体型も、いざという時は”手が出る”ほどの気の強さも、ギャイギャイとがなり立てる口やかましさも、まるで一人の人間を二人に分裂させたかのように瓜二つであった。
 一言で”双子”と言っても、全ての双子が姉たちのようであるとは限らない、とダグラスは分かっている。

 そもそも、生まれ持った容貌、すなわちメリッサ自身の力ではどうすることもできないことで差別するなんて、道徳的にあってはならない。

 たかが顔の皮一枚、されど顔の皮一枚。
 頭では分かっていても、ダグラスの目はついつい可愛くて綺麗なメリーを自然と追いかけてしまい、そうではないメリッサと目が合うとついつい逸らしてしまう。
 旅の途中、メリーが作ってくれた、どこか懐かしい味の食事は「美味しい、美味しい」と幾度もおかわりをしてしまっていたも、メリッサが作ってくれた、同じくどこか懐かしい味の食事については「もうお腹いっぱいだから……」とあまり口をつける気にはなれなかった。
 
 勇者志願者の自分のパーティーに、容姿端麗なメリーはふさわしくとも、そうではないメリッサはふさわしくない……というよりも、”自分たち”の輝かしき旅路における邪魔な存在であるとダグラスは思い始めていた。

 さすがに”死ね”とまでは思わないも、ダグラスはメリッサに冷たい視線を浴びせ、冷淡な態度をとってしまいつつあることを自覚していた。
 その態度の差を彼女たちに悟られないように――”メリッサを傷つけないというよりも、双子の姉妹を美醜によって差別してしまったことでメリーに嫌われてしまわないように”と取り繕うばかりであった。


※※※


 勇者志願者・ダグラスの現在三名のパーティーは、更なる次の村へと続く森の中へと足を踏み入れた。
 ダグラスが腰に差している剣は、まだ一度も抜かれていない。
 魔王がその活動の本拠地としているらしい大都市までは、まだまだ距離があるのだ。

 しかし、森に足を一歩踏み入れた瞬間、ダグラスの全身の肌がブワッと鳥肌だった。
 この森に漂っている空気は、明らかに普通じゃない。
 敵意だ。敵意が突き刺さってくる。
 正直、引き返したかったダグラスであったが、メリーとメリッサの二人は何も感じないようだ。
 彼女たちに――特にメリーに臆病者だと思われるのが嫌だったダグラスは、そのまま薄暗い森の中の荒れ果てた一本道を歩みゆくことにした。


 だが、案の定というべきか、森の中で自分たちを待ち構えている禍々しき者たちがいたのだ。

「おや、とうとうやってきたんだね」

 干し草のようなバサバサの髪、爛々と光る赤い目、黄色い乱杭歯をのぞかせた齢百歳は超えているであろう老婆だ。
 老婆の傍らには、世にも恐ろしい面相の犬がいた。
 犬の体の大きさそのものは、一般的な犬とそう変わりはなかったも、漆黒の体毛、赤い目、涎の滴る黄色い犬歯を剥き出しにし、グルグルと低い唸り声をあげていた。


「勇者志願者のあんた……勇者の相も力量も皆無のくせに、よくもまあ、身の程知らずの野望を抱いて、この森に足を踏み入れてきたもんだねえ。まあ、野望や夢については誰でも自由に大きく描けるもんさ。それも、子供のうちだけだけど」

 しゃがれ声で笑う老婆。
 ダグラスの頬は、恐怖だけでなく羞恥によっても赤く染まり引き攣った。

「おっと、別に私は魔王の手先じゃないことだけは先に言っておくよ。ただ、”私たち”のお眼鏡に適わないまま、この森を通り抜けるのは許さないってことだ」

 皺だらけの干からびた枯れ木のごとき手で、唸り続ける犬の頭にポンと手をやった老婆は、ギロリと赤い目を光らせた。

「さて、この森を通り抜けたいっていうなら、私が今から言うどちらの選択肢をあんた自身が選ぶんだ。一つ目は、あんたが腰に差している新品の剣で、私の可愛い愛犬と戦う。そして、もう一つは、あんたの後ろにいる二人の娘のどちらかを私によこす。どちらの娘をよこしてくれても私は構わないよ」

 ダグラスに突き付けられた二つの選択肢、いや、正確に言うなら三つの選択肢だ。
 剣を抜き、勇者としての初仕事を――禍々しき老婆の狂暴なる愛犬を倒すか?
 メリーを守り、メリッサを差し出すか?
 メリッサを守り、メリーを差し出すか?

 ダグラスは懐の剣へと手を伸ばした。
 剣の柄にそっと触れたダグラスであったも、すぐに手を離し、自分の後ろで震えている美しく愛らしいメリーをグイッと抱き寄せた。
 そして、空いていた方の手で、メリッサを老婆と犬の前へとドンと突き飛ばした。

 腕の中のメリーが「なんてことを!」と悲痛な叫びをあげた。
 地面に倒れ込んだメリッサは「ひ、酷い!」と、その顔をさらに醜く歪ませ、ダグラスへと振り返った。

 人でなしにも程があるダグラスの選択に、当の老婆は表情一つ変えることはなかった。
 フーッと大きなため息を吐いた老婆が言う。

「……やれやれだよ。ここで剣を手に私の犬と戦おうとする姿勢だけでも見せていたら、勇者を目指す心意気そのものは評価できたんだけどね。”やっぱり”あんたは勇者になれる者じゃないよ。だから”サリーとサマンサと一緒に村に帰んな”」

 どういうことだ?
 なぜ、この森で初めて会ったばかりの老婆が、自分の家族構成を掴んで……というよりも、双子の姉たちの名前までも知っている?

