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二章

見えない敵の影

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 どうしてこうなった。
 俺はただ、自分の益になることしかしてないのに。

「はぁ~」

「そこ、ため息しない」

「そんなこと言ってもさミラ。あれは痛い」

「同感です。わたしも納得できません!」

 俺達は、アデルさんの依頼でターニャ家の屋敷へと足を運んでいた。
 アデルさんの調査の依頼は、亡くなったゾグニの死亡現場を確認し、そのことについて俺達の意見を聞かせてくれとのこと。
 そしてアデルさんから聞いた話だと、その事件はこれだけ大規模にも関わらず、痕跡が全くないという。
 だから魔物大量発生スタンピードの時も活躍し、常識を崩した俺達なら何か解決の糸口が見つかるのではと、白羽の矢が立ったわけだが・・・その時聞いた俺達についてた二つ名が酷かった。

「鷲掴みの君主、かっこいいと思いますよー」

「ミルム先輩、俺は不服なんですよ」

 俺は初っ端ジャイアントベアを鷲掴みし、ヒャルハッハ王国の諜報員も鷲掴みからショックボルトを使って倒した。
 そのことからついた二つ名が鷲掴みの君主だ。
 おかしいよな。
 魔法使いに付く二つ名じゃない。
 ミラは雷封じを雷魔法で無力化したから、無効破壊者アンチブレイカー、イルミナは唯一肉弾戦のみで闘ったから、夜空の踊り子だ。
 二人ともまともな二つ名付いてるのになんで俺だけ・・・。

「ボクもかっこいいと思うよ。鷲掴みの君主様」

「二人は真っ当な二つ名だからだそう言えんだよ」

 それは聞き捨てならないと、イルミナも反論してくる。

「どこがですか!踊り子と格闘家を同じにしないでほしいです」

 不服なところ、そこなんだ。
 俺的にはまともなんだけどなぁ。

「お前らは良いだろう。オレやグレシアは聖人、聖女として崇められるんだぞ今後」

「別にバラす必要もないのに、お前らが自分からバラすからだろうが!」

「あ?元から言う予定だったろうが!」

「やる気か?上等だ」

「かかってきやが------痛い痛い痛い」

 俺はグレイの顔面にアイアンクローをかまして、ミシミシと音が鳴らない、けど痛みはある威力で握る力を強めていった。

「ギャァァァア!」

「二人とも仲がいいわね」

「貴族のスキンシップは命がけなのですね」

 ミルム先輩が盛大に勘違いしているが、そこはイルシア先輩に任せよう。

「おいおい、二人とも喧嘩はよくねぇぞ。リアスはミライに飽きられても知らねぇよ」

「イルシア先輩、ボクのリアスくんへの愛はそんなことじゃ揺らぎませんよ?」

「・・・恐ぇ女」

「ふふっ、ミニマムボルト」

 イルシア先輩がピクピクと痙攣し始めた。
 ミニマムボルトは、ミラが入学するまでの4日間で作ったショックボルトの劣化魔法だ。
 威力がコンセントにシャーペンの芯を刺して痺れるほどの電気しか走らない。

「何すんだ!」

「これは失礼しましたイルシア様ー。ボクへの悪口が聞こえたので処理したのですがまさかイルシア様じゃないですよねー(棒)」

「こいつ!」

「お兄様みっともないわ。それに淑女に手をあげるなんて、紳士の名折れよ」

「恐れながらイルシア様!目立っています。早く屋敷に戻りましょう」

 ミルム先輩がイルシア先輩を宥めている。
 ちなみにバルドフェルド先輩とアルナには、悪いが帰ってもらった。
 顔を覚えられた場合危険が及ぶからな。
 俺とミラとイルミナ以外は本来来るべきじゃないんだが、グレイは英雄の息子でかなり有名人だし、グレシアとイルシア先輩とミルム先輩はターニャ家の人間となるため、全く無関係ではなく、寧ろ俺達といる方が安全だと陛下自らが進言した。
 犯人の狙いがターニャ家の人間だけか、ゾグニだけかわからない以上、警戒を怠るのは愚の骨頂。
 
