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一章

アルゴノート領へと帰還

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 俺は帰りの馬車で、膨れながらミラに頭を撫でられていた。
 俺の横にはアルナがミラに膝枕されて埋まっている。

「なんでアルナまで来たんだよ」

「いいじゃない!ワタクシだってミライちゃんと帝都を周りたかったもん!」

「俺だって久々に二人でデート出来ると思ってたんだぞ!」

「ハイハイ。二人とも楽しかったでしょ。あんなに笑ってたし」

 そりゃまぁ楽しかったよ、なんだかんだで。
 ケバブサンドとか言う、うちのシェフにはないジャンクフードを食べたり、ミラの色んな洋服姿を見れたし。
 でもそうじゃないんだ!
 楽しかったけど、俺はデートがしたかったんだ!

『お茶会のお菓子はかなり美味しかったです。また来たいですね!』

『え、クレセント様ずるいです!リアスさん、今度僕の分をお土産に包んでおいてください!』

 いやもう二度といかんよ!?
 皇帝エルーザにあんな無礼働いたのに、顔なんて出せるわけないじゃん。

「それにしても兄貴がゴードンを圧倒するとは、陛下もさぞ警戒してるでしょうね」

「だろうな。側近を張り倒したのは、正直総計だったと思うよ」

『あと、あの会場をすぐに後にしたのも総計でした』

『お土産を持ち替えらなかったのも総計でした!』

 がーっ!
 うるせぇ!!
 アルナがいるから直接キレられないのが更にムカつく。

「それにしてもクレセントが、風神だなんて信じらんないわ」

「信じろよ。俺の魔法はお前よく知ってるだろ」

「でもさー、神様ってもっとこう、崇高なイメージない?」

『神の真名を持つだけで人のいうところの神ではありませんからね。リアスの件がありますから、神がいる可能性はありますが、以内可能性の方が高いでしょう』

 そんなこと言ってもアルナには聞こえないぞ。 
 この世界の宗教は神の名の下、世界は神に仕えるために出来ていると言う考えが根強い。
 帝国ではそんなことないけど。
 じゃなきゃ貴族胡座を掻いてる文化があるはずないだろう。
 転生してきてるから一概に神の存在も否定出来ないが、実際に見たことない神を崇める気持ちが日本で暮らした頃からわからなかった。

「別に良いだろ。精霊は神様じゃないし」

「そもそもだけど、なんで風神ってわかったのよ?」

「え?」

「だって精霊契約の儀じゃない、普通の契約でもカイリの種族まではわからなかったわよ?」
 
 しまった。 
 言われてみたら、精霊契約をするときに名前は頭の中に流れ込んでくるけど、種族名まではわからない。
 花そそみたいに親切にステータスとかが表示されればわかるんだろうが、ステータス表示とかそういう機能はこの世界にはない。
 つまり風神ってわかる要素が、文献の特徴と一致してないとわからないのだ。
 そしてこの世界の神話級の精霊は、基本的に文献での記録しか残っていない。
 風神とわかる要素ってあるんだろうか?

「陛下もすんなり信じてたし、どうしてわかったんだろう?」
 
『風神と名乗るメリットがないからでは?』

「あぁ、自分の精霊が風神と名乗るメリットがないんだ」

 どういうことだよ。
 メリットがないって。
 じゃあなんで開示したんだよ!

『抗議の目でみてるところ悪いのですが、ナスタリウムは上級精霊です。ナスタリウムは私のように国をどうこうする力がありません。つまり神話級と上級では天地の差があることがわかりますよね?』

 俺はクレが言ったことをそのままアルナに復唱する。
 なるほど、わかってきた。
 神話級と名乗った後、戦争にでもなれば確実に敗北する。
 そしてその責任は自分達に行くだろう。
 現在ヒャルハッハ王国にも神話級がいるため、名乗れば確実に戦争の道具として政争に巻き込まれる・・・。
 おい、面倒ごとが増えてんじゃねぇか!

