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第2章:実家という名の債務者
第15話:消えた教育費の行方
隠し部屋に漂う埃っぽい空気が、エレナの魔力によって微かに振動していた。
リュカが慎重に机の上の『誓約書』を取り上げ、眼鏡をかけ直してその内容を精読する。時間が経つにつれ、彼の眉間の皺が深くなっていくのを、エレナは静かに見守っていた。
「……信じられませんね。これほどまでの『悪意』が公文書に紛れ込んでいるとは」
リュカが低い声で読み上げたその内容は、あまりにも凄惨なものだった。
かつてエレナが「魔導の天才」と謳われた幼少期、亡き母はエレナを王立魔導院の最高課程へ進学させるべく、莫大な信託金を遺していた。しかし、伯爵は彼女の死後、王家の一部の派閥と密約を交わし、その資金を「教育費」ではなく、自身の「王宮での序列を買うための賄賂」として横流ししていたのだ。
「お父様。貴方は……私を魔導師として育てるための予算を、自分の椅子の脚を金にするために使ったのですか?」
エレナの声には、怒りさえ通り越した深い虚脱感が混じっていた。
彼女が十年間、カシアンの側で魔力を供給し続け、ボロボロになってもこの家に縋り付いていたのは、幼い頃に父が言った「家のために学費を我慢してくれ、お前が公爵夫人になれば、失われた時間は取り戻せる」という嘘を信じていたからだ。
「ち、違う! あれは……我が家が王宮で発言力を得るための、必要な先行投資だったんだ!」
伯爵は、崩れ落ちた椅子に縋り付きながら喚いた。
「お前だって、魔導院に行かなくとも英雄の婚約者としてちやほやされただろう! むしろ、私が環境を整えてやったおかげだ!」
「環境……? 私から学びの機会を奪い、研究の翼を折り、ただの『魔力供給機』としてカシアンに差し出したことが、環境だとおっしゃるのですか?」
エレナの手元で、母の研究日誌が青白い炎を放つように光った。
日誌の余白には、母の筆跡でこう記されていた。
『エレナ、貴女の才能は愛されるためにある。決して、誰かの野心の道具になってはいけない』
「リュカ様。……計算を」
「承知いたしました」
リュカは手帳を広げ、無機質な金貨の音を立てるかのように、数字を刻んでいく。
「伯爵。貴殿が流用した信託金、および王家から支払われていた『魔導令嬢育成補助金』。十年分の複利と、不当利得による損害賠償金を加味しますと……総額でラングリス伯爵領の全資産、ならびに屋敷の権利すべてを売却しても、三割にしか満たない額になります」
「な……な、なんだと……っ!?」
「さらに、王家より親書が届いております。……読みますね。『ラングリス伯爵の不正を重く受け止め、本日をもって爵位を剥奪。同時に、エレナ・フォン・ラングリスを王家直属の特別監査官に任命し、伯爵領の全管理権を彼女へ譲渡する』。……つまり、貴方はもう、この家の主ですらありません」
その言葉が、伯爵への最後の一撃となった。
彼は喉からヒュッという音を漏らし、そのまま白目を剥いて床に倒れ込んだ。
廊下では、宝石を隠し持って逃げようとしていた継母が、徴収官たちに両腕を掴まれ、無様に喚き散らしている。セシルはただ、鏡に映る自分の青ざめた顔を見て、廃人のように座り込んでいた。
「……リュカ様。この家にあるものは、すべて私の『徴収品』としてリストに」
エレナは一度も振り返ることなく、隠し部屋を出た。
彼女の目には、もはや過去への未練など一滴も残っていない。
「次は、この『誓約書』にサインをした、王宮の裏側を精算しに参りましょう」
リュカが慎重に机の上の『誓約書』を取り上げ、眼鏡をかけ直してその内容を精読する。時間が経つにつれ、彼の眉間の皺が深くなっていくのを、エレナは静かに見守っていた。
「……信じられませんね。これほどまでの『悪意』が公文書に紛れ込んでいるとは」
リュカが低い声で読み上げたその内容は、あまりにも凄惨なものだった。
かつてエレナが「魔導の天才」と謳われた幼少期、亡き母はエレナを王立魔導院の最高課程へ進学させるべく、莫大な信託金を遺していた。しかし、伯爵は彼女の死後、王家の一部の派閥と密約を交わし、その資金を「教育費」ではなく、自身の「王宮での序列を買うための賄賂」として横流ししていたのだ。
「お父様。貴方は……私を魔導師として育てるための予算を、自分の椅子の脚を金にするために使ったのですか?」
エレナの声には、怒りさえ通り越した深い虚脱感が混じっていた。
彼女が十年間、カシアンの側で魔力を供給し続け、ボロボロになってもこの家に縋り付いていたのは、幼い頃に父が言った「家のために学費を我慢してくれ、お前が公爵夫人になれば、失われた時間は取り戻せる」という嘘を信じていたからだ。
「ち、違う! あれは……我が家が王宮で発言力を得るための、必要な先行投資だったんだ!」
伯爵は、崩れ落ちた椅子に縋り付きながら喚いた。
「お前だって、魔導院に行かなくとも英雄の婚約者としてちやほやされただろう! むしろ、私が環境を整えてやったおかげだ!」
「環境……? 私から学びの機会を奪い、研究の翼を折り、ただの『魔力供給機』としてカシアンに差し出したことが、環境だとおっしゃるのですか?」
エレナの手元で、母の研究日誌が青白い炎を放つように光った。
日誌の余白には、母の筆跡でこう記されていた。
『エレナ、貴女の才能は愛されるためにある。決して、誰かの野心の道具になってはいけない』
「リュカ様。……計算を」
「承知いたしました」
リュカは手帳を広げ、無機質な金貨の音を立てるかのように、数字を刻んでいく。
「伯爵。貴殿が流用した信託金、および王家から支払われていた『魔導令嬢育成補助金』。十年分の複利と、不当利得による損害賠償金を加味しますと……総額でラングリス伯爵領の全資産、ならびに屋敷の権利すべてを売却しても、三割にしか満たない額になります」
「な……な、なんだと……っ!?」
「さらに、王家より親書が届いております。……読みますね。『ラングリス伯爵の不正を重く受け止め、本日をもって爵位を剥奪。同時に、エレナ・フォン・ラングリスを王家直属の特別監査官に任命し、伯爵領の全管理権を彼女へ譲渡する』。……つまり、貴方はもう、この家の主ですらありません」
その言葉が、伯爵への最後の一撃となった。
彼は喉からヒュッという音を漏らし、そのまま白目を剥いて床に倒れ込んだ。
廊下では、宝石を隠し持って逃げようとしていた継母が、徴収官たちに両腕を掴まれ、無様に喚き散らしている。セシルはただ、鏡に映る自分の青ざめた顔を見て、廃人のように座り込んでいた。
「……リュカ様。この家にあるものは、すべて私の『徴収品』としてリストに」
エレナは一度も振り返ることなく、隠し部屋を出た。
彼女の目には、もはや過去への未練など一滴も残っていない。
「次は、この『誓約書』にサインをした、王宮の裏側を精算しに参りましょう」
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