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第2章:実家という名の債務者
第16話:血の絆の精算
かつては贅の限りを尽くしたラングリス伯爵邸の食堂。
シャンデリアの輝きは失われ、重厚なテーブルの上には、豪華な装飾品の代わりに山のような「負債明細書」が積み上がっていた。
「……信じられない。私が、あんな冷たい離れで、こんな汚い服を着て過ごせと言うの!?」
床に跪かされたセシルが、自分の着せられた粗末な麻の服を見て悲鳴を上げた。隣では、爵位を剥奪された「元」伯爵が、震える手で自身の財産目録を眺めている。
上座に座るエレナは、かつて彼女を無視し続けた料理人が淹れた、最上級の茶を一口啜った。
「セシル。貴女が着ているその服は、私が十年間着ていたものと同じ素材ですよ。肌に馴染まないでしょう? 私はその感触を、皮膚の感覚が麻痺するまで味わいました」
「そんなの、お姉様が勝手に……っ!」
「『役に立たない居候は、動いてその価値を証明するしかないわよね』。――六年前の冬、私が熱を出して寝込んでいた時、貴女が私の毛布を剥ぎ取って言った言葉です。覚えていますか?」
エレナの静かな問いに、セシルは息を呑んだ。
エレナは傍らのリュカに視線を送る。彼は待機していたかのように、三枚の『強制奉公契約書』を彼らの前に並べた。
「伯爵、および元家族の皆様。貴殿らがエレナ様に負っている債務は、金銭に換算すると伯爵領の運営益三百年間分に相当します。到底、一生では返しきれません」
リュカが眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせる。
「よって、王立税務局の特別措置として、債務の一部を『労働』によって徴収することを決定しました。明日より、皆様にはこの屋敷の『清掃』および『魔力触媒の洗浄』、そして領内での『農作業』に従事していただきます」
「私が、土に触れるだと……!? 冗談ではない!」
元伯爵が激昂したが、エレナが軽く指を鳴らすと、彼らの首に巻かれた魔導具の枷が青く発光し、強制的な制止(ホールド)をかけた。
「冗談ではありません。今日から貴方たちは、この屋敷の主人ではなく、私の所有物――『債務者1号、2号、3号』です。使用人も、贅沢な食事も、ふかふかのベッドも、すべて没収しました。食事は一日に二回、硬いパンと薄いスープ。……私が耐えてきた、あの『家族愛』に満ちたメニューです」
エレナが席を立ち、震えるセシルの前で足を止めた。
「お姉様、お願い、許して……!」
「許す? 勘違いしないで。私は貴女たちを憎んでなどいません。ただ、借りたものを返していただくだけです。……まずは、その荒れた手で雑巾を握ることから始めてください。十年前の私と同じようにね」
エレナが食堂を去る背後に、セシルの絶望的な鳴き声が響いた。
かつての加害者が、被害者の座へと突き落とされる。それは血の絆という名の甘えを切り捨てた、エレナによる完璧な清算だった。
「……リュカ様。これで、私の『過去』の掃除は終わりました」
テラスに出たエレナに、リュカが静かに寄り添う。
「お疲れ様でした、エレナ様。……ですが、伯爵が隠し持っていた書類の中に、気になる記述がありました。王家がなぜ、これほどまでに貴女の魔力を『独占』したがったのか。……どうやら、この国の根幹には、もっと巨大な『未払い』があるようです」
エレナの瞳に、新たな「徴収官」としての光が宿る。
彼女の戦いは、もはや個人の復讐を超え、国家という巨大な債務者へと向かおうとしていた。
シャンデリアの輝きは失われ、重厚なテーブルの上には、豪華な装飾品の代わりに山のような「負債明細書」が積み上がっていた。
「……信じられない。私が、あんな冷たい離れで、こんな汚い服を着て過ごせと言うの!?」
床に跪かされたセシルが、自分の着せられた粗末な麻の服を見て悲鳴を上げた。隣では、爵位を剥奪された「元」伯爵が、震える手で自身の財産目録を眺めている。
上座に座るエレナは、かつて彼女を無視し続けた料理人が淹れた、最上級の茶を一口啜った。
「セシル。貴女が着ているその服は、私が十年間着ていたものと同じ素材ですよ。肌に馴染まないでしょう? 私はその感触を、皮膚の感覚が麻痺するまで味わいました」
「そんなの、お姉様が勝手に……っ!」
「『役に立たない居候は、動いてその価値を証明するしかないわよね』。――六年前の冬、私が熱を出して寝込んでいた時、貴女が私の毛布を剥ぎ取って言った言葉です。覚えていますか?」
エレナの静かな問いに、セシルは息を呑んだ。
エレナは傍らのリュカに視線を送る。彼は待機していたかのように、三枚の『強制奉公契約書』を彼らの前に並べた。
「伯爵、および元家族の皆様。貴殿らがエレナ様に負っている債務は、金銭に換算すると伯爵領の運営益三百年間分に相当します。到底、一生では返しきれません」
リュカが眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせる。
「よって、王立税務局の特別措置として、債務の一部を『労働』によって徴収することを決定しました。明日より、皆様にはこの屋敷の『清掃』および『魔力触媒の洗浄』、そして領内での『農作業』に従事していただきます」
「私が、土に触れるだと……!? 冗談ではない!」
元伯爵が激昂したが、エレナが軽く指を鳴らすと、彼らの首に巻かれた魔導具の枷が青く発光し、強制的な制止(ホールド)をかけた。
「冗談ではありません。今日から貴方たちは、この屋敷の主人ではなく、私の所有物――『債務者1号、2号、3号』です。使用人も、贅沢な食事も、ふかふかのベッドも、すべて没収しました。食事は一日に二回、硬いパンと薄いスープ。……私が耐えてきた、あの『家族愛』に満ちたメニューです」
エレナが席を立ち、震えるセシルの前で足を止めた。
「お姉様、お願い、許して……!」
「許す? 勘違いしないで。私は貴女たちを憎んでなどいません。ただ、借りたものを返していただくだけです。……まずは、その荒れた手で雑巾を握ることから始めてください。十年前の私と同じようにね」
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かつての加害者が、被害者の座へと突き落とされる。それは血の絆という名の甘えを切り捨てた、エレナによる完璧な清算だった。
「……リュカ様。これで、私の『過去』の掃除は終わりました」
テラスに出たエレナに、リュカが静かに寄り添う。
「お疲れ様でした、エレナ様。……ですが、伯爵が隠し持っていた書類の中に、気になる記述がありました。王家がなぜ、これほどまでに貴女の魔力を『独占』したがったのか。……どうやら、この国の根幹には、もっと巨大な『未払い』があるようです」
エレナの瞳に、新たな「徴収官」としての光が宿る。
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