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今日と同じ明日は訪れない

◎5

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 そう、昨日は許してやったが、今日はそういうわけにもいかない。
 夜を越えて、完全に意識を覚醒させた真壁のやることは決まっていた。仰向けになっている宮下に乗っかって、額と額をくっつける。具合が悪いならそっとしておこうと思ったのだが、幸い熱はなさそうだし、顔色も良い。
 そのまま、唇にキスをする。緩く閉じられた唇の隙間に舌を滑り込ませ、力が入っていないふわふわした彼の口内をつついた。

「悠人くん」

 名前を呼んでも反応がない。時折漏れる声は不明瞭だが、拒絶の意思はないようだった。
 布団にくるまれた愛しい恋人に今すぐ抱かれたい。それが叶わないなら、起きるまでずっとちょっかいをかけてやる。今なら何をしても咎められない。状況が悪戯心を加速させ、欲望を更に刺激した。宮下の地肌に跡を残し、下腹部に手を滑らせ、全身にくまなく触れる妄想がとめどなく頭の中を巡っている。
 彼が起きるまで待てるわけがなかった。

 全身を撫でながら口付けを続けていると、半ば勃ち上がった宮下の中心が足に触れた。彼の唇から漏れる息遣いは明らかに変わったが、それ以上の変化は見られない。
 何処までやったら目を覚ますのだろう……真壁は次第に不安になってきた。真壁の下腹部も熱を持っており、妄想じゃなく現実の刺激を求めるように甘く疼いている。もし宮下が最後まで起きなかったら、虚しく自己処理に励むしかないだろう。その結末を避けるため、頬をぱちぱちとひっ叩いて呼びかけたが、宮下は不機嫌そうに唸るだけだった。
 錯覚でもいいから、せめて一緒に気持ち良くなりたい。宮下に覆いかぶさる身体を下にずらし、布の上から敏感な場所を擦り合わせる。快感がぞくぞくと背を伝い、体を支える腕が震えた。愛しい恋人は変わらず目を閉じて微かな喘ぎ声を漏らしていたが、彼の中心は徐々にそのかたちを露わにした。その硬さが真壁を更に昂らせた。
 息交じりの掠れた声は煽情的で、真壁の判断力を低下させるには十分だった。腰を掴まれ動きを止められて、やっと宮下が起きていることに気づいたくらいには。

「……いつから起きてたの」
「いつだっけ。名前呼ばれたときとか?」
「割と最初の方じゃないか」
「俊明さんがどこまでやってくれるか気になってたんだけど、ちょっと我慢が利かなくなりました」
「ふーん。……どこまでやってほしかった?」

 真壁が意地悪く笑いかけると、宮下もにやりと意味ありげな笑顔を浮かべた。腰を強く掴まれながら堅くなった下腹部を押し付けられ、無防備な甘い声が零れ落ちる。

「俺、上に乗ってもらうの、結構好きなんです」
「それ、初めて聞いた」
「うん、初めて言ったので。……だから、このまま、したい」

 寝間着のゴムの辺りを掴まれ、するすると下へ降ろされる。上に乗ってやるの初めてなんだけど、と告げる間もなかった。
 寝転がる宮下に導かれて、僅かな日の光から彼を守るように跨がった。節くれ立った指が真壁の秘所にすんなりと侵入して、柔らかな粘膜に丁寧に触れていく。

「……う、上に乗ったことないんだけど、どうすんの」
「深く考えなくても大丈夫じゃないかな」
「でも、その、上手く入る気が、しないというか」
「上手く入らなくても良いじゃないですか。この体勢で俊明さんとくっつくことが、俺にとっては一番大事なんだから」

 屹立したものを押し当てた宮下はしかし、無理矢理真壁の中に押し入るようなことは最後までしなかった。真壁に主導権を委ね、そのぎこちない動きを終始見守り優しく微笑んでいた。

「は……ふ、う……っ」
「大丈夫? ちょっと休憩しよっか」
「あ……ごめ、ん」
 
 宮下の太腿に体重を預けて、真壁は大きく息を吐いた。どうにか宮下の一部を体内に収めたものの、入れただけで事が終わるなら苦労しない。この体勢でいることが一番大事なことだと宮下は言っていたけれど、体を交わらせる目的はいつだって、もっと先のところにあると真壁は考えていた。真壁はその目的を達成するために上下運動を繰り返して足掻いていたのだが、体全体を使っての力動は明らかに慣れていない人間のもので、動いている当の本人である真壁の体力を徒に消耗させるだけだった。疲労と快感の釣り合いが取れていない。
 それでも、真壁の内部に陣取る質量が増すのを感じ取れたことは救いだった。少なくとも宮下は、真壁の中で感じてくれているということだから。とは言え、達するには物足りないような刺激しか与えられなかったという証拠でもある。それなのに宮下は特に不満を言うこともない。

「俊明さん、頑張ってくれてありがとう。すごく嬉しかったです」

 労いの言葉と共に、宮下の腕が真壁の背を引き寄せる。薄い腹筋に力が入って浮き上がった。彼が自分のことを降ろすつもりなのだと分かって、真壁は足に力を入れて宮下の腹を強く挟んだ。

「やだ、このままやる」
「え、無理しないでいいよ」

 この体勢が好きとわざわざ言うくらいなのだから、彼はこの体位に関する思い出があるのだろうと真壁は勘ぐっていた。前に付き合っていた人がとても上手かったとか、寝込みを襲われて盛り上がった経験があるとか。ともかく、真壁の関係しない、別の誰かとの思い出であることは確かだ。独りでに膨らむ妄想が不快な気分を催した。
 上手く動けない自分の不甲斐なさも相まって、知りもしないはずの宮下の過去の恋人について頭が埋め尽くされた。ここでやめたら負けた気がする。

「どうやって動いてほしいとか、ある?」
「んー……上下じゃなくて前後に動くとか、ゆっくり動かしてみるとか?」

 要求というより提案の形をしている宮下の返事に従って、擦りつけるようにゆっくりと腰だけ動かした。さっきよりも、柔らかい所を突く感触が分かりやすい。

「俺、こうやって、下から眺めるのが好きなんです。男の人と、セックスしてるんだなって実感できるので」
「俺以外の、人でも?」
「そんなこと気にしてたんですか?」
「ごめん、鬱陶しくて。忘れて」
「ううん。今の俊明さん、すごく可愛かった。他の人のとこなんて行く気ないから、安心してよ」
 
 宮下の腹に置いていた手が骨張った指に絡め取られて、重心が不安定になる。それでも腰は快感を求めて、くるくると円を描くように勝手に動いた。上下に動いたときとは別のしんどさが腹回りに襲い掛かるが、そんなの気にならないくらい痺れが広がっている。

「その顔、他の人には、見せちゃダメだよ」

 揺れる声は、快感に耐えているようにも弱さを見せているようにも聞こえる。絡めた指をぎゅっと握って、大きくこくりと頷いた。
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