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一回の表~プレイボール!!
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奈良栄治は、生まれつき右手の中指が無い状態でこの世に生を受けた。それ以外に先天性の異常は、見受けられずいたって健康優良児ではあった。そう、右手の中指が無いつまり右手だけ指が四本しかない事を除けば。
栄治と言う名前は、父親の雄介が子供の頃から憧れていた日本野球界を代表する大投手の沢村栄治から引用したものだった。雄介は、幼い頃から大の野球好きで特にジャイアンツの大ファンだった。世代的には、堀内恒夫や西本聖に江川卓などの巨人軍の大投手に影響を受けて各世代の野球チームでは、ピッチャーをやっていた。
将来的には、雄介はプロ野球選手になってピッチャーとして大成功を収めて沢村栄治賞を受賞するのが夢ではあったが現実的には、プロテストに十回以上落ち、夢破れて食品工場に就職して、そこの事務員をしていた矢野妙子と出会って一年後に結婚した。
雄介は、自分が叶えられなかった夢をこれから生まれてくるであろう息子に託す決意を固める。そして、結婚して二年目の春に妙子が第一子を妊娠した。男の子だった。
「やった!でかした、妙子!」
雄介は、自分の願い通りに男の子が妙子のお腹の中に宿った事を知って将来への夢を妄想しては、妙子に怒られる日々を送っていた。名前は、最初から沢村栄治から引用して「栄治」と決めていた。
栄治が、先天性の欠指症で生まれてきたのを知った時、雄介はしばらく落胆の色を隠せない様子だった。妙子も雄介の落ち込んでいる様子を見るのがとても辛くて、夜中に病院のベッドで一人泣いて神様の悪戯を嘆いていた。
一年後、食品会社の事務局長に昇進した雄介は、育児休暇を取っていた妙子の分まで、そして一人息子の栄治の為に仕事に精を出して張り切っていた。
栄治は、右手の中指が無い事を除けば本当に元気で活発な男の子に成長していった。よく眠り、良く食べて、良く遊ぶ無邪気なやんちゃ坊主だった。
「この子なら、少しくらいハンデがあっても大丈夫よ!」
妙子は、そう言って雄介に将来的に栄治に野球をやらせてみてもいいのではないか?と何度も打診していた。
「う~ん、そうだなぁ。もう少し大きくなったらキャッチボールから始めてみるか!」
雄介も、元気そのものの栄治の姿を毎日見ていて妙子と同じ様な感覚に変わっていった。
栄治は、すくすくと成長して三歳になり保育園に入園した。妙子と雄介は、これから栄治が集団の中で指の事でからかわれたり、いじめられないか?不安は絶えなかったが、いつも元気いっぱいの栄治なら必ず乗り越えてくれると信じて一般の保育園と学校に通わせるつもりでいた。
栄治が、保育園でガキ大将クラスの園児と殴り合いのケンカになったと保育園の園長から電話があったのは、入園して間もない五月の中頃だった。自宅で編み物をしていた妙子は、急いで自転車を漕いで保育園に向かった。
「栄治、早速やっちゃったかな?」
妙子は、さして大事とも思わずに少し微笑みながら自転車を漕いでいた。
「最初に手を出したのは、栄治君の方です」
現場を見ていた保育士からそう言われて妙子は、ゆっくりと穏やかに話し始めた。
「何もなくて栄治が、手を出すわけは無いと思います。何があったのですか?」
保育士の女性は、少し面食らった表情を浮かべて、
「よく分からないですけど、気が付いたら大声が聞こえてきて声の方を見たら栄治君が太一君を二発、三発と続けて殴りかかっていたんです」
妙子は、落ち着いた様子で再び穏やかに問いただした。
「ですから、何もなくて殴らないでしょう?何か有ったはずですけど、その太一君は何と言っているのですか?」
すると、もう一方の太一と言うガキ大将の母親が現れて場は混乱してしまう。
「まったく、何なんですか!うちの子は生えてきた前歯が折れてるんですよ!」
相手の母親は、かなりのヤンママ風だった。
「それは、うちの栄治が悪いですけど何か理由が有ったはずです。そこをハッキリとさせましょうよ」
その様子をじっと眺めていた園長先生が、遂に口を開いた。
