群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ③<二人3> 『再会のふたり』

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⑥【ロキ】
 大聖堂の地下深くに、その場所は変わらずにあった。
 広いドーム状の天井からホタルみたいな光が放たれ雪のように散っている。

 広く丸い部屋の中央には転移石が設置され、浮かび上がりながら鈍い光を放っている。

 肩から息を吐きながら、俺はゆっくりと転移石へと近づく。
 手には、ナルヴィの口から回収した宝玉《オーブ》が握られていた。

「ここに、なんの用があるんですか?」
 俺の背後から声が届く。妹のソフィアが荒い息を吐きながらついてきていた。
 話を聞く限り、スタミナはある方だとは思うが、腰のコルセットが邪魔でしょうがないようだ。

「俺としたことが、デートの約束を、すっぽかすところだった」
 軽口を叩きながらも、心の奥では複雑な心境を抱えていた。

 俺は昨日、転移石の前で見知らぬ女と待ち合わせの約束を取り付けた。
 とは言っても、きっちり時間を決めたわけじゃない。
 それどころか、俺自身が、勝手に言い出しただけのことだ。

 あの女からしてみれば、約束を守る義務なんてどこにもない。

 それどころか約束の時間はとうに過ぎてしまっているかもしれない。

 間に合っていてくれ。そんな思いを抱えながら近づく。

 俺が多少遅れたのだとしても、待っていてくれ。顔も分からない女にそう願う。


 こんな事態ながらも、期待に俺の鼓動は高鳴っていた。
 少し話しただけの女のシルエットが頭に浮かぶ。

 もう一度、あの美しい手を持った女と会話を交わしたかった。

 ほんの僅かな会話だったが、あの時確かに、俺の心は揺れ動いた。

 もっと、この女のことを知りたい。そう感じていた。

「まったく、久しぶりだな……こんな感情は」

「はい?」
 俺の独り言を聞き、律儀に反応するソフィア。

「……さてと、やるか」
 転移石の前に立った俺は、気持ちを落ち着かせながら、窪みに宝玉《オーブ》をはめ込む。
 甲高い機械音が鳴り響き、転移石が輝きを高める。

 そして――宝玉《オーブ》から発生した光が集まり、転移石の前に、もやが発生した。

 唾を飲み込み、第一声の言葉を思い描く。
 そして――俺が声を出すよりも先に、女のシルエットがもやの向こう側に現れた。

「ちゃんと、約束守ってくれたんだね。『人間』」
 間違えようがない。昨日と同じ声、同じ話し方だ。
 もやの向こうには『魔族』の人影が立っていた。
 昨日、俺と話した時のまま、変わらぬ姿で。

 『魔族』の女が、もや越しに、『人間』の俺へと語りかけてきた。


⑦【ロキ】

「そこにいるのか? 『魔族』」
 俺の言葉に女はゆっくりと頷《うなず》く。
 言葉が脳内を駆け巡り、浮かんでは消えていく。

 現れてもらいたかった女が、本当に現れ、俺の思考が停止する。
 だがそれは一瞬のことだった。

「ねえ、うさんくさい人。ちょっとだけ、お願い事していいかな?」
 う、うさんくさいだと!?
 女の間の抜けた台詞に身体を巡っていた緊張が一気に解ける。

「ぶしつけだな。女。そして、うさんくさいとは心外だ」
 こっちのチャラ導師を見てみろ。比べたら俺の胡散臭さなど、微々たるものだ。
 というか、開口早々お願い事とはなんだ。
 今の俺達はそれどころじゃ――

「今から、魔族をふたり、そっちに送るから……護ってくれない? ほとぼりが冷めるまででいいよ」

 はい……?