『神話級はこういった魔法が使えるのです』

 そういうとクレは歩いてる馬車を浮かせた。
 ここ帝都じゃないけど、絶対馬車が空飛んでたら目立つぞ。

「うわっ、空飛ぶ馬車!」

「リアス様、馬が怖がっています。私も怖いので早く降ろして下さい」

 馬車の御者の使用人にそう言われるとクレは馬車を降ろした。 

「なるほどー。風魔法でこんなことできる人いないもんね」

「そういうことだ」

『精霊契約の儀で神話級の精霊とは契約できないですからね。神話級の精霊と契約している人間は、自分が魔法を使っていないことに気づかれてるんじゃないんですかね』

 それは言っても良いことなのか?
 いや、ダメだろうな。
 アルナはおしゃべりだしすぐに広まる。

「つまり実力以上の風魔法を使えたから、クレセントが風神だとわかったんだ」

『おそらくリアスもこの規模の魔法は使えるでしょう。私より魔力消費が激しいだけで』

 たしかに俺も馬車を浮かすくらいなら出来る。
 浮遊魔法に5倍くらい魔力込めれば俺自身は空高く飛べたし。
 この世界の魔法は魔力を込めた分だけ威力が上昇する。
 だから俺が放つ下級魔法は、精霊契約の儀で契約された精霊が放つ下級魔法を軽く上回る。
 感情のない精霊は、最低限の魔法展開に必要な魔力しか込めないからだ。
 階級に寄って展開すために込める魔力は違うみたいだから、そこで下級とか格付けされて分けられてんだろうけど。
 コスパの良さが階級で分かれているのはなんか笑える。
 同じ魔法を使っているなら込める魔力が大きい方が勝つのはまぁ誰でもわかるだろう。
 ちなみに精霊には得意な属性があって、その魔法に関しては他の追随を許さない。
 神話級の精霊であるクレでも、炎魔法に関しては上級精霊のナスタはもちろん、中級精霊であるメルセデスの契約精霊のフェリーより魔力効率が悪い。
 その点人間はすべてバランス良く中級精霊の魔力効率で魔法を使うことができる。
 まぁ逆に抜きん出たものもないから器用貧乏ではあるんだけど。
 そこはクレやミラやナスタに補ってもらえばいい。

「それにしても疲れたな。ゴードンって奴は不意を突いたから勝てたものの、正面から闘ってたら多分俺は勝てなかった」

「へぇ、リアスくんがそこまで言う人って少し気になるかも」

「それにしては兄貴結構余裕そうだったのに、ゴードンはやっぱり兄貴目線から見ても強い?」

 アルナは隠し毎が苦手。
 逆に言えば、発言すべてに信用があるとも言える。
 こいつは本気で俺がゴードンよりも強く見えていたようだ。

「本来押し倒すこと事態、奴が警戒していたらキツかった。魔法勝負に持ち込んでいたなら、俺達は負けることがなかったが、少なくとも怪我無しで制圧することは不可能だったよ」

「つまり肉弾戦ではリアスくんはゴードンって人に勝てなかったと」

「あぁ。魔獣との対戦経験は豊富だが、人間との対人経験は奴のが上だろうからな」

「まぁ陛下の護衛と、領地改革をしてる兄貴とじゃ、役割も違うし仕方ないでしょ」

「でもリアスくんが圧倒されている姿、少しみてみたいかも」

 なんだかんだ、俺はクレ先生やミラ先生のおかげで、色々な魔法を覚えた。
 そして魔法という最高の命綱があるから、魔獣とは基本的に魔法を使わずに武器無しで闘って体術も身につけることが出来た。
 実際に人間にもある程度は通じることはさっきみてわかったし。

「これで国外に行かなきゃいけなくなっても問題ないな」

「え!?待って、兄貴出ていくの?」

「あ、いや」

 しまった。
 花そそのシナリオ通り帝国が滅ぶ可能性があるから、国外に逃げることになったら大丈夫ってことだけど、アルナにそれを言うつもりもないし、まぁ滅ぶことになったら共に連れ出しても良いかなって評価までは着いている。

