皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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思惑

手白香の思惑Ⅳ

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「では、私が妻問いをしたら、受けて頼っていただけますか?」
座を立とうとしていた手白香の耳に、信じられない言葉が入って来た。
思わず動きが止まる。
何?今のは。願望が過ぎて、空耳が聞こえるようになってしまったの?
自らの弱い心にあきれ果てる。こんな風になってしまうなら、金村の進める処にさっさと行ってしまった方が良い。
自嘲と共に席を立とうとした手白香の耳に、再び磐井の声が聞こえた。
「諾か否か、一言で良いので、どうかお返事を。手白香様、どうか。」
え?返事……?さっきの言葉は、私の妄想では無かったの?
恐る恐る視線を向けた先には、真剣な表情をした磐井がいた。手白香の言葉を一言も聞き漏らすまいと、するかのように。
でも。それでも。十年の時を近くで過ごしたのに、一言も、冗談にでも言われたことが無いのに。突然妻問うだなんて。一体何故、、、。
ああ、そうか。手白香は気が付く。自分は先ほど、本心を、と乞われて何と返したか?受けたくはない相手でも、皇女の義務として妻問いを受けねばならないと答えたではないか。
同情、されたに違いない。必要ならば未通女おとめでも、老人に輿入れせねばならない。皇女とは、気の毒な女だと。若しくは、十年仕えた主の嫌がることはさせまい、と言う忠義か。
要らない。同情など。必要ない、報いてやれない忠義など。
私は顎を上げ、敢えて磐井を見下げた。
「そのように気遣わずとも結構です。」
「?皇女様?」
「磐井の国は西海道の筑紫でしたね。遠国の豪族が無理をせずともよろしい。ああ、私の杖刀人の役も、疾く外しましょう。本来であれば、殯宮に付いてくる義務も無かったものを、忠義者に無理をさせましたね。金村に、良い主に仕えさせるよう、言い置きますから。」
「皇女様!急に何を仰せです?私は……!」
「金村に会う前に少し一人で考えたい。二人とも下がりなさい。」
「皇女様!私の主は貴女様一人と!」
「いいから下がって!」
これ以上聞いていたくなくて思わず声を荒げると。
「畏まりました。下がりましょう、磐井殿。」
静かな山門の声がした。
「しかし、このままでは……!」
「磐井殿。ここは下がるのです。」
珍しく食い下がろうとする磐井を、普段は淑やかな山門が、強引に引きずって連れて行く。その怪力に驚いて見ていると、山門は扉の前で、振り返った。
「少し、落ち着かれませ。また、参ります。」
なぜかにこりと微笑まれて。
「え、ええ。」
手白香はあっけに取られながら頷いた。
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