「それにしても、犯人が痕跡を残してたとしても、俺達は探偵じゃないし解決出来ねぇぞ。追跡する便利な魔法なんてないしさ」

「ボク達のことを評価してくれるのは嬉しいけど、ちょっと過大評価過ぎるよねー」

「リアス様ならなんとかしてくれそうと期待したくなる気持ちはわかりますけどね」

 俺はたしかに現代日本にあった技術を付与魔法を応用して再現させることには成功している。
 しかしそれだけなんだ。
 痕跡だけで、犯人を追跡する技術は日本にはなかった。
 どれだけ証拠を消しても、痕跡を見つける技術はあったかもしれないが。
 前方を見ると騎士がどんどん増えてきてる。
 そろそろ公爵家の屋敷か。
 領地とは別に帝都に屋敷を構えてるんだな
 
「リアス達は初めてだよな。あれが俺達の屋敷だ」

「へぇ、あれがターニャ家の屋敷か」

『アルゴノート領の屋敷サイズですが、見た目が豪勢ですね』

「寧ろ俺達の屋敷と同じサイズって言うのには驚きだ」

 アルゴノート領は男爵家、それに対してターニャ家は公爵家だ。
 もう少しデカい屋敷をイメージしていたんだがな。

「デカいだけがすべてじゃない。この屋敷は公爵家の半年分の給与が使われているほどだ」

「え、こんなので!?あ、すいません」

「いやリアスの言うとおりだ。こんな物にお金をかけて領地には最低限の費用しか出さない。あんな父親は死んでとうぜ------」

 俺はイルシア先輩の口を塞ぐ。
 それ以上はダメだ。
 少なくとも当主になる人間が、父親の死をそう言う風に受けとめるのはよくない。
 それがいつか領地管理に影響を与えないとは限らない。

「それ以上は口が過ぎますよ先輩」

「わ、悪い。思っていても口に出すモノじゃないな」

「その通りです。門番に話し付けてきてもらってもいいですか?俺達だけだと面倒ごとがありそうで」

「あぁわかった。待っててくれ」

 いくら国としての依頼だとしても、学生がぞろぞろ公爵の事件現場に現れたら不快な思いをするに決まってる。
 だからこそ、最年長で現公爵家当主代理のイルシア先輩が適任だ。
 それにしてもあの門番、どうして眼帯なんかしてんだろ?
 あ、イルシア先輩が戻ってきた。

「話付けてきたぞ。入ろうぜ」

「ありがとうございます」

 俺達はぞろぞろと屋敷へと入っていく。
 門番達は余りいい顔をしなかったけど。
 屋敷内部に入ると、それはもう吐き気がするほど悲惨だった。
 辺り一面飛び散る血飛沫の数々。
 廊下だけでも血生臭い鉄の臭いが漂ってくる。

「気持ち悪くなってきた」

「大丈夫リアスくん?」

「へぇ、お前も意外に人間味のあるようなこと言うのな」

「うるせぇグレイ。誰だって人の死体を見ればこういう反応するだろ」

 事件が立ってからまだ時間が経ってないため、死体も新しいモノばかりだ。
 屋敷入ってすぐの死体は死体の損傷がかなり激しかったが、奥に進むにつれて損傷がどんどん少なくなってきている。

「なぁリアス、これは魔法か?」

「一概にそうとは言えないだろ。剣の刺し傷とかもあるぞ。ほらリアス来てみろ」

「イルシア先輩、さすがに死体をじっと見たくないんですけど・・・」

「情けねぇなぁ」

 俺は終始ミラに背中をさすられて、イルミナに袋を顔の下に用意されている。
 しばらくしてゾグニの部屋へと案内された場所の入り口近くの死体の損傷はほとんどなかった。
 俺の肩に乗るクレが兵士の傷を見る。
 そして再び肩に戻るクレ。
 何か考え込んでるみたいだが、何かわかれば話してくれるだろう。

「ここが父の部屋だ」

 ゾグニの部屋に入ると、生首が机の上に置かれていて、血がだらだらと机に垂れている。

「うっ・・・オェェェェ」

「リアス!?おいおい、大丈夫か」

 グレイが俺のことを心配する声が聞こえてきたが、俺は胃から今日の朝飯をぶちまけるので忙しい忙しい。
 想像してた以上に生首は堪える。
 ミラは一層強く背中をさすってくれたが、結局胃の中を空にするまで吐き続けてしまった。

「帝国の英雄が生首で吐くほどメンタルが弱いとはな」

「平民でもそうはいないわよ。情けないわね」

「なんでそんな平然としてられるんだよ!」

「こっちが聞きたい。なんで魔物の血飛沫とかは平気なのに、人間の死体とかはダメなんだよ」

 いや比べる対象がおかしいだろ。
 普通にキツいぞ。
 同族だぞ。
 同族の死体に嫌悪感抱く俺はおかしいのか?
 いや、多分この世界の常識的にはおかしいだろう。
 現代日本で死体を見る機会は滅多にない。
 そしてこの世界では死が日本よりも近い。
 だから魔物に食い散らかされた人間の死体など、見る機会があるのだろう。
 
