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第一章 森林の妖精達
23話 ベルの教育④
しおりを挟むラクシャクの話で一息ついたルシアンが、小鬼の死体を確認するために立ち上がったその時——化け物の咆哮がミーリスの森に響き渡った。
「ッ!? ルシアン様!」
「引っかかったみたい! 行くよベルッ!」
「ハイッ!」
焚き火を消したルシアンとベルは、咆哮の聞こえた目的地へと迅速に移動をした。
「グルゥアアアッ!!!」
食い荒らされたような小鬼の死体のそばでは、黒い巨体がフラフラとよろめいて、怒りの咆哮をあげていた。
体長約三メートル、小鬼を容易く噛み砕くことができる大顎、短剣のような鋭い爪を持った漆黒の狼——『黒刃狼』である。
黒刃狼は怒り狂っているのか、ルシアンとベルの姿を認めると、明らかな敵意で牙を剥いた。
「ベル構えて! くるよ!」
「……は、はい!」
突如、始まった遭遇戦を前にルシアンは少ない言葉でベルに指示を出す。
「グルゥアアアッッ!!!」
大顎からよだれをダラダラと垂らしながら、迫りくる黒刃狼の前に出たルシアンは、振り下ろされる凶爪に長刀を添わせて左側に受け流す。
キィィインと金属が擦れ合うような残響音が鳴り、重心をずらされた黒刃狼はルシアンに横腹をさらした。
「ベルッ!」
「ハッ!」
ルシアンの後ろで腰を落として構えていたベルは、掛け声と共に大地を踏み締め、黒刃狼の横腹へ全身全霊を込めた刺突を放つ。
体術士の身体能力と【英雄ブライス】の動作が合わさった刺突は、まるで蛇のようにしなりながら黒刃狼の横腹に突き刺さる。
「グルゥッ!? グッ! グルゥアアア!!」
致命傷を受けた黒刃狼は一人だけでも殺そうと考えたのか、大顎でルシアンを噛み砕こうとしていたが——ベルの攻撃はまだ終わっていなかった。
「ハァァアア"ア"ア"ッ"!!!」
最高の刺突を放ったベルはそのままの勢いで、まるで山を登るかのように大地を力強く踏み込み、さらに前進する。
すでに黒刃狼の横腹深くまで突き刺さっていた槍は、食い破るようにさらに深く突き進んでいく。ベルの猛進撃は黒刃狼の横腹を貫通しても尚、止まることはなかった。
貫通した穂先が木に突き刺さり、黒刃狼を縫い付けたところでベルの猛進撃は止まった。
「……ベル、君は最高だ!」
完全に機動力を失った黒刃狼の首元をルシアンの長刀が優しく撫ぜる。
槍で木に縫い付けられ、首から夥しい量の血を吹き出した黒刃狼は暴れる隙もなく息絶えた。
「……ら、楽勝でした! ルシアン様!」
「お疲れ様。ベルはラクシャクの英雄だね!」
「え!? ルシアン様がいなかったら、あたしは何もできてませんよ!?」
黒刃狼の死を確認したルシアンは、ベルが落ち着いているのを見て安心していた。もう森の深層への恐怖や緊張は、完全になくなっているようだった。
「ルシアン様、槍が壊れてしまいました……すみません。」
「え……ふふっ……大丈夫だよベル」
「えぇっ! なんで笑うんですか!? あたしまだ全然稼いでないのに、槍まで壊しちゃって……」
ベルは事の重大さに気づいていないのか、なんの変哲もない普通の槍を、一本壊してしまった事でしょんぼりしていた。その姿にルシアンは、笑いを堪えることができなかった。
「ベルが倒したのは、黒刃狼だよ? ラクシャクにおいて災害とされている脅威を取り除いたんだよ? そんな普通の槍、何百本でも買えるほどの報酬がもらえるよ!」
「えっ……えぇっ!? 本当ですか!?」
「それだけのことをやってのけたんだよ? さっ!血抜きもそろそろ終わってるだろうし、魔物が寄ってくる前に帰ろっか!」
「は、はい!」
ようやく状況を理解したベルは、複雑そうな表情でルシアンに従っていた。
ルシアンは、黒刃狼の亡骸を背に担いで引きずりながらあることを考えていた。
(アーシェの麻痺薬すごい効果だった……いや、効果よりも即効性の方が異常だね。巨体の黒刃狼にあそこまで早く効くなんて……僕の生徒達はすごいな)
ルシアンは餌となる小鬼の死体に、アーシェの麻痺薬を混ぜていた。
黒刃狼を一方的に蹂躙できたのは、間違いなくベルの底力による部分が大きいが、アーシェの麻痺薬によって素早さと剛力が鈍っていたことも関係している。
(もしかして……僕が生徒達に教えれることって、本当にもう少ないんじゃ……みんな成長速度が早すぎるんだよ!)
