恥知らず【なずみのホラー便 第54弾】

なずみ智子

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恥知らず

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 本作の可愛い天使さんは『2018年版 ルノルマン・カードに導かれし物語たちよ!』の「Episode5 ルノルマン・カードに導かれし人生」にも登場してます。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886152603/episodes/1177354054886989865


※※※


「あの……それはタロットカードですか?」

「いいえ、ルノルマン・カードです。36枚のルノルマン・カードの中より、今からあなたに5枚のカードを引いていただきます」

 私と向かいあって机に座っている”天使と呼ぶべき存在”であるらしい、この上なく愛らしい顔立ちの娘は、私の背後に続いている長蛇の列へとチラリを目をやり答えた。

「……ルノルマン・カード……ですか? あまり聞いたことのないカードですね」

「ええ、タロットカードなどに比べると、知名度はまだまだマイナーかと思います。ですが、私はこのルノルマン・カードが人間社会に誕生したのを知って以来、『これは使える!』と活用し、仕事を迅速に処理……いいえ、これから生まれる”あなた方の人生の大まかな具材”を決めてきたのです」

「そうですか……5枚のルノルマン・カードを引く”私たち魂自身の選択と運”によって、これから歩む人生の具材が決定してしまうということですよね。とても公平な決め方ですし、私はすごくいいやり方だと思いますよ」

 私の言葉を聞いた天使さんは、目をパチクリとさせた。

「私もこの出生前計画課に配属されてから長いですが、そのようなコメントをいただけたのは初めてです。なにせ、『隣の列の天使みたいに、カルテを手に一人一人丁寧にカウンセリングしたらどうか?』とおっしゃられた方が大半でしたからね。ま、なんにせよ、私のやり方に賛同いただけるのはうれしいことです」

 この天使さんは愛想はあまりらしいが、その分、レア感のある笑顔はとても可愛かった。

「……私がどんな5枚のカードを引き当てるのかは分かりませんが、私は明示されたカードをそのまま受け入れます。私はルノルマン・カードが導いてくれた通り、これからの人生を歩んでいきます」

「あなたが引き当てることになる5枚のカードについての記憶は誕生前にしっかりと消させていただく決まりにはなっているのですが……あなたは素直なだけでなく、なかなかに聡明な魂ですね」

 何やら人智を越えた存在であるのは明らかな天使さんですら、この私の言葉には感心したようであった。

「そう言っていただけるなんてうれしい限りです。以前から……前の人生の時から、私はずっと思っていたのです。人間の不幸、欠乏感というのは、”何かや誰かとの比較”によって生ずるのだと。”比較”にはきりがありません。ですから、私は私自身が引き当てた5枚のカードだけをまっすぐに見つめて認め、受け入れます」

「”何かや誰かとの比較”によって、人間の不幸や欠乏感が生ずると……あなたの言うことは最もですよ。今の人間社会も、国際化やネット含めメディアの発達などで、あらゆる情報が溢れ返らんばかりです。それは良いことでもあり、悪いことでもあります。いいえ、あらゆることに光もあれば闇があるのは当たり前ですけど。それこそ100年ぐらい前だったら、知ることなく一生を終えたはずの事柄も、今はすんなり知ってしまうことができる。知りたいことを知ることはできるけど、知らなくてもいいことまでをも知ってしまう……”人間基準での”上を見上げてもきりがないし、下を見下ろしてもきりがない、横を見渡してもあまりにも多種多様でありといった具合ですね」

 天使さんがニンマリと笑う。
 彼女と考え方が似ていることに私はうれしくなった。

「そうですよ。情報量が多いということも不幸の元だと私は思います。情報量の多さは、”多すぎる選択肢”というむず痒い不幸にもつながります……なんだったら、私が今から引き当てるルノルマン・カードは5枚じゃなくて、3枚でも構いません。いえ、たった1枚だっていいです」

 私は天使さんに余裕の笑顔を見せた。
 だが、天使さんの顔に少しばかり翳りがさした。

「ルノルマン・カードですが、全てポジティブなカードというわけではないんです。ですから、私は5枚引きと決めています」

「……やはり、死神や悪魔のカードがあったりするんですか?」

「いいえ、タロットカードとは違って、ルノルマン・カードにそういった名称のカードはありません。ただ、”終焉”を表す『8 棺』というカードはありますが……」

「人間、誰もが皆、”終焉”を……死を迎えるわけで、何も恐れることはないと考えています。もし仮に、私がその『8 棺』のカードを引いてしまったとしても……それをそのまま、受け取るのではなく、『どうしたらより良い方向に変えられるだろう?』や『今からの人生での課題は何だろう?』と考えていくことが何よりも大切だと思っていますから……」

