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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑨<王子4> 『もや越しの声』
しおりを挟む⑮【ロキ】
猪突猛進のごとく駆けだしていったソフィアの後ろ姿を見守る。
全く、相変わらず人の話を聞かない姫様だ。
「状況を掴みたかったんだがな……」
ソフィアの叫びに目を覚ました俺は床に転がるバルドルとそれに啖呵を切るソフィアに気がついた。
痛む身体を引きずり、なんとかソフィアを止めることができたが……危ないところだった。
ソフィアは人の命を奪い取るには幼すぎる。今は良くても、その重みに心を潰されるかもしれない。
あんなボンクラのために、心の傷を残させるわけにはいかない。
ソフィアがバルドルを倒した。それは分かったが、肝心のナルヴィはどこにいったのか、その辺りをソフィアに聞いておきたかったのだが……。
「それに……メフィスだ」
目覚めてみると、メフィスの姿も見当たらなかった。
死んだのか? それにしては、ソフィアがピンピンしているのが気にかかる。
仲間が死んだのならば、もう少し悲しんでいてもおかしくないだろう。
他に死体がないところをみると、ナルヴィも生きてはいるのだろうが……。
『一刻も早く、魔界に戻らないと』ここに辿り着く前、言っていたメフィスの台詞が蘇る。
「そうか……魔界に戻ったのか?」
そういえばソフィアも魔界に行かないとと言っていたな。メフィスもナルヴィも魔族だ。この状況下で魔界への逃げ道があるのならば、使わない筈がない。
中央に設置された転移石を見てみると、宝玉《オーブ》が設置され、魔界への扉が開かれていた。
宝玉《オーブ》から光線が放たれ、転移石の前に白いもやが広がっている。
丁度人ひとり潜れる程度の大きさだ。
俺のホームである、エスタール公国にも同じ物が設置され、何度か魔界の扉を潜ったことがある。その時は、魔族の街近くにある祠に繋がっていた。シャラクという名前の街だ。
「――ィリー!――」
何気なくそのもやを見ていると、小さく訪れた声が俺の耳を刺激した。
「なんだ? ……誰か、いるのか?」
痛む身体を堪え、もやの前まで近づく。
次第に、もやの中から聞こえてくる声が大きくなっていく。
「おい、誰かいるのか?」
もやごしに話しかけるが答えが返ってこない。
だが、何かの物音が聞こえてくる。女が何か呟く声がうっすらと聞こえてくる。
「おい! そこに誰か、いるのか?」
もやの向こうからは何も答えが返ってこない。
けれど、物音が近づいてくる。ゆっくりとこちらに向かってくる。
……敵か、味方か?
それとも、ことばの通じないモンスターか?
「ことばを使えるのならば、答えてくれ。誰かいないのか?」
それは、俺がことばを話しきった直後だった。
不意に、もやの前に人影が現れた。
細身の、女の姿をしたシルエット。
人の影がもやの前に立っていた。
「いるよ、あなたは……? これは、なに?」
女が光るもやの中で、不安そうな声を出す。
見慣れぬものに戸惑っている姿が、見えなくても想像できる。
「俺か? 俺は……」
続く言葉を見失い、ことばを止める。
ほんとうに俺は、何者なのだろうか。
日本という国で高校生をやっていた転生者だ。この世界で王子となり、なんとかこの歳まで生きてこられた。
謀略に晒され、今回のように命を奪われそうになった危険もしばしばだ。
愛する存在を失いながらも、なんとか生き延びてこれた。
だが、気がつけば、俺を深く愛してくれた存在を失っていた。
ただ、目の前にいる魔族に深い事情を話してもしょうがない。
俺が何者か、その答えに今、最も適したことばは――
「俺は――『人間』だ。この腐った世界に生まれた、ただの『人間』だ」
もや越しに見える魔族の影が、一際大きく揺らめいた。
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