「お父様・・・」

「グレシア、こいつが死んだのは自業自得だ」

「それでも・・・私達の父親なのよ・・・」

 たしかにどんなに酷い目にあっても、生みの親であることにはかわりない。
 何も思わない人間の方が少ないだろう。
 俺は前世の両親が酷い目に遭ってたら寧ろ嬉しいけどな。
 俺のことを殺しといてのうのうと生きてるなんて絶えられない。
 まぁ今はどうでもいいが。

『これはまた・・・やはり・・・』

「どうしたクレ?」

 今ここにいるメンツは俺が精霊と言葉を交わせることを話してある。
 それだけみんなのことは信用したって言うわけではない。
 グレイにばれたから半ばヤケクソだ。
 クレが降りたって、ゾグニの首を丁寧に観察している。
 珍しく身振り手振りのジェスチャーをしながら話始めた。

『すごいです。出口にいた兵士のもそうですが、彼の首の傷口が綺麗です。これほどの精密な魔法裁きだと、風の魔法の魔力コントロールはリアス以上ですよ・・・』

「なにっ!?」

「おいおい、そんなに驚くことなのかよそれ」

 グレイもクロと精霊共鳴レゾナントしているときは、クレの言葉がわかるから話は聞いていたみたいだが、これがどれほどヤバイ状況かは飲み込めていないようだ。

「リアスくん・・・これ思ってる以上にヤバイかも知れないよ」

 ミラの言うとおりだ。
 もしクレの言ってることが本当なら非常に不味い。
 自慢じゃないが、俺は魔力のコントロールが得意で、神話級の精霊であるクレ以上だ。
 だからこそ別々の魔法を組み合わせた複合魔法が使える。
 それは幼い頃から訓練して、魔力の調整に癖が付く前にそれを身につけた。
 前世の記憶があって、クレやミラと出逢え、更に加えて魔力の多さで欠乏症になりにくかったから出来たことだ。
 同じ人間にそれをやるのは酷というものだろう。
 何故ならクレはもちろん、ミラですら俺より魔法を覚えたのが早いにも関わらず、俺の魔力コントロールには到底及ばないからだ。
 
「ゾグニは一体何に手を出したんだ?」

「どうした?何かわかったのかリアス?」

「いえ、特にまだ。ただ反抗に使われれたと思われる風魔法から、魔力のコントロールは掃討腕が立つ相手だと言うことが予想されます。傷跡からは風魔法の使い手と言うことしかわかっていませんが、少なくとも風属性だけで言えば、俺と互角だと思います」

 イルシア先輩は目の前で俺達の実力を目の辺りにしてるから実力がわかっている。
 だからこそ、その意味をちゃんと理解して捉えたことで、カタカタと身体を震わせている。
 当然だ。
 魔物大量発生スタンピードで魔物を一瞬で吹き飛ばした人間と、風魔法だけは互角だと言われ、次のターゲットが自分である可能性を考えたら。

「ど、どうしたのですかイルシア様?」

 ミルム先輩がイルシア先輩を心配してるが、そんなこと気にもせず俺の肩を掴む。
 手汗がすごい。

「リアス!頼みがある!」

「そう言うと思いました。良いですよ」

「しばらくミルムとグレシアに護衛に着いてくれないか!?」

 二人だけか。
 イルシア先輩が震えていたのは、二人を失う恐怖か。
 自分のことは二の次、危険な前線に出てきたイルシア先輩らしい。

「ミラはグレシアに、イルミナはミルム先輩の警護を考えてくれ。俺はイルシア先輩を中心に警護する」

「了解だよ。グレシアとはしばらく同室のがいいかな」

「お兄様がそれだけ震えている理由は、敵に対して何か思うところがあるんでしょうね。ミライ、悪いけどお願いね」

 もちろんだよとグレシアに抱きつくミラ。
 この二人は問題ない。
 問題は------

「わかりましたが、ミルム先輩とわたしは学年が違います。授業中はどうしましょうか?」

 そこだよな。
 イルシア先輩とミルム先輩は学年が違うから、どうしても授業中の警護は疎かになる。
 しかし命には代えられないのも事実。
 うーん、仕方ない。

「俺は授業をしばらく休学して、授業中はイルシア先輩とミルム先輩の二人を守ろう」

「そこまでしてくれるのは助かる。けどいいのか?」

「俺が犯人なら、対象が警護も何も付けずにいれば狙います。つまり安心出来る空間が無ければ、授業どころじゃないですよ?」

「それはそうだが・・・」

 最悪留年しても卒業すればいいし、ミラが卒業してれば、公爵を授与された時ミラに当主をしてもらえばいいしな。
 だがこのことを素直に言えばイルシア先輩が責任を感じてしまうかもしれない。

