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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑦<二人1> 『白色の王子』
しおりを挟む⑬【ロキ】
「ロキか……君はもっと早く殺したかったけれど、上手く立ち回ったね。ナルヴィに随分と気に入られたおかげで、俺も殺すことができなかった」
『森のノカ』外れの旧聖堂の一室で、バルドルが記憶のままの貼り付けたような笑顔を見せつけてくる。
妹のソフィアが床に座り込み、怯えた瞳を俺とバルドル、両方に向けている。
「バルドル。俺だけをつけ狙うのならば、それで構わないと思っていた。……だが、妹を狙うのならば話が別だ。コイツは政権から離されて育てられている。殺す必要などどこにもない!」
「現国王の末子だよ。死ねば必ず他の兄弟が動く。罪は全てナルヴィになすりつけるつもりだったけれど……余計な手出しをしてくれたものだね。ロキ」
「……『夜のノカ』聖堂地下で吊されていた女は、お前が殺したんだな」
そしてその女は……ソフィアの母親だ。
この男は、親子もろともその手にかけようと暗躍していた。
「……俺がこの家に転移盤《アスティルミ》を使って辿り着いた翌日だ。町までの案内を頼み、あの女は喜んでそれを承諾したよ。殺すつもりなんてなかったんだけど……『森のノカ』聖堂に着いた時、状況は一変した」
バルドルがちらりとソフィアを見つめ、視線をすぐに俺に戻す。
「聖堂の奥まで向かってみると……そこには魔族の姿をさらけ出したナルヴィが居たんだ。丁度、そこの魔族に宝玉《オーブ》を奪われ、ご立腹になっていた時だった……」
バルドルは両手を広げ、自慢げに続く自分の行動を話していく。
運悪く、最悪のタイミングでナルヴィと出会ってしまったソフィアの母親は、ナルヴィの姿を見て、当然のように狼狽してしまった。そして、ナルヴィが魔族であることを隠しておきたかったバルドルの行動は早かった。
殺すことを決断し、即座に絞め殺した。
「殺してしまったとはいえ、現ルスラン国王末子の母親だ。ナルヴィは身体を使うつもりでいたみたいだね。だから内臓を抜き、干しておいた。それを君が見つけてしまったというわけだ」
「それ以上はこの子の前で言うな。……ワイバーンを放ったのもお前か?」
「僕もいくつか魔石を持っている。君が『夜のノカ』に向かったことはナルヴィから聞かされていたからね。貴重な魔石の一つを使わせてもらったよ」
あの日『森のノカ』聖堂《・・》で目覚めた俺は、ナルヴィと出会い、エストアとともに『夜のノカ』へと向かった。
行き先は当然、ナルヴィに伝わっていた。あのワイバーンが狙っていたのは誰でもない、この俺だったということか。
「……『眠り病』にかかった男達は何故殺した?」
「君をこの町に留めておくためさ。……解決されるわけにはいかなかった。折角君が俺の手に届く場所にいるんだ。この機会を逃したくないと思ってね」
不覚にもこの男の手に踊らされていた訳だ。
「何故……」
不意に、部屋の隅からか細い声が聞こえてきた。
俺達の会話を聞いていた、ソフィアの声だ。
⑭【ソフィア】
「何故……何故、私に良くしてくれたんですか?」
二人の会話のほとんどは分からなかったけれど、この王子がナルヴィの仲間だということは分かった。私に優しくする義理なんてないはずだ。
「妙なことを言うね。兄が妹に優しくするのは当たり前のことだろう? それが例え、腹違いの妹だったとしてもだ」
兄……? この人、私の兄なの?