「リアスくんは、いざ国外偵察の命を受けても、問題がないって言いたいんだよ。公爵の爵位ももらうかも知れないのに、出ていく可能性なんてないでしょー」

「公爵なんて荷が重いし、あまり引き受けたくはないけどな」

「なんだ、びっくりした。正直、兄貴の領地での人気はもうすごいんだからね。国から出て行かれたら何を言われるか・・・」

 ナイスフォローミラ。
 それにしても人生何があるかわからない。
 6年前までは俺を殺そうとしていた奴らが、今や俺に居なくなられると困るまで評価が覆ってる。
 多分、領地改革を俺が率先して行ったことと、今までの領主である父の行いもあって、俺が消えると暴動が起きるまであると、アルジオは言ってたな。

「リアスくん、庶民や孤児の子供達とも遊んでるからね。貴族なのに貴族らしくないってマーサさん言ってたよ」

「へぇ、それはありがたいな。俺としてもマーサさんに褒められるのは悪い気がしない」

 マーサさんとは、俺の領地の協会で孤児を集めて育てているシスターだ。
 俺自身は神には敬虔じゃないから、そこだけは良くマーサさんに注意を喰らうけど、基本的に彼女はシスターに相応しい振る舞いをしてるから好感が持てる。
 生臭坊主がこの国には多すぎるんだ。
 まぁこの国には相応しいとは思うけどな。
 なんだかんだと時間が過ぎて、アルゴノート領に辿り着く。

「馬車もサスペンションを付けて乗りやすくしたとは言え、結構疲れるよな」

「でもサスペンションなかったらボクは馬車に乗りたくないかも」

 現代の車はもちろん、自転車にもサスペンションがついている。
 ママチャリの荷台ではお尻が痛くなるのに対して、サドルはあまり痛くならないのはサスペンションがついているからだ。
 地面のガタガタしてる道にバネがそのクッションになることで、振動を直に喰らわないようにされている。
 車ではタイヤとタイヤの間にバネが着いて揺れに耐えているって聞いたことがある。
 だからこれは売れると思ってタイヤの部分にサスペンションを付けることで、快適な馬車を作ることに成功した。
 それがこの領地の特産品の一つともなり、かなりの貴族がこぞって購入し、次の事業の軍資金や食料を買うための資金にもなった。
 
「たしかにケツが痛くなるからもうごめんだな」

「屋敷に着きました、リアス様、アルナ様、ミライ殿。長旅お疲れ様でした」

「あんたもありがとう。今日はゆっくり休んでくれ」

「お心遣い感謝致します」

 そういうと使用人の離れへと帰っていった。
 俺は使用人の顔と名前をすべてを覚えていないから、彼の名前はわからない。

「彼の名前はギルミーよ。兄貴、いくら当主を継がないからって、名前くらい覚えてあげてよ」

「わかってるよ。でもあの御者最近入った人だろ。よく覚えられるな」

「貴族として当たり前ですわ!」

 前まで、貴族として平民を虐げるのは当たり前とか言ってた奴の言葉じゃないよ。
 まぁ子供って柔軟的な思考ができるから、アルナみたいにすぐに常識を変えれるんだろうな。
 アルジオは娘が言うから渋々だし。
 グレコは------

「あらリアス、アルナ、それにミライちゃんもおかえりなさい。お茶会は楽しかったかしら?疲れたでしょう。湯浴みの準備は出来ていますから」

 恐怖に屈服して今じゃ人格まで変わってしまった。
 ジャイアントベアを連れてきたときが、決め手だったらしい。
 何かブツブツと言い始めて壊れてしまったと思ったら、1年くらい引きこもった後にまるで人が変わったかのように性格が清くなってしまった。
 何故なら使用人がやるような仕事まで労って率先してやるような人だ。
 こうなるのは予想外だった。

