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王女の身代わりとなった娘

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【問題】

 昔々、とある小さな国にそれはそれは美しく、お優しい王女様がおられました。
 この王女様の変わったところをあげるいたしましたなら、思春期の頃よりお医者様にお身体の具合を診られるのを非常に嫌がるようになり、湯浴みにしたって侍女の手を借りることを断固拒否していたことぐらいでした。
 しかし、国民に愛されて幸せな一生を送るはずであった王女様は、非情な運命の渦に巻き込まれてしまったのです。
 王女様にはお兄様がお一人、つまりは王子様がいらっしゃったのですが、この王子様ときたら、そこら辺の子供以上にいつまでも夢見がちなうえ、全く計画性のない旅をことさらに好み、国中どころか他の国にまで足を延ばし、好き勝手にプラプラと遊び回っていました。
 案の定の展開というべきでしょうか、ついに敵対国の捕虜となってしまったのです。
 このままでは城に帰れない……と思った王子様は、女好きのうえエイジプレイ好きとの噂のある敵対国の王の気を引くために、自分の妹である王女様の類い稀な美しさと慈愛に満ちた性質をこれでもかとプレゼンテーションしまくりました。
 その結果、敵対国の王より「王子を返して欲しくば、王女を差し出せ」との交換条件が付きつけられたのです。
 王様もお后様も大慌てです。
 いくら不詳どころではない阿呆で馬鹿な王子であっても、無事に返してもらわなければ困ります。
 だからといって、親子ほど年が離れているうえ変わった性癖を持っているらしい敵対国の王に大切な王女様を差し出すわけにはいきません。
 その結果、身分なき娘の中より王女様に姿形が似ている娘を探し出し、身代わりとして敵対国に送り、ボロが出てしまう前に(実は王女様ではなかったとバレてしまわない前に)何らかの事故を装って自害するように命じたのです。
 「誰が一番王女様に似ているかコンテスト」で一位の栄冠に輝いてしまった気の毒な美人町娘は牢に監禁され、ただただ泣き続けるしかありませんでした。
 ですが、出発前夜のことです。
 王女様が町娘のいる牢へとやってきました。
 その王女様の背後には、黒光りする斧を肩に担いだ大男の兵士が今にも吐きそうな顔で控えています。
 王女様は町娘に微笑みかけました。
 その微笑みはこの世のものとも思えないほど美しく神々しいものでした。
「あなたが犠牲になることはないわ。ここからの逃げ道を教えてあげる。だから、一刻も早くお逃げなさい」

 翌朝、牢屋の前で”おびただしい量の血痕”が発見されましたが、出発前の慌ただしさの中ではあまり問題にされることはありませんでした。
 ”王女の身代わりとなった娘は敵対国の王の元に献上されましたため”、全ての元凶ともいえる王子様もしばらくして無事にお城へとヘラヘラしながら戻ってきました。
 そして、王女様は王様とお后様の元には残ることができましたが、表向きはこの国からいなくなった方となりましたので、一生涯、お城の奥深くから出ることができない身の上にもなってしまいました。
「……私の方はこうしてお城に残ることができたけど、今もなお、この身は断ち切られんばかりに苦しくて悲しくてたまらない……私は呪われた運命の元に生まれたけど、この身が呪われていたからこそ、全て丸くおさめることができたのだわ。これで良かったのよ。そう思わなければ、私たちは……」
 さて、”王女の身代わりとなった娘”は、いったい誰だったのでしょう?


【質問と解答】

キクちゃん : あの……この問題文はいったい何なのでしょうか? 「女好きのうえエイジプレイ好きとの噂のある敵対国の王」とか「誰が一番王女様に似ているかコンテスト」とかのギャグに持っていこうとしているけど持っていけていないし、かと思えば「黒光りする斧を肩に担いだ大男の兵士」とか「翌朝、牢屋の前で”おびただしい量の血痕”が発見されましたが……」とか脳内にホラーな絵図を描かせようとしている箇所もありますし……そのうえ自分の妹を身代わりにして捕虜から抜け出そうとした王子には何の報いもなさそうで……なんか、問題文であることを抜きにしてもモヤモヤしてしまいますね。

チエコ先生 : そうね。この問題の王子は「今というこの瞬間が楽しければいい、そして自分さえ良ければいい」といった性格なので、ノブレス・オブリージュの精神には程遠いわ。そもそも、人としてどうかと思うわよね。

キクちゃん : ですよね。でも、そんな王子の思い通りに王女様は……いえ、”王女の身代わりとなった娘”は敵対国の王の元に献上されてしまったわけですよね。この”王女の身代わりとなった娘”が誰なのかが問題なわけですが……これはやはり、王女様のそっくりさんとして選ばれてしまった町娘さんだったのでしょうか?

