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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ⑧<少女5> 『絵本の眷属』

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⑪【ソフィア】
 何百年も前の人らしき王様の幻影が、話を続ける。

「――我らは決戦を前にして、エルデナの持つ力を弱める必要があった」
 それはそうだよね。絵本でも色々工夫していたし。

「――魔族は強い。だが、完全な存在ではない。我らは眷属の中でも、エルデナの右腕と呼ばれる、驚異的な力を持つ一匹を封じ込めた」
 厄災の右腕を封じ込めた……まさか、それって――

「――宝玉《オーブ》を持つ者よ、その箱を絶対に開けてはならぬ」

「開けたよ!?」
 え、普通に開けちゃったよ。注意するなら遅すぎるでしょ! 本題入る前の前置きが長すぎる!

「――その箱には、エルデナの右腕が潜んでいる。我らが力を弱めた『燈《ともしび》のナルヴィ』が潜んでいる」
 自然と、私とマシューは宝箱から距離を置く。

「その箱に封じている限り、『燈《ともしび》のナルヴィ』は自身の持つ力を発揮できぬ。眠り続ける。そなたの役目はその箱を狙う眷属から、その箱を守ることである」

「か、勝手に役目与えないで!」
 しかも与えられる前から役目を果たせてないし。

「――願うならば……『厄災』の消えた、平和な世界で、この言葉がそなたらに伝わっていることを祈る。それでは! さらば!」

「さらば! じゃないよ! ちょっと待っ――あっ!?」
 私の引き留めも空しく、箱は輝きを失った。

「言うだけ言ってどっか行くなぁ! 戻ってこい!」

「ちょっと、ソフィア! 落ち着いて! その箱、魔族がいるんでしょ!?」
 箱をガクガク振る私を必死で止めるマシュー。
 はっ、頭に血が上って忘れてた。何か良く分からないけれど、過去の王様の敵だった魔族が、この箱に封じ込まれていると言っていた。

「でも……なんにも入ってなかったよね?」

「うん……もう一回、開けてみる?」
 マシューと二人で、恐る恐る宝箱を開いてみる。……やっぱり、何も入っていない。何も起こらない。

『なるほどねぇ……』

「うぁっ!? もう、なに? メフィス!」
 それまで発言一つせずにじっとしていたメフィスが突然声を出す。やめてよ。ビックリするでしょ。

『開けるな、って言われていた箱が空いていた。入っている、と言われていた中身が入っていなかった。そんなの、理由は一つでしょ』
 理由……?
 ……え!?
 そ、それって、……それってまさか。
 マシューも思い当たったのか、顔色が一気に青ざめる。

『僕らがここに来る前に、ここに訪れた存在がいた。……それで、この箱を開けてしまった。それが真相だよ』

「それって……それって、じゃあ――」

『この箱に封じ込まれていた『燈《ともしび》のナルヴィ』が解放されてしまった。……そう、ナルヴィはこの町にいるよ』

「なんで!? どっかに行っちゃったかもしれないよ」
 断定するメフィスに反論する。帝都に向かったかもしれない。魔界に帰ったかもしれない。この町にいるなんて限らない。
 けれど、メフィスは首を振る。そして、言った。

『僕が追っている悪い魔族。それこそが、『燈《ともしび》のナルヴィ』だからさ』
 思考が固まる。
 そして、メフィスの言葉を理解し、急速に頭が回転する。

「待って待って待って、私、これから『厄災の眷属』と戦うの!? 絵本に出てくるような化け物達だよ!? そんなのと戦えっての!?」

『心配しなくても、ナルヴィはもう、力を弱めているよ。それでも普通の人間よりかは遙かに強いと思うけれど』

「そういう問題じゃない! 大体、なんでアンタが『厄災の眷属』なんかを追ってるのよ。どこで知り合ったの!?」
 私の質問にメフィスは首を振る。

『長くなっちゃうから、一旦戻ろう。帰ったら話すよ』

「いいえ、後回しにしないでここでちゃんと、きっちり――」
 袖を引っ張られる感覚に、私は言葉を止める。

「ソフィア、僕疲れちゃったし、一度戻ろう。お宝も手に入ったしね」
 マシューを見ると、空の宝箱を抱えている。

「な、中身入ってないじゃない、それ」

「いいの。箱だけでも思い出になるから」
 それはまあ……分かる気がするけど。あれだけ大変な思いをして、手ぶらで帰るよりかはいいと思う。
 それに私も実は疲れていた。二人飛んで戻れないからには、来た道を戻って帰らないといけない。ここまで辿り着くのに結構な時間がかかっちゃったし、レオンさんのところに戻る頃には夜になってそうだ。
 ……仕方ない。

「……帰ったら話しなさいよ。メフィス」

『うん……『魔界』で何があったのか。僕が何故ここに来たのか。キチンと話すよ』
 今日はもう十分に冒険した。後は帰って身体を休めるだけだ。
 メフィスの話はその時にでも聞こう。