 魔族をふたり……? しかも護れ?
 予想外の発言に言葉が詰まる。

 ……意味が分からない。魔族を託すから護ってくれだ?
 どう考えても、昨日、初めて会った人間の男に頼むようなことじゃない。
 一体、何を考えているんだこの女は。
 そもそも――

「色々言いたいことはあるが、それ以前に……『人間』の俺を信用するのか?」
 そう、俺は昨日会ったばかりの、それも人間だぞ。

「あなたは私を、フィリーを助けてくれた。あなたが居たから、私は『魔族』になれる……あなたは悪い人間じゃない。……あなたのことは信頼できる」
 そうか。この女の仲間、フィリーなる魔族はどうやら『眠り病』から解放されたようだな。俺が託した指輪が少しでも役に立ったのならば良いが……。

 ……信頼か。――
 突然願い事をされた瞬間は面を食らったが、よくよく考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。
 俺はこの女を信頼し、指輪を託した。
 そして、この女は指輪の力を使い、無事仲間を助けることができた。

 だから、指輪を託した俺を信頼した。
 信頼から、信頼が生まれただけ。思いが連鎖しただけのことだ。
 俺の善意から信頼が生まれた。
 ……それは、純粋に、素直に、嬉しい。

「なにかは分からないが、手が綺麗な女に信頼されるのは悪くはないな」
 そう、他人に信頼されるのは、悪くない。
 頼みごとをされるのも、そう悪い気持ちにはならない。

 シルワ、俺は今更ながらやっと本当の意味で理解できた気がする。
 お前はこの関係を求めていたのだな。

「じゃあ、いい?」
 女の問いかけに、笑う。
 迷うことなど、何もない。俺の答えは、とうに決まっているのだから。

「……そうだな、構わない。見知らぬ魔族の頼みを受ける。それもまた、一興だ」
 俺の言葉を受け、女はもやから離れなにやら話をしている。

 それにしても、妙な頼み事を引き受けてしまったものだ。
 俺の目的はもっと別の所にあったんだが――

「ロキ王子……」

「うぉ!?」
 突然声をかけられ、振り返るとソフィアが眉を潜めて俺を見上げている。
 青色のドレスが震えている。
 そういえば、ほったらかしにしてしまっていたな。魔族の女との会話に集中しすぎていた。

「血相を変えて走り出したと思ったら……女の人と待ち合わせですか!? 今の状況、本当に分かっていますか!?」

「いや、違う。……後できちんと説明するが、これはナルヴィ対策の一環だ」

「どこがですか! なんでこんな状況で、楽しそうに会話できるんですか! いいです、私ここにいてもしょうがないから、一人で皆を助けに――」
「ま、待て。お前を一人にしたら何をしでかすか――」
 目を見開くソフィアに釣られ、視線の先を追う。そして、それを見た瞬間、話していた言葉が全て吹き飛ぶ。

 ソフィアの視線はもやに向けられていた。
 宝玉《オーブ》の光が集まったもやが激しく波打っていた。そこから長く鋭い槍のようなものがゆっくりと現れる。
 それは、角だった。額から長い角を生やした美しい女がゆっくりともやの中から現れた。
 俺達の存在に気がつき、微笑みを浮かべる。

 女の歩みに合わせて、地に着きそうなほど長い銀髪が揺れている。
 女の着る、仕立ての良さそうなローブが音を立てる。

「き、きれい……」
 心の底から出た、ソフィアの賛辞だろう。そしてそれは、俺も同じ心境だった。
 それはまるで絵画の一部のような、崇高な美しさを秘めた存在だった。

 女がもやのある方向に顔を向ける。
 再び、もやに波紋が広がる。人影が、濃くなっていく。

 そして――

「嘘だろ、おい……」
 驚きが、自然と口に出てしまう。俺の小さな呟きに、ソフィアが顔を向けた。
 俺の表情と、それを見て、察したのだろう。

「……王子、知っている魔族ですか」

「ああ、……良く知っている」
 確かに俺は、指輪を託した女に、その願いを込めていた。
 仲間を説得する、と言っていた女に、自分の気持ちを託した。

「本当に、やってくれたんだな。『魔族』の女」
 もやから現れたのは、一人の男だった。
 黒いローブを身にまとい、袖からは毛むくじゃらの手が見えている。
 フードは脱いでいた。顔がはっきりと分かる。
 長い鼻をこしらえて、大きな耳を広げている。

 優しげな瞳を、角の生えた女へと向けている。

「……ロキ、王子、……あの魔族、私の、私の知っている魔族ですか?」
 ぬいぐるみの時とそう変わらない顔の造形だ。
 ソフィアも一目見て、気がついたはずだ。それでも確認するように、俺に尋ねてくる。
 声が大きく震えている。

