群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

結-下巻①<二人1> 『合流』

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①【ロキ】

 光が、瞼の隙間から差し込んでくる。
 遠くから、鳥のさえずりが聞こえてくる。

 夢に誘われていた意識が急速に覚醒し、俺の頭を回転させていく。

「ここは……?」
 身を起こし、周りを見わたす。
 ごてごてとした装飾の施された高そうな家具達が俺を出迎える。
 寝かされていたベッドがぎしりと軋む。

「そうだ、俺は――」
 『眠り病』の調査のため、『森のノカ』へ向かった俺は真相を突き止めた。
 そして、大聖堂へと逃げ込んだナルヴィとバルドルを追い、ルスラン王国王都へと戻ってきていた。
 そして――

「……あ、起きました?」

「おおぅ!?」
 突然かけられた言葉につい声に出して驚く。

「ごめんなさい。驚かせました?」
 視線の先には少女がいた。ベッドの端に椅子が置かれ、上半身だけベッドに横たえている。ウェーブがかった白銀の長い髪がベッドの上で波打つ。少女はどうやら眠っていたようだ。目を擦りながら俺に笑いかけている。

「ソフィアか……。俺は眠っていたんだな」

「そうですよ。突然倒れたんで、びっくりしちゃいました」
 体中が軋む。眠る前には気にならなかったが、一晩眠っただけでは回復しきれないダメージを追っていたようだ。
 上半身裸にされ、体中に張られた傷口止めを擦りながら大きな伸びをする。

「ここは大聖堂のお客さん用の一室らしいです。お友達のエメットさんもすっごい焦ってました。王子様が無事で、本当に良かったです」

「やめてくれ、アイツとは友達でもなんでもない」
 虫唾が走る。妹じゃなければ頬を両側から思いっきり引っ張っているところだ。

 ……というか、

「着替えたんだな。随分とお姫様らしくなったものだ」
 ソフィアは青色のドレスに身を包み、髪には大きめのリボンまで付いている。
 まあ来ていた服は袖が燃えてたり血だらけになっていたりで着られたものじゃなかったからな。

「なんか、『教会』の女の人達に囲まれて着替えさせられました。お腹がとっても苦しいです」
 コルセット付きか。生地も高価な物だし、仕立ても良い。高い物だろうがやけに良く似合っている。流石は王族なだけのことはあるな。

「王子様……ありがとうございました」
 突然、お礼を言われ、俺の頭の中は疑問符でいっぱいになる。

「……何か俺は、礼を言われることをしたか?」
 心底分からない、といった俺の言葉に、ソフィアの大きな目が瞬きを繰り返す。

「あの時……頭に血が登っていた私を止めてくれました。ロキ王子が止めてくれなかったら、私は、バルドル王子を……」
 ああ、なんだ、そのことか。

「奴は三度死んでも足らないくらいのボンクラだ。だがその悪行の鉄槌を下すのはソフィアじゃない。そう思ったから止めたんだ」

「あの時は……死んでしまえと思ってましたけど、……多分、切った後に後悔していました。私は、きっとそのことでずっと苦しんでいた」

「そうだろうな。……まあ、気にするな。礼にも及ばない。あんな男のために心に傷を負う必要なんてない。そう思って行動した。それだけだ」
 俺の言葉を受け、ソフィアが何かを考え込む。

「……私は、酷い女です。あんなに好きだったのに、嫌いになって、死んでしまえと思ってしまいました」
 バルドルに甘い顔でもされたのだろう。兄弟だと思わなければ、腐った人間だと思わなければ、奴は甘いマスクで他人を騙せる男だ。そうなったのは無理もない。

「人間、他人を憎むことなんて、沢山ある。……殺しても飽き足らない。そう思っても仕方がない時だってあるだろう。だが、それは一瞬だ。その瞬間だけの怒りだ。少し時間を置いて、物事を深く考えられれば、違った道が生まれる時もある」

「……そうですね。今はもう、バルドル王子を殺したいとは思っていません」

「それでいい。どれだけのことが起こっても、怒りに身を任せるな。心の闇は連鎖する。復讐は復讐しか生まない。その暗闇の連鎖にソフィアが囚われないですむならば、止めた甲斐があったというものだ」

「いいことを言うね。聖職者のお役御免だ」

「おおうっ!?」
 突然の声に驚き、声があった場所に顔を向ける。エメットがソファーに腰掛け、紅茶を啜っていた。

「やあ、おはようロキ。目覚めて良かったよ」
 金髪チャラ導師の顔から広がったきらめきが、部屋中を飛び交った。



②【ソフィア】
「なるほどねぇ~そんなことが」
 ロキ王子の体験してきたことを聞き、エメットさんが大きくうなずく。私も振る舞われた紅茶を飲むことも忘れ、ロキ王子の体験談に耳を傾けていた。

 私が体験してきたことは、既にエメットさんには伝えていたけれど、ロキ王子の方も聞きたい、と言ってきたのだ。
 ちなみに今のロキ王子は襟付きの仕立ての良い貴族服を身につけている。
 寝ているときは気にとまらなかったけれど、目覚めたロキ王子は半裸だったから正直、目のやり場に困っていた。いつの間に部屋に来たのか分からないけれど、エメットさんが登場してくれて良かったよ。

「そ、それで? 結局『夜のノカ』地下で死んでいた女の人って誰だったんですか?」
 私の質問に、王子がその目を広げる。

「それは……」
 え、なに? なんで二人で見つめ合っているの?