 私の言葉に天使さんが頷いた。
 2度目となる彼女のレアな笑顔は、やはり可愛かった。

 カードのシャッフルが終わった天使さんが、机の上にカードを並べた。

 36枚のルノルマン・カード。
 この中から、私は5枚のカードを引くのだ。
 天使さんが認めるほどに物分かりが良くて、人生の悟りなるものまで開いている聡明にも程がある私の”輝かしい人生”の具材となるカードを。
 ”少しばかり”ネガティブなカードを引き当てても、私はそれらをまっすぐに見つめ、認めて受け入れてみせるんだから。

 私が引き当てた5枚のカード。
 それらを番号順に並べると、以下となった。

『7 ヘビ』
『10 鎌』
『11 鞭』
『23 ネズミ』
『36 十字架』


 …………。
 え?
 何、これ?
 何で?

 私はルノルマン・カードに詳しくない。他にどんなカードがあるのかも全く知らない。
 でも、これらのカードの絵面(えづら)を見ただけでも分かる。
 これはまずい。
 相当にまずいのでは……!!


「あっと、これは……」
 明示されたカードたちを見た天使さんも、眉間に皺を寄せ始めた。

「ネガティブな意味合いが強いカードばかりをを引いてしまいましたね……中でも『36 十字架』は、ネガティブ要素の塊とも言えるでしょう。心身の苦しみや悲しみ、宿命的な重荷や重圧を意味します」

 私は何らかの重い十字架を背負った状態で生まれてしまうということなのか?

「そして、他のカードについてザッと説明するなら、『7 ヘビ』は裏切りや敵、『10 鎌』は危険や災難、『11 鞭』は諍いや暴力、『23 ネズミ』は略奪や感染を意味しますね」

 ですが、と天使さんはコホンと咳ばらいをした。

「ネガティブな要素を含むカードだからといって、悪いカードというわけではありません。そのままネガティブ一色でとらえることもありません。『7 ヘビ』は頭のいい女性を指すカードでもありますし、『10 鎌』の”鎌”は実ったものを収穫するための道具です。そして『11 鞭』は、アバンチュールに該当する性的な事柄をも示します。『23 ネズミ』には多産や働き者といった……」

 さすが、このルノルマン・カードを使って仕事をしているだけあって、各カードの事柄は全て頭に入っている天使さんがよどみなく説明をしてくれている。
 しかし、その説明を私はどこか遠いところで聞いているような気がした。

「……それに『36 十字架』にしたって、苦難に耐えつつ、敬虔な信仰を持ち続けることなどをも……」

「あ、あの! もう1回、カードを引かせてくれませんか!? カードを引くのは1人1回限りという説明を私は受けていません! ちゃんと事前に説明してくれなかったのは、そちらの落ち度だと思います! ですから、私にはもう一度、カードを引く権利があるはずです!!」

「え? 何を言っているんですか? そんなこと、わざわざ説明しなくても、1人1回限りだということは暗黙の了解で分かることだと思いますけど」

「でも、これはさすがにきつ過ぎますよ! 私に”地獄で”新たな人生を始めろというのですか?!」

「あのですね、あなた先ほど言っていたじゃありませんか? 『私は私自身が引き当てた5枚のカードだけをまっすぐに見つめて認め、受け入れます』と……それに、ネガティブな意味合いのカードを引いても『どうしたらより良い方向に変えられるだろう?』や『今からの人生での課題は何だろう?』と考えていくことが何より大切だとも、カッコつけて言っていたじゃありませんか?」

「それはそれ、これはこれです! 口で言うのと実際に体験するのは別物じゃないですか! やっぱり、何事もほどほどが一番ですって! 私だって、まさか、こんな5枚の組み合わせが出るとは思いもしなかったんですから! この私の人生が、こんなはずはありません!」 

「我儘言わないでください。あなただけを特別扱いするわけにはいきません。私はこの5枚のカードに基づく、あなたの人生設定を享年設定課と合縁奇縁課に提出します。その2つの課のコンビネーションによって、あなたのこれからの人生のドラマが練り上げられます。誕生準備完了(母親となる女性の胎内における着床寸前)の合図があるまで、控室にてお待ちください。なお、控室で出されるお肉は必ず完食してください。美味しいお肉ではありませんが、あなたの眼球ほどのサイズですから一口で……」

 天使さんは、私の必死の懇願を聞き入れてくれる気は皆無らしい。
 こうなったら、もう実力行使しかない!

「――!! ちょっと、何するんですか!? やめてください!!」

 私は天使さんの手から、ルノルマン・カードを奪い取ろうとした。
 天使さんの顔に怯えが走り、私の後ろで待っている魂たちや別の天使さんの列に並んでいる魂たちにも怯えの色が伝染していった空気を私は背中で感じた。
 けれども、もう一度、やや強引にでもルノルマン・カードを引いてしまえば、こっちのものだ。

 先ほどのカードの組み合わせ以上に、私を打ちのめすカードはもう出てこないだろう。
 今がどん底だとしたら、後は上がっていくしかない。
 新たに引く5枚のカードの中の2枚、いや1枚にでも希望の光となるカードがあれば……!
 それだけで私は構わない!!