「ソフィア……良く聞け」
日に焼けた肌の男性が、私に言葉をかけてくる。
「俺の名はロキ。ルスラン王国第五王子だ……そしてこの男は第三王子バルドル。……どちらも、お前の兄だ」
「王子様? ……なんで? 私、お母さんもお父さんも普通の人だよ」
「色々な事情でお前には隠されていた。……お前の知る、父も母も、お前とは違う髪色だっただろう」
確かに、お父さんもお母さんもブロンドの髪色だった。私の白銀の髪色とはまるで違う。白銀の髪色なんて私以外周りにいないから、良く珍しがられた。やっぱり珍しい黒髪のマシューと一緒にいると特にそうだ。
「お前の本当の父親は……ルスラン国王だ。そしてこの男は兄だが、親族を憎む危険な存在だ」
「……これでも妹を愛でる気持ちはあるんだけど。……それ以上に、現王政を憎んでいるだけさ」
「そんな……私、……あなたの事を……」
『ソフィア……気をつけて。ナルヴィの“協力者”はこの男だ。僕はこの男とナルヴィが悪い相談をしているのを見ている』
頭の上に乗ったメフィスが語りかける。メフィスもメフィスだ。王子様が敵なら、もっと早く……いや、だめだ。
王子様は夜遅く帰ってきて、朝には町に出かけていた。
私達と晩ご飯を食べている間も、夜に庭先で王子様と話している間もずっと、メフィスは私の自室にこもっていた。ふたりが出会う機会も話す機会もなかったのが災いした。
「君は本当に馬鹿な女だ。王都にいる脳みそが空っぽの女達と同じで、ちょっと優しくするだけで、簡単に心を許してくれた。その心を上手く利用しても良かったんだが……まさかその魔族、『黒いローブの男』と繋がっているとはな。それには一杯食わされたよ」
王子は黒いローブの男を捜していると言っていた。それはナルヴィから宝玉《オーブ》を奪ったメフィスのことをさしていたんだ。
「じゃあ、何故私がメフィスと繋がっていると気がついたの?」
「君がナルヴィを探して、『森のノカ』聖堂に現れたからさ。あの時出会った女はナルヴィが取り憑く女の母親だ。すぐに危険を察知して俺に伝言を残してくれていた。『ナルヴィを狙う白銀の髪の女の子がいる』とね。すぐに君のことだと気がついたよ。そして、ナルヴィのことを魔族だと把握しているのはその魔族くらいだ」
だからメフィスと私になにか関連があると推測した。そういうことね。
話を聞く度に、頭に血が上っていく。この人は甘い顔をしながら私に近づいていたけれど、それは全て嘘だった。腹の内ではまるで別のことを考えていた。
それがはっきりと分かり、私の腹の内では怒りがふつふつと貯まっていく。
「宝玉《オーブ》と封印の箱。君は俺の欲するものを全て手に入れてくれた。俺に惚れた女など、後でどうとでも扱える。適当に甘い顔をして奪っても良いし、殺して奪い取っても良い」
「……ふざけんな、」
「感謝してもらいたいな。もっと違うものも奪っても良かったんだが……生憎、俺はそんな趣味がないので止めておいたんだよ。妹も、子供も、俺の趣味には入らない。良かったね」
「ふざけんな! 私の……人の心をもて遊んで、なんでそんなへらへら笑ってるのよ!」
「もてあそぶ? 何を言ってるんだ。惚れたのは君の勝手だろう」
「そうなるように仕向けたじゃない! 私に優しくしてくれた、あの素敵な『白色の王子』様はどこにいったのよ!!」
優しくしてくれた。相談に乗ってくれた。気がついたら憧れが……大好きになっていた。それなのに、それなのに!
「妹相手にいい顔するのは当たり前の話だ。勝手に惚れといて文句ばかり言う。本当に、女というものはつまらない存在だ」
「あんたね――」
「ソフィア、もう止めとけ。コイツは根っこからのクズだ。まともに相手をするだけ時間の無駄だ」
ロキと名乗った男が私の叫びを止める。この人も私の兄だと言っていた。何故ここに居るのかは分からないけれど、少なくとも今は敵じゃなさそうだ。
『ソフィア、何も反応せずに聞いて』
メフィスが小声で話しかけてくる。それを聞いて、二人に分からないくらい小さく頷《うなず》く。
『部屋の扉を見て』
部屋の扉? なんでそんなとこ――え!?
「マ――」
『しっ!』
頭の上にいるメフィスに髪を引っ張られ、思わず出てきそうになった言葉を飲み込む。
私の目線の先には――部屋の扉が少しだけ開かれ、そこから二人に気づかれないよう小さく縮こまったマシューが入ってきていた。
その小さな手には、練習用の細剣が強く握り締められていた。
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