「さっき、太一君と栄治君二人に話を聞いています。双方言い分が食い違っていますが、何もしていないと言った太一君に対して栄治君は、彼の右手の中指が無い事を太一君にからかわれたと言っていました。私は、長い事子供達を見てきましたから、だいたいどっちが本当の事を言っているのか分かります。結論から言うと栄治君の言っていることが正しいでしょう。太一君が栄治君の指が無い事を馬鹿にしたのだと思います。だけどね、栄治君のお母さん、暴力は良くありませんよ!少しならともかく太一君は、前歯まで折られています。そこは、今後二度と無いように私どもも含めて栄治君に教えていかなければなりませんね」
結局、妙子は太一の治療費を保育園と折半して払う事になってしまった。それでも妙子は、やり過ぎたとは言え勇敢に戦った栄治を責めようとは思わなかった。だけど、園長先生の言う通り物には限度がある事は教えなければいけない。前歯が折れるまで殴ったのは、栄治の大人でいえば傷害行為であったのだから。
それ以降、栄治はガキ大将の座を太一から奪い取って誰も栄治の事をからかったり、いじめたりするような事は無くなった。
「栄治~!いくぞ~!」
栄治は、ちっちゃなグローブを左手にはめて柔らかいボールで雄介とキャッチボールを始めた。栄治が、五歳になった頃だった。何球かやり取りしているうちに雄介は、ある事に気が付いて栄治の元へ走って近づいた。
「栄治、お前変な球ばっか投げるんだな。ナックルと言うか不規則な変化球みたいな」
栄治は、雄介から渡されたボールを右手で握って見せて、
「お父さん、僕、普通に投げてるだけだよ!」
雄介は、栄治のボールを握る手を見てハッとさせられてしまう。
「そうか~!これが怪我の功名っていうやつか~!」
何かに気付いた雄介は、再び元の位置に戻ってキャッチボールを続けた。栄治の投げる球は、不規則に小さく変化し続けた。雄介は、何か嬉しそうに笑顔でその変化球をキャッチしていた。
保育園を卒園した栄治は、地元の小学校に入学した。小学校入学と同時に地元の少年野球チームにも入団した。ポジションの希望は、ピッチャーだった。少年野球チームの名前は、「高浜レンジャース」地元でも強豪のチームだった。そして、ここから雄介と栄治の野球道が始まる事となる。雄介は、栄治がいずれこのチームでレギュラーを獲得してエースピッチャーになる事を確信していた。そして、その思惑はかなり早い段階で実現する事になるが、この物語の一回の表の話はここまでとなる。
栄治と言う名前は、父親の雄介が子供の頃から憧れていた日本野球界を代表する大投手の沢村栄治から引用したものだった。雄介は、幼い頃から大の野球好きで特にジャイアンツの大ファンだった。世代的には、堀内恒夫や西本聖に江川卓などの巨人軍の大投手に影響を受けて各世代の野球チームでは、ピッチャーをやっていた。
将来的には、雄介はプロ野球選手になってピッチャーとして大成功を収めて沢村栄治賞を受賞するのが夢ではあったが現実的には、プロテストに十回以上落ち、夢破れて食品工場に就職して、そこの事務員をしていた矢野妙子と出会って一年後に結婚した。
雄介は、自分が叶えられなかった夢をこれから生まれてくるであろう息子に託す決意を固める。そして、結婚して二年目の春に妙子が第一子を妊娠した。男の子だった。
「やった!でかした、妙子!」
雄介は、自分の願い通りに男の子が妙子のお腹の中に宿った事を知って将来への夢を妄想しては、妙子に怒られる日々を送っていた。名前は、最初から沢村栄治から引用して「栄治」と決めていた。
栄治が、先天性の欠指症で生まれてきたのを知った時、雄介はしばらく落胆の色を隠せない様子だった。妙子も雄介の落ち込んでいる様子を見るのがとても辛くて、夜中に病院のベッドで一人泣いて神様の悪戯を嘆いていた。
一年後、食品会社の事務局長に昇進した雄介は、育児休暇を取っていた妙子の分まで、そして一人息子の栄治の為に仕事に精を出して張り切っていた。
栄治は、右手の中指が無い事を除けば本当に元気で活発な男の子に成長していった。よく眠り、良く食べて、良く遊ぶ無邪気なやんちゃ坊主だった。
「この子なら、少しくらいハンデがあっても大丈夫よ!」
妙子は、そう言って雄介に将来的に栄治に野球をやらせてみてもいいのではないか?と何度も打診していた。
「う~ん、そうだなぁ。もう少し大きくなったらキャッチボールから始めてみるか!」
雄介も、元気そのものの栄治の姿を毎日見ていて妙子と同じ様な感覚に変わっていった。