生徒が優秀すぎることが、嬉しくも、寂しくも感じるルシアンは少し泣きそうになっていた。
◇
ルシアンとベルが黒刃狼の亡骸を持ち帰った事で、ラクシャクはお祭り騒ぎだった。
警備隊の面々は、いつのまにかベルを『姐さん』と呼んで慕っていた。マリーダは涙を流しながらベルを抱きしめていた。
当の本人のベルはどうしていいかわからず、困ったように笑っていたが、しっかりとマリーダを抱きしめ返していた。
エドワードは気を使ってくれたのか、黒刃狼の討伐報酬は後日に譲渡すると言ってベルを休ませることを優先してくれた。
ルシアンが報酬の全てをベルに渡すように伝えたため、ベルには満額の金貨六枚が渡される。そして彼女の借金は金貨七枚のため、一気に借金の返済が近づいた。
「ルシアン様! ベルちゃん! お帰りなさい」
「二人ともおかえりぃ」
「「ただいま」」
そうして教育施設へと帰宅するベルを送り届けたルシアンは、アーシェとウルスラに出迎えられた。
「先生はどうせこの後、ベルの部屋に行くんでしょ?」
「その前にお風呂の用意してますから、ルシアン様からどうぞ?」
嬉しい提案ではあったが、少し気まずかったルシアンは、それとなく話を逸らした。
「う、うん……それとアーシェの麻痺薬に助けられたよ。ありがとう」
「あら? では私にもご褒美をくれるのですか?」
アーシェから怪しい雰囲気を感じ取ったルシアンは、「また今度!」と言って浴室に逃げ込んだ。
◇
浴室から上がったルシアンは、ベルの殺風景な部屋で一人考え事をしている。
(完全に生徒達に管理されてる……アーシェなんて新妻みたいな雰囲気出してきてた……いや、それよりも今日はベルのご褒美の変更を申し出てみよう。)
「ルシアン様……上がりました」
「ん、おかえり」
風呂上がりで頬を染めたベルは、珍しいつくりの変わった寝巻きを着ていた。
「……こ、これは高度文明時代では、キャミソールと短パンと言われていたそうです! 王都市民の間で流行っているらしく、マリーダ様からいただきました!」
「へぇ……確かに寝やすそうだけど、ちょっと小さいんじゃない?」
ルシアンが興味深そうな視線を向けたことで、ベルはなにかを弁明するかのように、早口で語り出した。
ベルの格好は、男の前でする格好ではなかった。大きな胸が肌着の裾を持ち上げたことで、形のいい臍をさらすことになり、短パンからは長く引き締まった美脚を露出させていた。
「で、ですが、お腹を出していた方が……その」
「……殴られる時に興奮するから?」
「っぁ……はい……あたし頑張りました……」
ベッドに腰掛けたベルは、ルシアンの尋問するような雰囲気に興奮しているようだった。
「そのことなんだけど……他の方法ってない? 痛いのがいいってのは否定しないから。でも殴るのは流石に見た目が悪すぎるから……あっ! それに違う方法だったら場所を問わずにできるかもよ?」
ルシアンは名案だと思った。ベルのご褒美は、個人部屋まで我慢をしなければならない状況にある。しかしもっと軽いものであれば、場所を問わずにご褒美をもらえるのだ。特に外仕事ばかりのベルにとっては、魅力的な誘い文句だったはずだ。
「……その、それなら……野営中にルシアン様が干し肉を食べている時に思いついたのですが、肩を噛んで欲しいです。首でもいいです」
「おぉッ! これはまたすごいのがきたな!」
心の声が遠慮なくそのまま漏れ出た。
(僕が野営中、ベルの経験値になったらいいなぁって思ってた中、ベルは肩噛まれたいなぁって思ってたんだね……でも殴るよりかマシか……)
「……それでいこう! ちょうど肩も露出してるし!」
「ぅぁ……そ、そんないきなり……」
即断即決したルシアンはベルの隣に腰掛けて左肩に顔を寄せた。
「なに?ほら肩出して」
「あぁ……は、はいぃ……」
ベルは命令されたと感じたのか、びくんっと一度跳ねた後、首を傾けてルシアンが噛みやすい姿勢をとった。
「あ、イ"ッ"……ぁあ……ルシアン様ッ……」
ルシアンが五割程度の強さで肩の筋肉を噛んだことで、ベルはぐったりと脱力してベッドに横たわった。
「……ありがとうございます」
「ッ…………うん、お手柄だったね。お疲れ様」
ルシアンにつけられた歯形を鏡で確認したベルは、うっとりとした顔でルシアンにお礼を言った。
ベルのゾクゾクするほど妖艶な表情から、逃げるようにルシアンは部屋を後にした。
(危なかったぁ……ベルに沈められるとこだった。アーシェもベルも魅力的になりすぎだよ……明日はウルスラだし……いよいよまずくなってきたかもなぁ)
黒刃狼を一方的に殺したベルの強さを、間近で見たルシアンは間違いなく興奮していた。
ベルの肩を噛んだ時に『この強者を蹂躙したい』という思考が、一瞬だけ芽生えたのだ。生徒のことを、自身より強者であると認め始めているのだ。
ルシアンは、自身に起きている変化に焦りながら、屋敷へと帰宅した。
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