「ごほん、それでロキはソフィアちゃんが危ないと思って助けに行ったわけだね」

「あ、ああ。高見の広場でソフィアを見かけ、『森のノカ』にいることは分かっていた。バルドルが居るのならば、王族であるソフィアにちょっかいを出さないわけがない。メフィスに尋ねてみると案の定、一緒に暮らしていた仲間だと言うじゃないか。慌ててソフィアの捕まっている牢屋まで行ってみたんだが、既にもぬけの空だった」
 私は、ロキ王子が居ることに、全く気がついていなかった。

「私はその時、バルドル王子に連れられて自分の家に向かっていました」
 そして、マシューの部屋でバルドル王子に……。

 ロキ王子に助けられなかったら、今頃私は、こんなところにいないだろう。

「こうしてみると、ロキ王子には沢山、助けられていますね」

「そんなことはないさ。ソフィアの話を聞いてみたら、俺だって助けられている」
 そんなことはある。だって、ロキ王子は……、私が小さいころも助けてくれた。
 あの時、ロキ王子が語りかけてくれたから、今の私があるんだ。

「だいたい分かったけれど……ロキは本当に、厄介ごとに巻き込まれるのが好きだね」

「どの口が言うか金髪ペテン師め。だいたい、お前、『教会』の不祥事を秘密にしたまま俺を送り込んだだろう。半年前の出来事を伝えた上で送ってくれたなら、俺の苦労の半分はなくなっていた」

「そう簡単に話せると思う? 僕だって話しときたかったけれど……上から色々言われていたんだよ。特に、君は王族なんだから。『教会』が不利になるような情報は流せなかったの」

「調べれば分かるようなことを隠してどうする」

「そこまで調べるか分からないじゃない。僕だってあの時は君が指輪の力を使ってぱぱっと戦闘員達を目覚めさせて、解決って流れだと思っていたんだし」

「俺が関わっているんだぞ。そんな面白みのない話になるはずがない!」

「自分で言っちゃう!?」

「あーっもう! 二人とも、やめましょう!」
 口げんかを始めた二人に割って入り、続ける。

「ロキ王子がいてくれたから、私は助かりました。そして、ナルヴィも、バルドル王子も助けられた私が倒した。これが決着です」
 経過がどうであれ、決着がついて全て丸く収まった。これでいいじゃない。
 けれど二人は難しい顔をしたままだ。

「そこなんだけどねぇ~、気になっているのは」

「ああ、実は俺もだ」

「気になっている……?」

「ソフィア、話を聞く限りだと、ナルヴィも生きている。バルドルも深手は負ったものの、生きたまま大聖堂から逃げ切った。……この事件、本当に決着がついたのか?」

「そこだよねぇ~。これもうちの不祥事なんだけど、思っている以上にバルドル王子を助ける教会員が多かったみたいだね。消息不明になった戦闘員が何人もいたよ。当然、バルドル王子は姿を消してしまった」

「ナルヴィはメフィスの夢魔法で眠りについている。ほとぼりが冷めるまで身を隠して、魔石の力を使って目覚めさせるつもりなのかもしれない」

「……バルドル王子本人も似たようなことを言っていました。そんな魔石、あるんですか?」

「回復型の魔法は稀少ながらもあるらしい。ルスランでは見たことも聞いたこともないがな。同じように受けた魔法を解除する魔法があっても不思議ではない」
 やっぱりあるんだ。
 だとしたら、折角メフィスが身を挺して眠らせたナルヴィもいつかまた目覚めてしまうかもしれない。

「じゃあ、その前に……私たちでなんとかしないと」

「とはいっても王都だけ見ても広いんだよ。バルドル王子がどこに隠れているのか見当も付かないよ」

「貴族街のバルドル邸宅は当然捜査したんだろうな」

「当然でしょ。そんな分かりやすいところには隠れてなかったねぇ~」

「離反した教会員宅はどうだ?」

「捜査対象に入ってる。どれもハズレ~」
 私の攻撃でそれなりの深手は追わせたから王都から離れた場所まではいかないはずだ。きっと、まだ王都のどこかにあの男は潜伏している。
 でも、一人の人間を探すには、王都は広すぎる。

 人も建物も多すぎる。
 そんなの、水の中で透明な相手を探すようなものだ。

 しばらく三人で机をはさみ、考えていると激しく扉を叩く音が響き、『教会』の人が慌てながら入ってきた。
「どうしたの? 血相を変えて」

「このパターンは、またどうせ碌でもないことだろうな」
 ロキ王子が皮肉たっぷりに言いながら冷めた紅茶に口を付ける。

 入ってきた男の人は、息を整えた後に、私たちに向かい言った。

「……宝玉《オーブ》が持ち去られました。恐らく、バルドル王子の仕業かと思われます」
 私達はこの後に及んで、事態を軽く見ていた。
 ほとぼりが冷めるまで大人しくしているはずだ。そう思い込んでいた。

 王族をなめていた。

 本当に、あの人はどうしようもない人だ。

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