栄治は、すくすくと成長して三歳になり保育園に入園した。妙子と雄介は、これから栄治が集団の中で指の事でからかわれたり、いじめられないか?不安は絶えなかったが、いつも元気いっぱいの栄治なら必ず乗り越えてくれると信じて一般の保育園と学校に通わせるつもりでいた。
栄治が、保育園でガキ大将クラスの園児と殴り合いのケンカになったと保育園の園長から電話があったのは、入園して間もない五月の中頃だった。自宅で編み物をしていた妙子は、急いで自転車を漕いで保育園に向かった。
「栄治、早速やっちゃったかな?」
妙子は、さして大事とも思わずに少し微笑みながら自転車を漕いでいた。
「最初に手を出したのは、栄治君の方です」
現場を見ていた保育士からそう言われて妙子は、ゆっくりと穏やかに話し始めた。
「何もなくて栄治が、手を出すわけは無いと思います。何があったのですか?」
保育士の女性は、少し面食らった表情を浮かべて、
「よく分からないですけど、気が付いたら大声が聞こえてきて声の方を見たら栄治君が太一君を二発、三発と続けて殴りかかっていたんです」
妙子は、落ち着いた様子で再び穏やかに問いただした。
「ですから、何もなくて殴らないでしょう?何か有ったはずですけど、その太一君は何と言っているのですか?」
すると、もう一方の太一と言うガキ大将の母親が現れて場は混乱してしまう。
「まったく、何なんですか!うちの子は生えてきた前歯が折れてるんですよ!」
相手の母親は、かなりのヤンママ風だった。
「それは、うちの栄治が悪いですけど何か理由が有ったはずです。そこをハッキリとさせましょうよ」
その様子をじっと眺めていた園長先生が、遂に口を開いた。
「さっき、太一君と栄治君二人に話を聞いています。双方言い分が食い違っていますが、何もしていないと言った太一君に対して栄治君は、彼の右手の中指が無い事を太一君にからかわれたと言っていました。私は、長い事子供達を見てきましたから、だいたいどっちが本当の事を言っているのか分かります。結論から言うと栄治君の言っていることが正しいでしょう。太一君が栄治君の指が無い事を馬鹿にしたのだと思います。だけどね、栄治君のお母さん、暴力は良くありませんよ!少しならともかく太一君は、前歯まで折られています。そこは、今後二度と無いように私どもも含めて栄治君に教えていかなければなりませんね」
結局、妙子は太一の治療費を保育園と折半して払う事になってしまった。それでも妙子は、やり過ぎたとは言え勇敢に戦った栄治を責めようとは思わなかった。だけど、園長先生の言う通り物には限度がある事は教えなければいけない。前歯が折れるまで殴ったのは、栄治の大人でいえば傷害行為であったのだから。
それ以降、栄治はガキ大将の座を太一から奪い取って誰も栄治の事をからかったり、いじめたりするような事は無くなった。
「栄治~!いくぞ~!」
栄治は、ちっちゃなグローブを左手にはめて柔らかいボールで雄介とキャッチボールを始めた。栄治が、五歳になった頃だった。何球かやり取りしているうちに雄介は、ある事に気が付いて栄治の元へ走って近づいた。
「栄治、お前変な球ばっか投げるんだな。ナックルと言うか不規則な変化球みたいな」
栄治は、雄介から渡されたボールを右手で握って見せて、
「お父さん、僕、普通に投げてるだけだよ!」
雄介は、栄治のボールを握る手を見てハッとさせられてしまう。
「そうか~!これが怪我の功名っていうやつか~!」
何かに気付いた雄介は、再び元の位置に戻ってキャッチボールを続けた。栄治の投げる球は、不規則に小さく変化し続けた。雄介は、何か嬉しそうに笑顔でその変化球をキャッチしていた。
保育園を卒園した栄治は、地元の小学校に入学した。小学校入学と同時に地元の少年野球チームにも入団した。ポジションの希望は、ピッチャーだった。少年野球チームの名前は、「高浜レンジャース」地元でも強豪のチームだった。そして、ここから雄介と栄治の野球道が始まる事となる。雄介は、栄治がいずれこのチームでレギュラーを獲得してエースピッチャーになる事を確信していた。そして、その思惑はかなり早い段階で実現する事になるが、この物語の一回の表の話はここまでとなる。
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