「答えて下さい。……私の知っている魔族ですか?」

「ああ、ソフィアのよく知る、魔族だ」
 ソフィアが言葉にならない歓喜の声を上げる。

「……行ってこい」
 背中を押すと、ソフィアはメフィスのもとに飛ぶように駆けていった。
 その勢いのまま、メフィスに抱きつく。

 困惑するメフィスを余所目に、ソフィアはメフィスの名前を連呼しながら大きな声で泣き始めた。


⑧【ロキ】

「『人間』の人、ふたりをお願いね」
 もやの中にいる魔族の女が語りかけてきた。

「驚いたな。この男か。説得したのか?」
 本当に驚いた。メフィスの本体が言葉の通り魔族を滅ぼすつもりだったのならば、当然、この女とも敵対したはずだ。
 知るよしもないが、この女はこの女で、何か別の戦いがあったのかもしれないな。

 泣きじゃくるソフィアはメフィスと角の生えた女に連れられ、部屋の外へと出て行った。
 この部屋に立つのは俺と――。

「心を元に戻したのは、隣のユニコーンの方だよ」
 もやの中に見える、この女の人影だけだ。

「……そうか。もうこの扉は閉じていいんだな。お前は来ないのか?」
 期待が一瞬だけ顔を見せる。
 だが、俺の期待に反して、女は首を振った。

「……私はただの『魔族』。私の居場所はこっちだよ」
 そうか。それならば、仕方がない。
 せめて顔ぐらいは拝みたかったんだがな。
 シルエット通り、人間の姿ならば、……いや、魔族の姿であったとしても、少し腰を据えて話したい女だった。
 ……今は難しいが、落ち着いたら、茶会にでも誘ってみるか。

「少し残念だ。お前とは、もう少し親睦を深めたかった」

「残念でした。私には先約がいます」
 ……。
 茶会に誘うのはやめておこう。

 な、なあに、元々人間と魔族だ。環境も、立場も、何もかもが違う。
 元から、脈など微塵たりともなかった。

 ……悔しくなど、ない。

「そうか。ならば口説くのは諦めよう。事情は、このふたりに聞けばいいんだな?」

「うん。……ごほんっ、あー、男。悪いけど、詳しく説明している暇はなさそうだ」
 不意を突かれた女の軽い口調に、ついつい噴き出してしまう。

「どこかで聞いたセリフだな」
 楽しい女じゃないか。仮に、町中で出会った間柄だったとしたら、きっと、気の合う相手になれたことだろう。

 ……駄目だな。これ以上話したら、本当に欲しくなってしまう。

「……じゃあ名残惜しいがこれでお別れだ」

「あ、待って。もう会うこともないだろうから、言うね」
 女の言葉に心が揺らぐ。
 もう会うこともない、か。
 ……そうだな。俺も、そう思う。

「おそらく二度と、こうして話すことはないだろうな。……だから、聞こう」

「……色々とありがとう」
 何故かお礼を言われてしまった。
 俺はただ、指輪を託しただけだ。フィリーなる仲間を助けたのも、メフィスを救い出したのも、全てこの魔族が頑張った結果だろうに。

「こちらこそ。……ありがとう」
 本当にありがとう。メフィスを人間界に送ってくれて。

 こんな俺の事を、信頼できると言ってくれて。

 少し話しただけの相手に信頼される。それがどれだけ嬉しいことか。
 それを教えてくれて、本当にありがとう。

 俺は、君に、今日……救われた。

「……じゃあな『魔族』」

「うん、元気でね『人間』」
 宝玉《オーブ》を外すと、光るもやは、霞のように消え去った。

 『魔界』への扉は閉じられた。

        ****

「さてと……」
 感傷に浸ってないで、やるべき事をやらないとな。
 今この時にも、ナルヴィの作り出した巨人は王都を滅茶苦茶にしている。

 俺はその現状を打破するために、ここへと向かった。

 そして、思っていた以上の成果を得ることができた。

「役者は揃った……後は――」
 全てのケリを付けるだけだ。

 『森のノカ』から始まったこの一連の出来事も、いよいよもって大詰めだ。


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