「気にしないで下さい。そのうち見返りはいただきますから」

 気を使わせないためにそう言ったのだが、貸しを作るのはいいことだ。
 それターニャ家の当主代理なら尚更。
 だからこれは俺にとっても利のある取引でもあるんだ。
 
「もちろんだ。その方が俺的にも気が楽だ」

 互いに利益のある関係になり、二人でガッチリ手を握る。
 とりあえずこの血生臭い空間からは早く出たい。
 俺の精神的にあまりよろしくないからな。

「話もついたところで早く出ようよ。リアスくんの顔色が悪いし」

「そうだな。すまないリアス」

「いえ、これ以上ここにいる意味もありませんしね。敵の目的まではわからないけど、少なくともゾグニが触れてはいけない何かに手を出したと言うことはわかりましたしね」

 俺達はゾグニの部屋を後にして宮殿へと戻った。
 索敵魔法にずっと引っかかってあいつらが気になるけどとりあえず放置しておこう。



 ターニャ邸を後にしたリアス達。
 その後ろ姿を目にした兵士の一人は頭を掻きながらため息を吐く。
 そして眼帯を外すと右目の下に刺青が入っていた。
 この男はゾグニを殺した後、堂々とターニャ家に居座っていたのだ。

「出張ってくるのが早ぇよ」

「ボス、どう致しますか?」

「どうするもねぇよ。あのターニャ家の当主代理は殺さなきゃなんねぇ。どこから俺達の情報が漏れるかわかんないからな」

「では我々で他のガキを------」

「ハッハッハッ!馬鹿言うなよ。肩にイタチを乗せてた男と、緑色の髪した女と、黒髪の背が高い女は俺でも単独では相手したくねぇ」

「それほどなのですか・・・」

 刺青の男の実力を理解している部下は、彼がそんな嘘をつく人間じゃないことを知っている。
 そしてそれほどまでの実力者がこの帝国にいることが不思議だった。
 
「お前の気持ちもわかる。どうやらあいつらはあまちゃんらしいからな」

「と、いうと?」

「さっき連絡があった。どうやら影達は宮殿の地下牢に幽閉されているらしい」

「レクサス殿達は殺されていなかったのですか!?」

「おい、影の名前を呼ぶな。あいつらは諜報員だ。もう自ら名乗る名前はない」

「し、失礼致しました」

 レクサスと呼ばれる男は、組織内でも特に慕われており、刺青の男もどうにか取り戻せるなら取り戻したいと言う気持ちがあったから、それ以上兵士には何も言わなかった。
 そして、その甘い思考は実力以上につけいる隙がないか模索していた。

「あまり表立ったことはするな。まだ帝都は騒がしい。ゾグニを殺ってからそこまで時間が経ってないからな」

「ですが、影達が生きているなら、取り返しに行くのがよろしいのではないですか?」

「わかってるが、急いでもいいことはない。来週あたりで影達を奪い返すぞ」

 慎重に事を運ばずに行った結果が、リアス達と言う不確定戦力の登場。
 その戦力は、戦局をくるりとひっくり返すとは、刺青の男もその親方も思っていなかったため、行動ひとつひとつに気を張って務めていた。

「はっ!全員に通達しておきます」

 部下が去った後、しばらく門番を続けた刺青の男は再び眼帯をつけ直す。
 ある号令がなり、姿を記憶されたら危ういからだ。

「ジノア皇子が、ジノア皇子が起こしになられたぞ!」

 誰が叫んだかわからないが元第三皇子が、このターニャ邸へと足を運んできたことがわかる。
 ジノアは宮殿からずっとリアス達の後を付けていたのだ。
 だからすぐ様、刺青基眼帯の男はその場から離脱した。

「あいつ、来るなら来るって言えよ」

 今きた団体に刺青の男の味方がいる。
 その味方は諜報員でありながら感情が表に出易いため、あまり会いたくはない人物だった。

「とりあえずここにいる意味はないよな。部下達にも通達したし、少しばかり観光を楽しませてもらうとしよう」

 そして眼帯の男はターニャ邸から姿を消した。
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