「やっぱり母様に何かしたでしょ?」

「さぁな。でもまぁ母親らしくていいんじゃねぇの?」

「ちょっと気持ち悪いくらいかもボク的には。初対面とは雲泥の差だもん」

『まぁ心をぽっくり折られたらこうなるんじゃないですか?』

 グレコは元伯爵令嬢。
 暴力と無縁の世界で、暴力を振るわれた挙げ句、ジャイアントベアという脅威を圧倒したとなれば恐怖でどうにかなりそうだったんだろうな。
 あれは一種の自己防衛本能か。
 
「まぁいいさ。二人で風呂にでも入って来いよ」

「リアスくんも一緒にどう?」

「え、ミライちゃん!?」

「魅力的な申し出だな。でもアルナが嫌がるだろうからやめとくよ」

「ふふっ、知ってる。ボクはアルナのその顔がみたかっただけ。さ、行こうか」

「もう意地悪っ!」

 姦しいな。
 婚約者と妹が仲睦まじくしているし、俺の意見をちゃんと聞いて両親は改心したし。
 前世のクソ親父とクソババァも見習って欲しい。

「先にリアスくんが風呂に行っても良いんだよ?」

「レディーファストとラッキースケベ回避だな。俺はミラに誠実でありたい」

「紳士だね。じゃあお言葉に甘えて」

 二人は笑いながら浴場へと向かう。
 この家では使用人に身体を洗ってもらったりはしない。
 単純に恥ずかしい。
 この家で使用人の仕事は食事と清掃とパーティなんかに出席するときの、着替えとかの手伝いくらいだ。
 あとはほとんどが護衛になる。
 
「おかえりなさいませリアス様」

「あぁイルミナ。ただいま」

 部屋に戻ると、俺の部屋の片付けや掃除をしていたのかイルミナがいた。
 いつも服をぐちゃぐちゃ脱ぎ捨ててるから、片付けてくれてるのは助かる。
 どうやら今はシーツを変えてくれていたようだ。
 
「少々お待ちください。お茶をお入れ致します」
 
「あぁ、気にしないで良い。仕事を続けてくれ」

「リアス様がそう仰るなら」

 そういうとシーツを直して片し始めた。
 俺は椅子に腰掛ける。
 その膝の上にクレが乗っかり丸くなる。
 ゴードンの佇まいを思い出す。

「あれだけの肉体と判断力を持っていながら、自尊心と慢心で護衛としての任務で油断するなんて勿体ないよな」

『ですね。個人的には、魔力以外のスペックは彼が上でした。むしろ怒り任せに張り倒したリアスに対して、冷静に対応すれば圧倒できたはずです。もう少し部を弁えましょうね。まぁ怒ってくれたのは嬉しかったので、あの時は何も言いませんでしたが』

「悪いな。ついお前達のことを使役とか言うからキレちまった」

 精霊はパートナーであり、友であり、家族だ。
 誰だって友達や家族をバカにされれば怒るだろう。
 多分前世の俺は怒らなかったと思うけど。
 あ、窓から飛んでる豚が入って来た。

『ブヒ!リアス帰ってたのか』

「シュバリンか。今日は珍しく起きるのが早いな」

『腹が減ったからブヒ!』

「じゃあお前の肉でも食べるか?おらぁ!」

 俺は近くまで来たシュバリンを捕まえて撫でまくる。
 
『お、俺は美味しくないブヒぃ!』

「ハハハっ、豚は何でも美味しいんだぞぉ」

「リアス様お戯れを。シュバリンをお離しください」

「あぁ。そうだ!丁度良いし、久々に模擬戦するかイルミナ。風呂に入る前にいい汗掻きたいし」

「かしこまりました。少々着替えてくるのでお待ちください」

 イルミナは魔力がそこまで高くない。
 だからシュバリンと契約したことでほとんどの魔力が無い状態だ。
 シュバリン自体が上級精霊とため、シュバリン自信に内包される魔力が高い。
 だから魔法を教えようにも、教えることが出来なかったのだ。 
 因みに同じ理由でメルセデスにも魔法を教えることができなかった。
 メルセデスは料理の腕前を上げて欲しかったし、別に構わないと本人が言ってたからいいけど、イルミナは俺を守る能力がほしいと言ってきた。
 正直対人戦は、前世の知識にあったスポーツの技くらいしか俺は身につけてない。
 だから教えるにも限度があると言ったんだが、それでも良いと言って教えた。
 結果として、俺より強くなってしまったんだよな。
 