「あなた、こんなことして恥ずかしくないんですか?! ”言うは易く行うは難し”を地で行っているじゃないですか! つい先ほどまで、ご自分が言っていたことを忘れたのですか?! ご自分が言ったことぐらいはちゃんと守ってください! 有言実行してくださいよ!!」

 ルノルマン・カードを胸に守りながらも逃げる天使さんが喚いた。

 ああ、恥ずかしいとも!!
 私だって、今の自分の姿が恥ずかしくないわけがない!
 でも、”この場での”多少の恥などは構うもんか!!
 苦難に満ちた人生を始めることになるぐらいなら、この場で多少の恥をかいたり、”多少の血を流させること”ぐらい構うもんか!

「ぎゃーっ!!!」

 私は天使さんの頬をひっかき、髪を掴みあげて引きずり回した。
 けれども、”こいつ”はうるさい悲鳴をあげながらも、ルノルマンカードを断固として離そうとしなかった。
 仕事道具は自分の分身だとか、自分の魂だとか言っている人もがいるけど、おそらく”こいつ”もそうなんだろう。
 
 周りの天使たちも「早く! 安全保障課の”第一軍”の天使たちを呼び出してください!」や「いけません! 魂の方々は止めに入らないでください! 本件は、私たちだけで片を付けますから!」とうるさく叫んでいた。




 私はあっけなく取り押さえられてしまった。
 ルノルマン・カードの引き直しもできないまま、駆けつけてきた天使たちに取り押さえられてしまった。
 ムキムキに発達した筋肉が第一のアピールポイントといった風情の揃いも揃って美形で若い男の天使たちに。

 ルノルマン・カードの天使は、髪もグチャグチャで、腫れた頬にも血を滲ませていた。
 しかし、顔に似合わず相当に気が強いらしい”こいつ”は、涙の一粒も流さず、私をキッと睨みつけた。

「本当に最低ですね。これだから人間は……」

 そして、言った。

「あなたが先ほど引き当てた5枚のルノルマン・カードは全て無効とします」

 ……あれ?
 ”無効”ということは、私はもう一度、ルノルマン・カードを引き直すことができるということ?
 やり方は乱暴で間違ってはいたも、私の実力行使そのものは結果的には実ったということ?

 でも、違った。

「先ほどまでのあなたの行為は、恐喝、傷害、強盗未遂に該当します。よって、ただいまより、別室にて”それなりのペナルティ”を受けていただきます。その”有言不実行で恥知らずの魂”に”鞭”で教え込むようにね。まあ、”鞭”というのは一種の例えですけど」

 ルノルマン・カードの天使は、取り出した『11 鞭』のカードを手でピラピラとさせ、無表情で冷たく言い放った。



 マッチョ天使たちにズルズルと引きずられ、別室に連行される私の耳に、列に並んだ魂たちの「あ、あの人、これからどうなっちゃうんですか?」「別室とかいう所で一体、何をされてしまうんですか?」という怯えきった声が聞こえてきた。
 安全地帯に留まっている奴らの問いは、これから別室にて逃れられないペナルティを受ける私の恐怖と後悔をさらに煽ってくるかのようだった。

 追い打ちをかけるかのように、私を連行しているマッチョ天使の1人がそれに答える。

「申し訳ございませんが、他の魂の方々にペナルティの内容をお答えすることはできません。それに”知らなくてもいいこと”というのはあるのですよ」



※※※


【参考文献】
『秘密のルノルマン・オラクル』 鏡リュウジ(著)、遠藤拓人(イラスト) 出版社:夜間飛行
『ザ・ルノルマンカード』 香(著) 出版社:説話社
『ラーニング・ルノルマン』 マーカス・カッツ (著)、 タリ・グッドウィン (著)、 伊泉 龍一 (翻訳)、 七海 くらら (翻訳)、 田中 美和子 (翻訳)  出版社:株式会社フォーテュナ
『ルノルマン・カードの世界』 桜野カレン (著)、 伊泉龍一 (著)、 熊谷健 (イラスト) 出版社;駒草出版
『ルノルマン・ピケ ― 未来を描くグランタブロー 』 小宮ベーカー純子 (著)、Aya (イラスト) 出版社:ナチュラルスピリット 
『マドモアゼル ルノルマン リブリ シークレット』 サトノセーラ(著) 発行所:ラジエル
『マドモアゼル ルノルマン ヒストリア』 サトノセーラ(著) 発行所:ラジエル
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