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第23話:最後の一日、最初の恋
その日の朝、アルベルトは弱り果てたエルゼを抱き上げ、離宮の裏手に広がる丘へと向かった。
かつて、幼い日の彼が「いつか連れて行ってやる」と、名も知らぬ少女に約束した、見渡す限りの花が咲き乱れる場所。
エルゼの瞳には、もう光は届かない。
彼女の髪は白銀に染まり、その体は羽毛のように軽くなっていた。アルベルトは、彼女を壊さないように、けれど片時も離したくないと願うように、強く抱きしめて歩を進める。
「……アル、ベルト……様……?」
腕の中で、彼女が微かに唇を動かした。
混濁した意識の中で、彼女はようやく「優しい雨」の正体が、自分が命を懸けて救った最愛の男であることに気づいたようだった。
「ああ、私だ。エルゼ、着いたよ。……見てごらん、約束の花畑だ」
アルベルトは丘の頂に座り、彼女を自分の膝の上に抱き寄せた。
実際には、季節外れの冷たい風が吹き、花々の多くは枯れかけていた。だが、アルベルトは彼女の耳元で、震える声を必死に抑えながら、この世で最も美しい「嘘」を紡ぎ始めた。
「空は透き通るような青だ。……足元には、君の瞳のような、優しい色の花が何万、何十万と揺れているよ。太陽の光が君の髪を照らして、まるで君自身が光の中に溶けているみたいだ」
アルベルトの頬を、大粒の涙が伝い落ちる。
視界が歪んで、目の前の景色など見えもしない。それでも彼は、彼女に「最高の世界」を見せてやりたくて、言葉を重ね続けた。
「……綺麗……ね……」
エルゼが、震える手を宙に伸ばした。
アルベルトはその手をとり、自分の涙で濡れた頬に導く。エルゼは、彼が泣いていることを悟りながらも、それを指摘することはしなかった。彼女はただ、彼が自分に見せてくれようとしている「青い空」と「輝く花」を、心の中に鮮明に描き出していた。
「幸せ……。……アルベルト様、わたくし……とっても……幸せです」
彼女の微笑みは、聖女としての重責も、身代わりの苦痛も、すべてから解き放たれた、ただの少女のものだった。
アルベルトは彼女の額に頭を預け、嗚咽を漏らした。
「すまない、エルゼ……。本当は、もっと早く……もっとたくさんの景色を、お前に見せてやるべきだったんだ。……お前を、あんな暗い部屋で、一人きりに……」
「いいえ……。今の、この時間が……わたくしの、人生の……すべてです。……あなたに、抱きしめて……もらえたから……」
エルゼの呼吸が、一段と浅くなる。
彼女の指から力が抜け、アルベルトの頬を滑り落ちた。
その時だった。
穏やかな花畑の空気が、突如として禍々しい冷気に包まれた。
遠く王宮の方向から、黒い霧のような「敵の呪い」が、聖女の命の灯火が消えゆく隙を狙って、アルベルトを、そしてこの国を飲み込もうと這い寄ってきたのだ。
アルベルトは、迫りくる死の影に気づき、エルゼを守るように身を伏せた。
だが、エルゼは最後の力を振り絞り、彼の胸を押し返した。
(……だめ……。アルベルト様だけは……守らなきゃ……)
彼女の魂が、光り輝き始める。
それは、彼女の人生に残された最後の「命の欠片」。
彼女は、自分が救われることよりも、彼が明日も生きることを選んだ。
「エルゼ! よせ、もういいんだ! 私と一緒に……!」
アルベルトの絶叫も虚しく、エルゼの体から溢れ出した純白の光が、アルベルトを包み込む「最強の鎧」へと変わっていく。
二人の最初で最後のデートは、あまりにも残酷な、命を懸けた守護の儀式へと変質していった。
かつて、幼い日の彼が「いつか連れて行ってやる」と、名も知らぬ少女に約束した、見渡す限りの花が咲き乱れる場所。
エルゼの瞳には、もう光は届かない。
彼女の髪は白銀に染まり、その体は羽毛のように軽くなっていた。アルベルトは、彼女を壊さないように、けれど片時も離したくないと願うように、強く抱きしめて歩を進める。
「……アル、ベルト……様……?」
腕の中で、彼女が微かに唇を動かした。
混濁した意識の中で、彼女はようやく「優しい雨」の正体が、自分が命を懸けて救った最愛の男であることに気づいたようだった。
「ああ、私だ。エルゼ、着いたよ。……見てごらん、約束の花畑だ」
アルベルトは丘の頂に座り、彼女を自分の膝の上に抱き寄せた。
実際には、季節外れの冷たい風が吹き、花々の多くは枯れかけていた。だが、アルベルトは彼女の耳元で、震える声を必死に抑えながら、この世で最も美しい「嘘」を紡ぎ始めた。
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アルベルトの頬を、大粒の涙が伝い落ちる。
視界が歪んで、目の前の景色など見えもしない。それでも彼は、彼女に「最高の世界」を見せてやりたくて、言葉を重ね続けた。
「……綺麗……ね……」
エルゼが、震える手を宙に伸ばした。
アルベルトはその手をとり、自分の涙で濡れた頬に導く。エルゼは、彼が泣いていることを悟りながらも、それを指摘することはしなかった。彼女はただ、彼が自分に見せてくれようとしている「青い空」と「輝く花」を、心の中に鮮明に描き出していた。
「幸せ……。……アルベルト様、わたくし……とっても……幸せです」
彼女の微笑みは、聖女としての重責も、身代わりの苦痛も、すべてから解き放たれた、ただの少女のものだった。
アルベルトは彼女の額に頭を預け、嗚咽を漏らした。
「すまない、エルゼ……。本当は、もっと早く……もっとたくさんの景色を、お前に見せてやるべきだったんだ。……お前を、あんな暗い部屋で、一人きりに……」
「いいえ……。今の、この時間が……わたくしの、人生の……すべてです。……あなたに、抱きしめて……もらえたから……」
エルゼの呼吸が、一段と浅くなる。
彼女の指から力が抜け、アルベルトの頬を滑り落ちた。
その時だった。
穏やかな花畑の空気が、突如として禍々しい冷気に包まれた。
遠く王宮の方向から、黒い霧のような「敵の呪い」が、聖女の命の灯火が消えゆく隙を狙って、アルベルトを、そしてこの国を飲み込もうと這い寄ってきたのだ。
アルベルトは、迫りくる死の影に気づき、エルゼを守るように身を伏せた。
だが、エルゼは最後の力を振り絞り、彼の胸を押し返した。
(……だめ……。アルベルト様だけは……守らなきゃ……)
彼女の魂が、光り輝き始める。
それは、彼女の人生に残された最後の「命の欠片」。
彼女は、自分が救われることよりも、彼が明日も生きることを選んだ。
「エルゼ! よせ、もういいんだ! 私と一緒に……!」
アルベルトの絶叫も虚しく、エルゼの体から溢れ出した純白の光が、アルベルトを包み込む「最強の鎧」へと変わっていく。
二人の最初で最後のデートは、あまりにも残酷な、命を懸けた守護の儀式へと変質していった。
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