「お待たせしました」

 着替え終わったイルミナが部屋に入ってきた。
 緑色のジャージ姿だ。
 このジャージも俺が考えた。
 この世界は軽くて動きやすい服が存在しない。
 だから俺が領地のアパレル店に提案したところ、これまた大好評。
 パジャマにもなるし、部屋着としてはかなり良いと言われた。
 前世と違って、装備がないと魔獣に致命傷を負われる可能性があるから装備としては採用されなかったが。

「んじゃ外に行くか」

「はい」

 男の身支度はすぐだ。
 全部服を脱いで、ジャージに着替えるだけで済む。
 
「久しぶりだな、イルミナとの模擬戦は」

「えぇ、リアス様がどれだけ成長されたのか楽しみにしております」

「もう勝つ気でいんのかよ!」

「えぇもちろん」

 イルミナの構えに隙は無い。
 ただ右手と左手を前に掲げてるだけ、そう言えば簡単だがそんなことはない。
 どこにでも対応できるように、掲げた良い構えだ。
 正直ゴードンなんて目じゃないと思う。
 ゴードンが秀才なら、イルミナは天才だ。
 才能が平凡ならどれだけ努力しても秀才止まりだ。
 しかし天才が努力すればその成長の伸びしろは計り知れない。
 経験差でまだゴードンに軍配が上がるだろうが、イルミナとゴードンが正面から闘っても良い勝負をするだろう。

「行くぞ!」

「敵に対して、その台詞は良くないです。リアス様の前世の記憶ではそれがかっこいいって評価だったんでしょうが、実践ではそれは致命的です」

「くっ!」

 俺は迷わず顔面を殴りに行ったというのに、勢いを利用してそのまま背負い投げされる。
 空中で受け身を取って態勢を整えるが、着地地点で掌底を顎にたたき込まれた。
 だが俺も負けずとボックス・フランセーズという蹴り技を繰り出す。
 サバットの技だが、まぁ要するにつま先蹴りだな。

「がっ!」

「さすがに男性の蹴りは重い!ですが!」

 蹴りを三度つま先で打ちあう。
 これ結構痺れて痛いんだぞ。
 そのまま回し蹴りをしたところで、しゃがみ込まれて躱されてしまった。
 これで俺のターンは終わりだ。
 闘いもターン製の闘いみたいなもので、一瞬で攻守が切り替わる。
 切り替えなければ、それが大きな隙となり、一瞬で意識を持って行かれるからだ。
 花そそのゲーム通りなら、それでもごり押しできるんだけど、ここは現実で体力が余っていても意識を刈り取られることだってある。

「ハァッ!」

 相撲の突っ張りの要領で、掌底を何度もたたき込んでくる。
 さすがに全部喰らったら意識が刈り取られる。
 まぁ突っ張りって言うのは、本人が意識しないうちに隙ができることが多い。

「動きはいいけど、俺相手にそんなに隙を見せて良いのか!」

 突っ張りは威力がある分、脇が甘くなる。
 そこに思いきり蹴りを入れる。
 これは相撲ではないのだ。
 俺達の模擬戦は明確なルールとして
 ------命を奪ったり、内臓を破裂させたりと、人体に支障の出る攻撃はしない
 ------魔法を使わない
 ------武器は使わない
 ------降参、或いは意識が刈り取られた方の負け
 だけである。
 内臓破裂くらいなら、治癒魔法を使えばちゃんと治るから、実質命を奪うような後頭部に思いきり蹴りを入れる以外はOKだ。
 眼球を損傷しても元に戻るんだからすげーよな治癒魔法って。
 だから俺が脇腹に蹴りを入れるのは、ルール違反じゃない。
 ここでイルミナがにやりと口角を上につり上げるのを見逃さなかった。

「自分が隙と認識している隙は、チャンスではないのですよ」

 俺の右足をきっちりと掴まれる。
 しまった! 誘われた!

