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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑧<少女5> 『決闘』
しおりを挟む⑭【ソフィア】
二激、三激と、様子見の剣が交わされ、距離を広げる私たち。
たった数回の剣を交わしただけ。それなのに私の額から汗がこぼれ落ちる。
反対に、王子は涼しい顔を保ったまま、私の挙動を見つめている。
実力の差は歴然だ。詳しくは分からないけれど、バルドル王子は実戦経験も豊富にあるみたい。私もモンスター相手とは戦ったけれど、人間相手に戦う機会なんて僅かしかなかった。
培ってきた経験が違いすぎる。
「……私はあなたのことを信頼していました」
「だろうね。知っていた」
「あの夜……手合わせをお願いした後、私に優しい言葉をかけてくれました。私を励ましてくれました。……あの言葉はまやかしだったんですか?」
私の頭を抱きしめてくれた。
落ち着ける場所をみつけた。そんな思いに心が満たされていた。
剣戟が交差する。
飛び散る火花が消えるよりも早く間合いが開き、様子を伺いながら円を描くように歩みを進める。
「言っただろう。キミを利用する考えもあったと。女を操る術は心得ている。俺に惚れさせてしまえば、後は傀儡人形だ」
「私は、あの時の言葉が全てまやかしだったなんて思いたくない。そうは思えません」
「それならそれで。勝手に幻想を追っていればいいさ」
「あなたはあの時、言いました……『王家には様々な使命がある。求められる素質が多くある』と。……その中で、一番大事なもの、それを教えてくれました」
「さてと、良くは覚えていないが、その時俺はなんて言ったのかな?」
覚えてないってなに。私、あの言葉に感動したのに。
「あなたはこう言いました。一番大事なのは、『他人を思いやる心』だと」
他人を思いやる心。
それを私が持っていると諭してくれた。
私はその言葉に、心を許してしまった。……全て、全て口先だけの言葉だったってことね。
「もう一度、言わせてください。王家に一番大事なのは、『他人を思いやる心』だとあなたは言った。それを知っているのに……それが分かってるのに、あなたは一体何をしているのよ!!」
私の叫びを涼しげな表情で受ける王子。
反論はない。私の想いを受け止めたのかもしれない。小娘の言葉だと掃き捨てただけかもしれない。
もうどっちでもいい。
ただ、私はどうしても、もう一つ伝えたいことがあった。
それは――
「私は、あなたがどんな人間だろうと……『他人を思いやる心』を大事にする。あの時のあの感動を胸に生きていく。あなたが、これからも大事にしなさいと言ってくれたから。優しい女の子だと言ってくれたから!」
「本当に……キミは、馬鹿な――女だな!」
私と王子の間合いに一線が走る。王子の突きが性格に私を貫こうと迫る。
王子の剣先が、迷いのない一撃が首筋に迫る。
――ここだ!
首筋と剣先の間に、私の左腕が挟み込まれた。
ぐつり、と思っていたよりも大きな音が左腕から私の頭まで響く。
腕の皮を貫き、肉を裂き、骨にあたり動きを止める王子の剣。
傷みは感じない。それを感じる前に――反撃に転じる。
悔しいけれど、私はこの王子よりも弱い。
バルドル王子相手に持久戦は不利だ。
一瞬の隙、私が攻撃を受けた瞬間、少しだけ訪れる静寂の刻を狙っていた。
私の放つ剣閃が、バルドル王子の肩を貫いた。
「やっ――」
どん、という衝撃が下腹部に加わった。
体重の全てがお腹の一点に集中し、肺の空気が一気に抜ける。
私の身体が浮かび上がり、勢いをつけたまま床を転がる。愛剣が床に落ち、甲高い音を立てる。
なに――? なんで、私、床を転がって――
急速に訪れた吐き気に身を委ね、逆流してきた胃の中のものを吐き出す。
「ふざけるな……小娘がふざけるな!」
肩を押さえつつ王子が私に近づいてくる。その形相は歪みきっていて、いつもの涼しげな表情を捨て去っている。
醜い顔だった。
王子の醜い顔を見て、混乱した頭が静まっていく。状況が急速に私の頭の中を駆け巡る。
「……蹴ったのね。私の、お腹を」
王子の肩に一撃を加えた瞬間、王子はためらいもなく私のお腹を蹴り飛ばした。
……剣士の癖に。剣での、決闘を申し込んだのに。
「なんだその顔は。言っておくが戦場はもっと残虐だ。全員、なりふりなんて構っていられない」
「この卑怯者……。」
「はっ! こんなことで、卑怯だと思う方が間違いだ。そもそも、剣での勝負だと聞いた覚えはない。子供のままごとは、これで終わりだ!」
王子が私を蹴り飛ばそうと近づく。
私は覚悟を決め、目を閉じる。この後に及んで、私は信じていた。
一撃加えれば、この男は諦めると。約束を守ってくれると思っていた。
信じた、私が馬鹿だった。
あなたがそのつもりなら――
だったら――。
「王子、これを見ろッ!」
激しい閃光が私の瞼越しに届く。同時にバルドル王子の叫び声が上がる。
私の手には拳大の宝石が握られていた。