⑫【***】
 足音が聞こえてくる。
 足の骨を折り、『夜のノカ』外れにある洞窟の一角で身体を休めるレオンに、足音が近づいてくる。

「……よう、早かったな」
 その姿を見たレオンが片手を上げる。
 もう少し時間がかかると踏んでいたレオンにとって、意外でもあり、嬉しい誤算でもあった。

「……どうしたんだ? そのローブは。似合ってねぇぞ」
 その姿は黒いローブに包まれていた。顔もフードの影に隠れていたが、うっすらと見えるその顔の造形に、レオンはそれであると確信する。

「……黙りか? まあいい。悪いが、誰かを呼んできてくれないか。この足じゃあ何処にも行けそうにない」
 両手を挙げるレオンに、黒いローブが近づいていく。ゆっくりと、ロウソクに映る影のようにゆらゆらと。

「……そういえば、アイツはどうした? 一緒じゃ――あっ?」
 ざくり、とレオンの脳裏に音が響いてきた。衝撃が身体を伝わる。
 熱い。
 胸が、熱い。
 脳にその感覚だけが激しく伝わっていく。

「な、何故……何故だ」
 レオンの胸に剣が突き刺さっていた。針のように鋭い金属がレオンの胸を貫通し、背中から突き抜けている。
 レオンは自分の腰に手を伸ばす。自慢の魔導具を抜くためだ。
 だが、最早遅すぎた。既にレオンは反撃できないほどの致命傷を受けていた。

「……何故、お前が――オレを――」
 レオンの疑問は氷解することは無かった。
 駆け巡る全ての想いを連れたまま、レオンは死へと誘われていった。

⑬【ソフィア】
 レオンさんのところに戻ってみると、そこはもぬけの空だった。
 広場の天井から伸びる縄梯子だけが風に吹かれ、ゆらゆらと揺れている。

「どこ行っちゃったんだろうね、レオンさん」
 私の隣でマシューが呟く。
 足の骨が折れてたみたいなのに、本当にどこに行っちゃったんだろう。
 誰か助けに来てくれたのかな。……だったら、待っていてくれれば良かったのに。

「途中、ソフィアがどっか行っちゃうからだよ。レオンさん待ちきれなくて帰っちゃったんだ」

「うるさい! 女の子には色々あるのよ!」
 帰る途中、えーっと、ちょっと大きな声じゃ言えない生理現象が起こって、マシューとメフィスを置いて洞窟内を彷徨っていたのもあり、思っていたより、帰る時間が長引いてしまった。

 ……しょうがないじゃん。
 丁度いいところが無かったんだから!
 途中、洞窟に空いていた穴に落ちかけて危うく乙女の危機が訪れたけれど、なんとか持ちこたえた。自分を誉めてあげたい。

「だいたい、アンタだって途中どっか行ってたじゃない。中々戻ってこないから心配したんだよ」
 帰る途中、突然立ち止まったマシューは、ちょっと取ってくるものがあると言って一人でどこかに行ってしまった。
 ちゃんと戻ってきたから良かったけどさ。
 目を輝かせながら宝箱を開いて、パンパンに詰まった輝苔《カガヤキゴケ》を見せつけてきた。
 家で育てたいんだって。ちゃんと育てられるんだろうか。

「見て、コレ!」
 マシューが岩陰から飛び出してきた。手には片手に収まるくらいの小さな紙が握られている。
 覗いてみると、手書きでいくつか目印が書かれている。

「……なんだろ。地図みたいに見えるけど」
 私の言葉に、マシューが頷《うなず》く。

「そうだよ! これ多分、地図だ。この四角いところがこの洞窟の入り口。なんか梯子みたいなのが付いてるし」
 だとすると――

「じゃあ、こっちの黒い丸は?」
 乱雑に塗りつぶされた黒い丸に矢印が付いている。

「僕らがこの森に来た時に乗った、あの変な浮島じゃないかな。四つの線が付いてるし」
 言われてみたら、黒丸の上に四つ線が書かれていた。
 弟よ、意外とやるじゃない。

「……じゃあこれって、レオンさんが私達に残してくれた地図?」

「きっとそうだよ。この黒丸の場所って、ここから遠くないし、そこまで行けば……」

「私達は帰れる!」
 私達は顔を見合わせ、手を叩き合う。
 なんだ、レオンさん。きちんと私達のことを考えてくれていたんだ。

 きっと、助けが来ちゃって、行かなくちゃならなくなったから、私達のために地図を残しておいてくれたんだ。

「……この黒い点はなんだろうね?」
 マシューが指し示す部分を見ると、確かに紙の端に、黒い点が散っている。
 インクとはまた違う、良く分からない染みだ。

「……なにかの汚れかな? 書かれている記号の上から散ってるみたいだし、意味はないんじゃない?」
 私の言葉に納得したのか、マシューは紙を自分の鞄にしまいこむ。

「じゃあ、行こう。……僕本当に疲れちゃった」
 同じくだ。今日は色々あって、本当に疲れてしまった。
 帰ったらメフィスと話す前に、眠っちゃうかもしれない。
 ……少し仮眠を取った後に話すのもいいかもしれない。

 そう考えながら縄梯子を登り、レオンさんが居なくなった洞窟を抜け、私達は家路へと歩みを進めた。

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