「そぉい!」

 足を掴んだ状態で思い切り振り回された後、勢い任せに木に叩き付けられた。
 あぶねっ、意識が飛ぶところだった。
 けど脳震盪だ。
 頭がふらふらする。

「隙アリです!」

「くっ!」

 左腕を咄嗟に縦に構えて、蹴ってきたイルミナの足を受けとめようとする。
 しかし足に衝撃が来ない。

「これで終わりですね。発勁!」

「あっ!」

 発勁は中国武術における力の発した技術。
 気を用いた攻撃らしいけど、俺は気って感覚がさっぱりわかんなくてできなかった。
 だけど、イルミナはその感覚を掴んだらしい。
 有名な黒髪から金髪になる漫画の話をイルミナにしたら、それで気功を修得するんだもん。

「意識はまだ、飛んでねぇぞ!」

「わかっています。けど・・・」

 俺の身体は、俺の意思とは裏腹に倒れ込んでしまった。
 くそっ、点穴を尽きやがった。
 身体の気の流れを止めるという点穴。
 血の流れとかも止めるらしくって、医療用に使われることも多いと聞いた。

「まだやりますか?」

「さすが強いなイルミナ。降参だ・・・」

「はい!ありがとうございます」

「俺が御礼を言いたいよ。点穴突かれるとか、また俺とお前に大きな差が付いてしまったな」

 最後に模擬戦をしたのは先月で、その時は点穴を突かれる隙は作らなかったんだよな。
 でも今日は突っ張りの速度がほんのちょっとだけ早まっていたことですべてが瓦解した。
 ほんのちょっとの隙でも、闘いでは致命的。
 現に俺は倒れ伏している。

「魔法ありの模擬戦なら、リアス様が勝っていましたよ」

「そんなことはないだろう。お前も身体強化魔法くらいは使えるんだ。俺だって使えるが、条件は同じにはならないんだからな」

「ふふっ、そうですね。私はリアス様が魔法を使われる前に、意識を刈り取りに行きますよ」

 身体強化で動きを良くできるのは、お互いができれば余り意味が無いと思われがちだが、現実では違う。
 速度が上がると言うことは、目で追うのが精一杯になる。
 俺はイルミナと魔法ありの戦闘をする場合、攻撃を魔法メインにしなければ速攻で負けてしまうほどだ。
 
「俺も入学式までに鍛え直さないとな」

「万が一シナリオがリアス様に牙を剥いたら困りますからね。お付き合いしますよ」

「助かるよ。それにしても魔術ではミラに、体術ではイルミナに全く歯が立たないな」

「ミライ様には体術で勝てますし、私には魔術で勝てましょう?」

「そりゃそうだが、男としてはすべてにおいて頂点に立ちたい者なんよ!」

 やっぱり最強に憧れる。
 すべてにおいて力を有しているって、それだけ魅力的な物だ。
 無理だとわかってもなりたいと思うのは男の性だよな。
 まぁイルミナに肩を借りてなんとか歩けてる俺は、それとはほど遠いんだが。

「今日はお背中流しますよ。恥ずかしいから自分でやる・・・」

「かしこまりました」

 負かされた相手に頼るわけには行かない。
 立場上は侍女として雇っているけど、イルミナは友達だしな。
 侍女の仕事よりも、俺のプライドを優先してもらう。
 俺は点穴を突かれて身体が痺れながらも、なんとか身体を洗いきった。
 風呂に入ること自体がもの凄く疲れた。
 しかし頭に少し泡が残っていて、再度痺れた状態で風呂に入る羽目になった。
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