 今の状況を全く把握できぬダグラスの目の前で、老婆はパッとその姿を変えた。
 彼の故郷の村にいるはずの”超高齢オババ”に。
 そして、足元の犬の面相も一瞬にして、普通の可愛い犬の顔に変わった。
 ダグラスはその犬に見覚えがあった。
 オババがいつも連れていた黒毛の愛犬だ。

 し・か・し!
 ダグラスを何よりも飛び上がらせ”慄かせた”のは、腕の中のメリーが姉・サリーに、そして地面に手をついたままのメリッサが同じく姉・サマンサに変わったことであった。
 いや、変わったのではなく、”戻った”のだ。
 ダグラスは自身の双子の姉たちとともに旅をしていたということだ!

 キッとダグラスを睨み下ろしたサリーの手が、それも”拳が”ダグラスの右頬へと飛んだ。
 そして、バッと素早く起き上がったサマンサの”怒れる拳”も、ダグラスの左頬へと飛んだ。
 自分よりも背が高くガッチリ体型の姉二人に強烈なグーパンを立て続けに喰らったダグラスは、見事にノックアウトされ、仰向けのまま地面に転がった。
 
「ね、姉ちゃんたち、どうして……?」

 両方の鼻の穴から鼻血をタラリと流しながら、ムクリと上体を起こしたダグラス。その彼の両肩ならびに手足はかすかに震えていた。


「は? いくら馬鹿なあんたでも、どういうことか分かるでしょ!」とサリー。
「ほんと、あんたって最低ね! オババ様に頼んで正解だったわ!」とサマンサ。

 ”オババ様に頼んだ”。
 単なる占い師崩れの年寄りだと思っていたオババに、これほどの力――人間や犬の見た目を変化させたり、森の中の空気をゾッとするものに変える力があったことに、ダグラスは驚いた。
 普通の人間にはない魔力を保有しているオババこそが勇者のパーティーの一員に適任である、というよりも、むしろ、魔王の配下として採用されるべき力を持った特別な者なのかもしれない。

 サリーとサマンサは、地面に尻を付けたままのダグラスを軽蔑しきった目で見下ろしていた。

「あんたは、たかが顔の皮一枚に……接する相手が美人かそうでないかで態度が変わり過ぎなのよ!」とサリー。
「あんたは、うまく取り繕っていたつもりなのかもしれないけど、態度の違いってモンは端々で感じられたわよ!」とサマンサ。

「い、いや、だって……」と言い訳しようとしたダグラスであったも、姉二人にギンと睨まれ、さらにすくみあがった。

「勇者っていうのはね、この世界の民を老若男女問わず愛し、守ろうとすべき者でしょ!」とサリー。
「いざという時は自らの身を犠牲にしてでも、魔王含む悪しき者たちに立ち向かい戦おうとすべき者でしょ!」とサマンサ。

 オババも、愛犬の背中を優しく撫でながら姉たちの言葉にうんうんと頷いていた。
「さあ、サリーもサマンサもそのへんにしておきな。今から、あんたたち三人と一緒に村に帰るからね。私の力だと移動時間はほんの一瞬さ。”続き”は村に帰ってからおやり」

 鼻を押さえたままのダグラスは、ブンブンと首を横に振る。

「お、俺は村には帰らないぞ! 俺はこのまま勇者となるための旅を続けるつもりだ! だって、考えてみろ! 俺たちの村も、このあたりも”今のところ”はまだ平和だ。でもこれから先、魔王が俺たちの村にまで手を伸ばしてこないという保証はない! もはや、時間の問題だ。勇者の登場と活躍を望むんじゃなくて、自らが勇者にならんと立ち上がるべき時だ! 他人に希望と平和を託すんじゃなくて、自分自身が希望と平和を……」

 そっくりな顔を見合わせたサリーとサマンサが、呆れ声で言う。

「さっきの選択場面で剣を抜いて戦うどころか、自分の好みでない女を真っ先に犠牲にせんと差し出した奴がよく言えるわね。最低」とサリー。

「戦う相手だって、あんたの背丈ほどある犬だったら怖いのは分からないでもないけど、普通の犬と変わらない大きさだったでしょ。それにあんたは剣だって持っているのに。臆病者」とサマンサ。

 姉たちに事実を指摘されたダグラスは何も言い返すことはできなかった。

「魔王を倒してくれる勇者は、この世界のどこかにいるでしょうね。ううん、いてもらわなきゃ困るわ。でも、それがあんたでないことは確実よ」
「勇者となるべき器のない者には、その腰の剣だって無用の長物よ。その剣は溶かして生活費に充てましょう。さあ、早く村に帰るわよ」

 サリーとサマンサは、地面に尻をついたままのダグラスの両腕を左右からグイッと掴み上げた。
 それは凄まじい力であった。


――完――
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