喪女の夢のような契約婚。

紫倉紫

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シーズン1

第十七話

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 もしかしたら、泉堂の家はあの辺りなのかもしれない。
 桜まつりで凡子を見かけて、瑠璃と同じくらい興味本位でつけてみた。きっと、それだけだ。

 カレーが運ばれてきた。凡子は泉堂がどこまでついてきたのかが気になっていた。
 スプーンでカレーをすくって、白ごはんにかけた。

 凡子はあの日、一時間ほど歩いた。とくに何もない道を、ひたすら歩いただけだ。瑠璃のように途中で飽きて離れてくれていれば良いが、家までつけてきたとなると、本物のストーカーだ。

「それは、ないか」

 凡子は声に出してしまい、瑠璃から「何が?」と質問されてしまった。

「えっと、泉堂さんが他の誰かをつけてて、その泉堂さんを瑠璃がつけてって、二重尾行の状態とかさ」
 瑠璃も、まさかその誰かが凡子だとは思わないだろう。

「それ、美味しい」
 凡子は、一瞬カレーのことかと思ったが、どうやら、シチュエーションのことらしい。
「蓮水さんが一人で出かけたから、泉堂さんが浮気を疑って後を追っていたのかも。うん、それでいこう」
――それでいこうって、一体、どこへいくつもりなのやら。
 瑠璃の妄想に、新たな設定が加わってしまったらしい。

「浮気相手は誰にするの?」
 二人以外にも、容姿が良くて人気の社員は何人もいる。
「ここは、取引先でしょう」
 取引先となると、凡子にはわかりそうにない。なにせ凡子は、蓮水副部長以外には興味がないのだ。

「三代メンテナンスの鈴本主任とかどうかな」
 その人物なら凡子も知っていた。二人とはタイプが違うので、意外だ。
「すごく、がっちりした人だよね」
「そうそう」
 野球選手のように体が大きいのに、童顔で、笑うとえくぼが出る人だ。

 瑠璃の頭の中では、蓮水副部長と泉堂は愛し合っているはずだ。妄想とはいえ、浮気を許容できるのか。

「泉堂さんは、浮気を疑って、蓮水さんの周りを嗅ぎ回るんだけど、真相は、泉堂さんに関する弱みを知られて、蓮水さんが脅されているの。泉堂さんを守るために、蓮水さんが慰み者にされちゃってるってわけ。悲劇でしょう」
 凡子は、顔を左右に振った。他人の妄想の中でも、蓮水副部長が慰み者になるのは許せない。

「浅香さんは、蓮水さんが泉堂さん以外と体の関係を持つのは、嫌な感じ?」
 瑠璃の言葉に、一瞬、肌を重ね合う二人の映像がちらついてしまった。
「いや、だめだめだめ」
「あーだめなんだ」
 凡子がだめだと言ったのは、具体的に二人の情事を思い浮かべることであって、泉堂以外と関係をもつことではない。
 凡子は、腐女子ではないはずなのに、いけない妄想をしてしまった。

「ところで、泉堂さんの弱みってどんなこと?」
 凡子は、サスペンス要素の方に思考を持っていこうと、質問した。
「『弱み』は『弱み』よ」
 凡子は、意味がわからず、首をかしげた。
「そんな細かなこと考えたら、つじつま合わせとか大変じゃない」
 具体的には決めていないらしい。凡子は頷いた。

 一時間ほどで瑠璃と別れ、帰宅した。
 少し前まで、瑠璃の妄想を聞き流せていたのに、二人と少し交流したせいで、そうもいかなくなってきた。
 二人の仲の良さを目の当たりにしたせいかもしれない。

 五十嵐室長のイメージに合う人物として存在していた蓮水副部長が、蓮水副部長本人として独立しようとしている。由々しき事態だ。

 凡子は、一緒にランチを食べた時の蓮水副部長の姿を思い浮かべて、ため息をついた。
「かっこよすぎる」
 五十嵐室長は五十嵐室長、蓮水副部長は蓮水副部長と、別々に推してもいいかもしれない。

 心配しなくても、蓮水副部長と食事をともにする機会はもうないと思うので、そのうちまた、五十嵐室長の化身の地位に戻るだろう。

 泉堂については、そのうち、凡子を揶揄うのにも飽きるはずなので、問題ない。
 それでも、フレンチディナーに行く約束は、絶対に守ってもらう。


 家にたどり着き、まず、ぬるめのお風呂に浸かった。
 今日は結局、蓮水副部長が受付前を通らなかった。泉堂も言っていたが、しばらく忙しいのだろう。本社に来ているのに全く会えないのは、想定外だった。しかし、凡子にはどうにもできないことだ。明日は、通ってくれるだろうか。
 いざとなれば、泉堂に探りをいれることもできる。しばらくは、様子見だ。
 髪を乾かし、落ち着いたところで、最新話の再読をすることにした。
 ソファに座り、スマートフォンを手に取った。
 サイトを開くと、通知が来ていた。水樹恋が、コメントを投稿したらしい。
「もしかして……」
 凡子は胸騒ぎがした。一度、ゆっくりと呼吸をして、コメントのページに移った。

――――――――――――――――――――――――
 読者の皆様、いつも閲覧やコメント欄での応援ありがとうございます。
 本日は、皆様に、非常に心苦しいご報告があります。
 環境の変化があり、なかなか執筆の時間を確保することが難しい状況が続いております。
 今朝の更新分で、書きためておいた分がとうとう底をつきました。
 これからはしばらく、不定期更新となります。
 時間をみつけては書き進めております。ただ、一話分になるまでにはなかなか内容、文字数とも満たないため、お待たせしてしまうこととなります。 
 楽しみにしていただいているのに、申し訳ございません。
 現在の環境において、執筆時間を捻出する方法を模索しております。
 温かく見守っていただければ、幸いです。

 水樹 恋

 ――――――――――――――――――――――――



「作者様ああああ」
 凡子は、大粒の涙を流していた。
「いいんです。いいんです。いくらでも待ちますうううう」
 リビングに凡子の慟哭が響き渡った。
 凡子は、作者に自分の想いを伝えたくて、コメントに、返信することにした。



――――――――――――――――――――――――
恋様

お忙しい中、コメントでお知らせくださり、ありがとうございます。
更新については、もちろん、いつも楽しみにはしておりますが、いくらでも待てます。
それが、ファンというものです。
どうか、無理だけはなさらないでください。

もしも私が、恋様に近しい存在だったなら、使いっ走りでもなんでもして、恋様をお支えしますのに……。
何もお役に立てない自分が、もどかしくてたまりません。

一日でも早く、恋様の望むような環境が整いますように。

七海子

――――――――――――――――――――――――


 今朝の時点で、まさかこんなことになるとは、考えもしなかった。
 本社に出社している蓮水副部長の姿を全く見ることもできず、『五十嵐室長はテクニシャン』の更新も止まる。いくらでも待つとは言ったものの、凡子のテンションは、最低ラインまで落ちていた。

「虚無だ……明日から、何を楽しみに生きればいいのか……」
 凡子がこうしてぼんやりしている間でも、作者は忙しい合間をぬって『五十嵐室長はテクニシャン』を、一文字でも書き進めてくれているかもしれない。

「こんなことではいけない」

 凡子は自分を奮い立たせようとしたが、奮い立たせたとして、何を頑張ればいいかもわからない。
「ここは、休載している間に、私が頑張って読者を増やしておいて、新しい読者と共に盛大にお迎えするしかないわ」
 凡子は、自分にできる唯一のこと、宣伝に力をいれることにした。
 
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