チエコ先生 : NO。

キクちゃん : うーん……王女様はいったん町娘さんを逃がそうとしたけど、やっぱり土壇場で気が変わって、町娘さんを身代わりにしたまま送り出したのだと思ったのですが違いましたか。

チエコ先生 : ええ、町娘さんは城を抜け出し、無事に家族の元に帰ることができたの。まあ、彼女も表向きは町からいなくなった者に該当するわけだから、今まで通り町で暮らすことはできず、どこか遠いところで名前も変えて生きていくことになるでしょうけどね。彼女は一生涯、ただの町娘に過ぎない自分を助けてくれた王女様のことを忘れはないでしょうね。

キクちゃん : 町娘さんの気持ちを思うと、思わず涙が出そうになりますね。しかし、でも現実にはまた別の人が王女様の身代わりになっていますよね。「王女の身代わりとなった娘は敵対国の王の元に献上されましたため」と問題文中にありますから…………王女様は町娘さんは逃がしたけれども、また別の娘さんを連れてきたのでしょうか?

チエコ先生 : NO。でも、王女様は自分の身代わりとなる者の”あて”があったのよ。第一の鍵となるのは「黒光りする斧を肩に担いだ大男の兵士」と翌朝に牢屋の前で発見された「おびただしい量の血痕」よ。この血痕は誰のものだったのか、新たな登場人物を登場させずに考えてみて。

キクちゃん : 新たな登場人物を登場させずに……ですか? 兵士が自国の王女様を傷つけるわけがないですから……この血痕は兵士自身のものでしたか?

チエコ先生 : NO。

キクちゃん : となると、王女様のものですか?

チエコ先生 : YES。

キクちゃん : !!! ……斧で切り付けられうえ、おびただしい出血量なら、瀕死の重傷どころか下手すると亡くなっていますよ! 後半部で王女様は「今もなお、この身は断ち切られんばかりに苦しくて悲しくてたまらない……」とは言っていますけど、これはあくまで比喩ですよね?

チエコ先生 : 比喩かどうかは分からないわよ。第二の鍵となるのは、問題文冒頭で説明されている”王女様の変わったところ”よ。

キクちゃん : えーと……「思春期の頃よりお医者様にお身体の具合を診られるのを非常に嫌がるようになり、湯浴みにしたって侍女の手を借りることを断固拒否していたことぐらいでした。」とありますけど、これは単に身体にコンプレックスがあったり、女性として成長していく自分の身体が恥ずかしかっただけではないかと……まさか、それ以外の理由があったのですか?

チエコ先生 : ええ、あったのよ。王女様は最後に「私は呪われた運命の元に生まれたけど、この身が呪われていたからこそ、全て丸くおさめることができたのだわ」と言っているでしょ。呪われた運命、つまりは呪われた身体……普通の人間ではない身体をしていたの。普通の人間を斧で真っ二つにしたとしても、まさか、その人間が分裂して二体になったりするわけないでしょう。でも、この王女様は、その”まさか”が起こる身体だったのよ。

キクちゃん : ……ということは、”王女の身代わりとなった娘”は他の誰でもなく、王女様自身……二体に分裂した王女様のうちの一体だったのですね?

チエコ先生 : YES。正解よ。王女様に斧で自分を真っ二つにするように命じられた兵士にしても、そんなことは到底信じられなかったでしょうし、その分裂が起こらなければ王女殺しで間違いなく死罪のうえ、一族郎党抹殺されるわ。だから「今にも吐きそうな顔で」控えていたのよ。王女様に「さあ、一思いに」と命じられて、縦に真っ二つにしたのか横に真っ二つにしたのかは定かでないけど、血は盛大に飛び散ったものの、王女様の分裂は無事に成功したわ。兵士自身の首もあらゆる意味で繋がったため、安堵したでしょうね。

キクちゃん : こんな解答って有りですか……でも、王女様は自分以外の誰も犠牲にすることなく、丸くおさめようとしたのですね。敵対国の王に献上された方の王女様にしたって、王女様自身であることには違いないからボロが出ることもないでしょうし、事故を装って自害する必要ももうなくなりました。でも、王女様は「今もなお、この身は断ち切られんばかりに苦しくて悲しくてたまらない……」と、お城に残った自分などとは比べ物にならないほどの苦境に立たされているに違いないもう一人の自分の身を案じずにはいられなかったのですね。

チエコ先生 : 王女様たちはお互いにもう二度と会うこともできないでしょう。それに「これで良かったのよ。そう思わなければ、私たちは……」と自分たちの選択が決して間違っていなかったと、お互いに信じようともしているの。信じようとしなきゃやりきれないのかもしれないわ。なんだか、心優しく生きようとしている側が犠牲となるばかりで、元凶や変態たちには何の罰も当たりそうにないし、相当に胸糞悪い問題だったわね。

(完)
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