バルドル王子の前に差し出していた。
ロキ王子から勝手に借りた魔石。『閃光』の魔石を。
「……私はこんなの使うつもりはなかった。あなたと正々堂々勝負して、……勝って、綺麗に終わらせるつもりだった」
魔石を捨て、変わりに転がっていた愛剣を拾い、両目を押さえて暴れ回るバルドル王子に近づく。
私の剣先が、バルドル王子の右太股を切り裂いた。
叫び声が広間を反響する。
「あなた、約束したわよね。……私が、一撃加えれば、なんでも願いを叶えてくれるって言ったよね。全て諦めるって言ってたよね」
床に這いつくばり、醜く動くバルドル王子に剣先を向ける。
「わ、分かったソフィア! 俺が悪かった。もう俺はキミを攻撃しない。ナルヴィのことも、ルスランのことも全て諦める!」
目を閉じ、涙に崩れた表情を見せながら仰向けになった王子が、後ずさりしながら叫ぶ。
何を今更。何を、口だけのことを。
「だったら、もっと早く諦めなさいよ! 私が肩に一撃入れた時に諦めなさいよ! 何、当たり前のことのように続けてんのよ!」
バルドル王子の手の甲を切り裂く。叫び声が響く。浅い傷だけど、しばらく剣は持てないだろう。
「やめろ、やめてくれ……俺のことを愛してるなら、もう、こんなことやめてくれ!」
バルドルの言葉に、頭の中にかろうじて残されていた一本の線がぷつんと切れる。
理性が、弾け消える。
バルドルの残された手のひらを突き刺し、大きく息を吸う。
響き渡る叫び声よりも大きく、私は叫んだ。
「いつまでも誰かが自分を好きでいてくれると思うな! このボンクラ王子!」
剣を掲げ、勢いをつけて振り下ろす。
狙うはこの馬鹿の首筋。
迷惑をかけた人たちに、死んで詫びろ!
『――落ち着きなよ、ソフィア』
「――」
剣先がバルドルの首筋に届く直前、ふいに私の頭に暖かいものが乗ってきた。
その瞬間、私の頭にメフィスが乗っていた時が蘇る。メフィスがいたときと同じ心に戻される。
それは、幻聴だとハッキリ分かった。けれども、私の耳は、メフィスの落ち着いた声を確かに聞いた。
「……そこまでにしておけ、ソフィア」
私の頭の上に置かれていたのは、暖かい手だった。
私の頭が撫でられ、登り切った血が急速に降りていくのを感じ取る。
「ロキ王子……目が覚めたんですね」
「ああ、このボンクラ相手に良くやった。……だが、お前の手をこんな奴の血で汚すことはない」
ロキ王子は体中ボロボロになっていた。あの影の巨人に握りつぶされそうになっていたんだ。当然だろう。
顔色は悪く、立っているのもやっとといった状態だ。
「この男を生かしていたら駄目です。もっと色んな人達が――あっ!?」
視力が戻ったのだろう。いつの間にかバルドルが出口から出ていった。
舐めないでよ。あの足なら、すぐに追いつける。
「ロキ王子は休んでいてください。ここは私が――痛っ!?」
おもむろに袖がめくられる。バルドルに付けられた左腕の傷が露わになり、痛みを連れてくる。
「……深いな。傷が残らなければいいが……」
「だ、大丈夫です。見た目ほど痛くは――いったぁあああ!?」
ロキ王子が腰の革袋から小瓶を取り出し、中の液体を私の傷口に振りかけた。
激痛が私の体中を駆け巡る。
「ちょっと、痛い、痛い!!」
「アルコール消毒だ。痛いに決まってる。応急手当だ」
「悪化させてないですか!? すっごい痛いです!」
「そんだけ騒げれば大丈夫だな。ったく、大きな声で目を覚ましてみたら、ナルヴィはいないわ、バルドルは倒れているわ……状況を教え――」
「あ、危ない!」
ふらりと倒れそうになった王子を咄嗟に支える。腕の痛みが走ってきたけれど我慢だ。
「王子こそ、ボロボロじゃないですか。ちょっと、待ってて下さい。助けを呼んできますね」
って言ってもここがどこなのかイマイチ分かってなかったりするんだけど。
「大丈夫だ、と言いたいが、強がりも言ってられなそうだ。頼めるか」
ロキ王子いわく、ここを出てまっすぐ行くと大きな階段があり、階層を上がるごとに別の大階段が見えるとのことだった。階段を目印にひたすら上の階層に上がっていけば人がいるところに出られると説明を受ける。
……。
「途中、逃げるバルドルに出会っても相手にするなよ」
「ぎくっ……」
少しだけ過ぎった考えを先に言われてしまう。なにこの人、心でも読めるの?
「……人に出会ったら、まずは自分の治療を頼め。王族だと一目で分かるだろうから、最優先で治療してもらえ――」
ロキ王子が激しく咳き込み床に座り込んだ。
思っている以上に危ないかもしれない。急がなきゃ。
「王子様も治療が必要です。すぐに向かいます。……その後、『魔界』に行かないと。落ち着いたら、全て話しますね」
「あ、おい、ちょっと待て――」
呼び止めようとしていた王子を無視して出口の両扉を開く。
ツルツルに磨かれた大理石の床を走る。
待っていてね。王子様。助けを呼んで、すぐに戻ってくる。
その後は……魔界にいく。
そう、私は、メフィスを探さないといけないんだ。
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