23 / 33
思惑
手白香の思惑Ⅳ
しおりを挟む
「では、私が妻問いをしたら、受けて頼っていただけますか?」
座を立とうとしていた手白香の耳に、信じられない言葉が入って来た。
思わず動きが止まる。
何?今のは。願望が過ぎて、空耳が聞こえるようになってしまったの?
自らの弱い心にあきれ果てる。こんな風になってしまうなら、金村の進める処にさっさと行ってしまった方が良い。
自嘲と共に席を立とうとした手白香の耳に、再び磐井の声が聞こえた。
「諾か否か、一言で良いので、どうかお返事を。手白香様、どうか。」
え?返事……?さっきの言葉は、私の妄想では無かったの?
恐る恐る視線を向けた先には、真剣な表情をした磐井がいた。手白香の言葉を一言も聞き漏らすまいと、するかのように。
でも。それでも。十年の時を近くで過ごしたのに、一言も、冗談にでも言われたことが無いのに。突然妻問うだなんて。一体何故、、、。
ああ、そうか。手白香は気が付く。自分は先ほど、本心を、と乞われて何と返したか?受けたくはない相手でも、皇女の義務として妻問いを受けねばならないと答えたではないか。
同情、されたに違いない。必要ならば未通女でも、老人に輿入れせねばならない。皇女とは、気の毒な女だと。若しくは、十年仕えた主の嫌がることはさせまい、と言う忠義か。
要らない。同情など。必要ない、報いてやれない忠義など。
私は顎を上げ、敢えて磐井を見下げた。
「そのように気遣わずとも結構です。」
「?皇女様?」
「磐井の国は西海道の筑紫でしたね。遠国の豪族が無理をせずともよろしい。ああ、私の杖刀人の役も、疾く外しましょう。本来であれば、殯宮に付いてくる義務も無かったものを、忠義者に無理をさせましたね。金村に、良い主に仕えさせるよう、言い置きますから。」
「皇女様!急に何を仰せです?私は……!」
「金村に会う前に少し一人で考えたい。二人とも下がりなさい。」
「皇女様!私の主は貴女様一人と!」
「いいから下がって!」
これ以上聞いていたくなくて思わず声を荒げると。
「畏まりました。下がりましょう、磐井殿。」
静かな山門の声がした。
「しかし、このままでは……!」
「磐井殿。ここは下がるのです。」
珍しく食い下がろうとする磐井を、普段は淑やかな山門が、強引に引きずって連れて行く。その怪力に驚いて見ていると、山門は扉の前で、振り返った。
「少し、落ち着かれませ。また、参ります。」
なぜかにこりと微笑まれて。
「え、ええ。」
手白香はあっけに取られながら頷いた。
座を立とうとしていた手白香の耳に、信じられない言葉が入って来た。
思わず動きが止まる。
何?今のは。願望が過ぎて、空耳が聞こえるようになってしまったの?
自らの弱い心にあきれ果てる。こんな風になってしまうなら、金村の進める処にさっさと行ってしまった方が良い。
自嘲と共に席を立とうとした手白香の耳に、再び磐井の声が聞こえた。
「諾か否か、一言で良いので、どうかお返事を。手白香様、どうか。」
え?返事……?さっきの言葉は、私の妄想では無かったの?
恐る恐る視線を向けた先には、真剣な表情をした磐井がいた。手白香の言葉を一言も聞き漏らすまいと、するかのように。
でも。それでも。十年の時を近くで過ごしたのに、一言も、冗談にでも言われたことが無いのに。突然妻問うだなんて。一体何故、、、。
ああ、そうか。手白香は気が付く。自分は先ほど、本心を、と乞われて何と返したか?受けたくはない相手でも、皇女の義務として妻問いを受けねばならないと答えたではないか。
同情、されたに違いない。必要ならば未通女でも、老人に輿入れせねばならない。皇女とは、気の毒な女だと。若しくは、十年仕えた主の嫌がることはさせまい、と言う忠義か。
要らない。同情など。必要ない、報いてやれない忠義など。
私は顎を上げ、敢えて磐井を見下げた。
「そのように気遣わずとも結構です。」
「?皇女様?」
「磐井の国は西海道の筑紫でしたね。遠国の豪族が無理をせずともよろしい。ああ、私の杖刀人の役も、疾く外しましょう。本来であれば、殯宮に付いてくる義務も無かったものを、忠義者に無理をさせましたね。金村に、良い主に仕えさせるよう、言い置きますから。」
「皇女様!急に何を仰せです?私は……!」
「金村に会う前に少し一人で考えたい。二人とも下がりなさい。」
「皇女様!私の主は貴女様一人と!」
「いいから下がって!」
これ以上聞いていたくなくて思わず声を荒げると。
「畏まりました。下がりましょう、磐井殿。」
静かな山門の声がした。
「しかし、このままでは……!」
「磐井殿。ここは下がるのです。」
珍しく食い下がろうとする磐井を、普段は淑やかな山門が、強引に引きずって連れて行く。その怪力に驚いて見ていると、山門は扉の前で、振り返った。
「少し、落ち着かれませ。また、参ります。」
なぜかにこりと微笑まれて。
「え、ええ。」
手白香はあっけに取られながら頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
短編 お前なんか一生結婚できないって笑ってたくせに、私が王太子妃になったら泣き出すのはどういうこと?
朝陽千早
恋愛
「お前なんか、一生結婚できない」
そう笑ってた幼馴染、今どんな気持ち?
――私、王太子殿下の婚約者になりましたけど?
地味で冴えない伯爵令嬢エリナは、幼い頃からずっと幼馴染のカイルに「お前に嫁の貰い手なんていない」とからかわれてきた。
けれどある日、王都で開かれた舞踏会で、偶然王太子殿下と出会い――そして、求婚された。
はじめは噂だと笑っていたカイルも、正式な婚約発表を前に動揺を隠せない。
ついには「お前に王太子妃なんて務まるわけがない」と暴言を吐くが、王太子殿下がきっぱりと言い返す。
「見る目がないのは君のほうだ」
「私の婚約者を侮辱するのなら、貴族であろうと容赦はしない」
格の違いを見せつけられ、崩れ落ちるカイル。
そんな姿を、もう私は振り返らない。
――これは、ずっと見下されていた令嬢が、運命の人に見初められる物語。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる