群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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四章    ―― 夢と空の遺跡 ――

空 3 『空中ブランコ』

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「あれー! ノエル! 立派なお魚だねー!」
 焼いたレイレイ魚を手に持ち出かけた私は、お魚のプルプル漬けを売るエアの家まで辿り着いていた。

「うん、今日のお弁当にしようと思ったんだけど、お父さんもフィリーも要らないんだって」

「だから持ってきたんだ。美味しそうなのに勿体ないねー。食べよう食べよう!」
 早速とエアは天幕から離れ、家の扉を開く。

「お店はいいの? アレだったら中で待ってるよ」

「いいのー。今日は暇だし臨時休業ー!」
 いいのかそんな適当で。私としてはありがたいけど。
 騒ぐエアに連れられ、彼女の部屋まで辿り着く。
 緑の風魔法が飛び交い、みるみるうちに、中央のテーブルにティーセットが並べられていった。

 彼女の名はエア。私の暇つぶし……じゃない、大事な友達だ。
 人型の上半身に、鳥の下半身、両手は翼になっているセイレーン種で、ツガイはリレフっていう猫型のケットシーだ。

「でねー、その時のリレフの顔、ノエルにも見せたかったなー」

「もー、やめてあげなよエア。リレフが可哀想だよ」
 紅茶の受けに焼き魚という謎の組み合わせでお腹を満たしながら談笑する私たち。
 今の話題は、街の南にある濁流川っていう緩やかな川に、エア達が泳ぎに行った時の話だ。

 私も行ってみようかな。お母さんに水着を作ってもらって。
 ……いや、今のお母さんに水着を作らせるのは危険だ。フィリーとくっついてもらいたいあまり、どんな危ない水着を持たされるか分からない。

「ノエルもフィリーと行ってきなよー。今の時期はレイレイ魚コレもいっぱい泳いでるから、楽しいよ。」

「うん、今日はちょっと喧嘩しちゃったから時期を見て考えてみる」

「また喧嘩したのー? 相変わらずだね」

「たいしたことじゃないから大丈夫だよ。……多分」

「いい加減、交尾して落ち着きなよー。十六歳でしょ?」

「ちょ、エアまで……私だって分かってるんだけどさぁ……」
 魔族は一六歳から子供が作れるようになる。
 だから、誕生日を一ヶ月過ぎて何も進展がない私たちみたいな例は珍しいらしい。

 ちなみにエアはまだ十五歳だから、私と同じで色々と未経験だ。
 だからこその好奇心なのか、私に色々と余計なことを聞いてくる。
 
「折角、生まれのツガイと一緒に居るんだから、片一羽《カタワレ》みたく寂しい思いさせちゃ駄目だよー」
 片一羽《カタワレ》とは、生まれた時のツガイをなにかの事情で失ってしまった魔族のことだ。
 世界のどこかにいる、他の片一羽《カタワレ》のことを好きになるらしい。

 そして出会えれば、新しいツガイになる。

「やっぱり寂しいのかなぁ……あいつ、いつも通りだけど」

「そりゃそうだよー。また、何か作戦考えようか?」

「いい。駄目。遠慮しとく」
 この前はエアの考えた作戦の所為でえらい目に遭ってしまった。
 その時のトラウマが蘇る。

「いいけどー。向こうはちゃんと、ツガイとしてやっていこうって思ってるんだから、ノエルもちゃんとしなよー」
 そうなんだよなぁ……。
 魔族は一緒に生まれた相手と結婚するのが普通だから、とうぜんフィリーも私の事を好きで、私とずっと暮らしていきたいと思ってる。
 その気持ちに応えられないのは、私の我が儘だ。私がまだ、人の心を持っているからだ。

 魔族には人の意識ヒトノイという心の状態もあるらしい。
 人の意識ヒトノイになった魔族はツガイのしがらみから抜け出して、自分の好きに相手を見つけることができる。

 ツガイっていう生涯のパートナーがいるのに、わざわざ自分で相手を探すメリットなんてないから、人の意識ヒトノイの魔族は滅多にいないらしい。

 でも、もしかしたら、私は人の意識ヒトノイなんじゃないかと思っている。
 だって、私は元人間だ。人間の時の記憶もあるし、心が変わった実感もない。
 そう、まだ私は悠人のことを……。

「あー、また暗い顔してる! 変に考え込むのはノエルの悪い癖。怖いのは分かるけど、考え過ぎちゃ駄目だよ。ウダウダしてないで一回してみたらスッキリする!……ってママが言ってたよ」
 何を駄目な勘違いしたのか、エアが私の顔を見て見当違いの励ましをしてくる。
 相変わらず開放的なママだね……。

「そうだ、ノエル!」
 エアは部屋の中で羽ばたき大きめの窓の縁に立つ。

「こんな時は気分転換。暇なら、久しぶりに、アレやってみよ!」



 エアのおねだりを断り切れず、私は今、空を散歩している。
 長い紐で結ばれた板の上に立ち両腕で紐を握るブランコスタイルだ。
 紐の先はエアの足に括り付けられている。

「エアちゃんの提案だから、ちょっと心配だったけど、気持ちいいね」

「心配って何ー!?」
 下を見下ろし、小さくなったブルシャン近辺の光景につい、見とれる。
 楕円形をしたブルシャンは三つの区画に分かれている。
 行政区、居住区、商業区の三つだ。
 それぞれ建築様式のカラーリングが微妙に違うので、当然空から見る光景も色分けされていて、ティラミスみたいで見ていて楽しい。
 その回りを防壁が囲っていて、防壁の外は農業地区が広がっている。
 農業地区が終わったら、その先は大自然だ。あっちを向けば森が広がっているし、こっちを向けば大きな川が流れている。
 振り向けばドラゴン山脈だって一望できる。常見ニュータウンに住んでいた頃だと絶対に見られなかった光景だろう。

「大丈夫? 重くない?」

「私だってアレから特訓したんだよ。漬け物石で」
 それはそれで嫌だ。流石に漬け物石より重いんだけど、なんか気分的に嫌だ。

 私がまだ軽……げほん、小さかったころはエアとよくこうやって空中ブランコを楽しんでいた。
 景色をみているだけで楽しかったし、私たちの変な遊びを見て、飛べる魔族の子供達が集まってきてたりしていた。

 イーリス種のウェンディちゃんや、ハーピー種のピネシスちゃんとはその頃からの知り合い。どっちも十六歳を越えてしまったので、ちょっとだけ疎遠になっちゃったけど、今でもたまに女子会開いたりするくらいには仲良しだ。

「濁流川はあっちだねー。なんか泳いでる魔族もいるっぽいよー」
 ホバリングしていたエアが方向を修正し、私が見やすいようにしてくれる。

「ホントだねー行ってみる?」

「泳ぐなら水着いるでしょ? ノエル持ってるの?」

「う……持ってない」

「私のでよければ貸すよー。持ってるの上だけだけど」

「……遠慮しときます」
 水着上だけ装備とか、私は痴女か。
 それにエアは実のところ胸がある。
 鳩胸って言うのかな。それもあるけど、大きめの山が二つ、ちゃんとある。
 借りても、ぶかぶかだよね。きっと。

 …………。

 うるさい! 誰が幼児体型だ!

「何か言ったー?」

「なんでもない……あれ?」

「どうしたの? ノエル」
 心の中でセルフ突っ込みをしながら濁流川を見ていたんだけど、川の先、森の辺りで何かが光った気がした。
 鏡に光を反射させたような光。

 けれど、気になっていくら目を凝らしてみても、それからは何も光らない。

「気のせいかな? 川の先にある森でなにか光った気がしたけど」

「水の反射とかじゃなくて?」

「ううん、もっと人工的な……っていうか魔法的な? いっか。多分気のせい」

「誰か魔族がいるのかもねー。……そ、れ、よ、りも」
 エアの猫なで声……聞いた途端、背中に悪寒が走る。
 こ、この声は……ま、マズイ!

 がばりと見上げると、エアが不敵な笑みを浮かべている。マズイ。こんな笑顔の時のエアちゃんは、何か碌でもないこと考えている時だ。

「ノエルぅ、せっかくだし、特訓の成果試してみていい?」

「と、と、と、特訓? そ、それは拒否権あるの?」
 一応聞いてみる。そして答えは分かりきっている。

「なーい。いくよー! ちゃんと紐掴んでてねー!」

「ちょっと! エアちゃん待っ――ひぁ!?」
 私の叫び声を置いて、エアは大きく上昇する。緑の風が私たちを包み込んだ。そして――

「ちょっと! ちょっと! ちょっと! ちょっと!!!!」
 私を引き連れジェットコースターみたいに急下降するエア。ブルシャンがみるみるうちに大きくなり、それに合わせて私の叫び声も大きくなる。

「ストップ! ストーーーーーップぅぁあああああああああああ!!!!」
 商業区、居住区、行政区と駆け巡る私の叫び声。
 家と家の隙間を抜け、魔族と魔族の隙間を抜け、建物の隙間をハイスピードで駆け抜けるエア。そしてその後ろで振り落とされないように必死に紐にしがみつく私。

 ヤバい。このスピードで落ちたら死ぬ死ぬ死ぬぅああああああああ!!!!
 高い石柱の回りをぐるぐる回り、宙返りを三回繰り返し、ブルシャン中を駆ける。
 すれ違う魔族達は皆、何事かと驚いている。

「ねー! 気持ちイイでしょー!?」

「イイわけあるかぁ! 降ろして! いいから降ろし――あ゛っ」

「あ゛っ」
 宙返りをしたところで、私の手がズルリと滑り、天高く放りだされる私。
 私が放り出された事に気がついたエアが、慌てて進行方向を変える。そして――

 木の枝に頭をぶつけていた。

 え、嘘でしょ!? なんで肝心な時にアホの子になるの!?
 え、しかもアレ、気絶してない!?

 エアの頭、漫画みたいに星が回っているよ?
 なんか目をぐるぐる回してフラフラしているよ!?

 ……。
 私は覚悟を決めた。

 ……助けは来ない。

 ああ、ブルシャンがまた小さく見える。
 でもね、それはきっと一瞬なんだよ。
 私、飛べないもん。だから、重力に合わせて……

「ぎぁあああああああああああああ」
 みるみる近づいてくるブルシャン。そして居住区中央広場の石畳。
 落ちたら漫画みたいに私の形で穴が空くとか……ないよねー。ですよねー。

 ……。

 あ、コレ、終わった。

 死を覚悟した私。その視界の端に紫の閃光が映り込んできた。

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