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第二章:冷徹皇帝と、癒えゆく心
第13話:元いた国の異変
王国の第一騎士団演習場には、鈍い金属音と、場にそぐわない罵声が響き渡っていた。
「……っ、ハァッ、ハァッ……! なんだ、お前たちのその動きは! やる気がないなら今すぐ剣を捨てろ!」
レオンが、模擬戦の相手をしていた部下を力任せに突き飛ばす。
突き飛ばされた騎士は地面を転がり、痛みに顔を歪めた。周囲の騎士たちの間には、困惑と、そして隠しきれない不信感が漂っている。
それもそのはずだった。
レオンの剣筋は、かつての鋭さを完全に失っていた。
一撃一撃に無駄な力が入り、呼吸はすぐに乱れる。何より、彼の右腕の傷は、包帯の上からでも分かるほど赤黒く腫れ上がっていた。
「団長、その……一度、王立病院の魔導医師に診てもらった方がよろしいのでは。アリア様がいなくなってから、もう二週間も経ちますが、その傷は一向に……」
「黙れと言っているだろうが!」
親身になって進言した部下の胸ぐらを、レオンが掴み上げる。
その瞳は血走り、余裕など微塵も感じられない。
「あんな地味で何の取り柄もない女一人がいなくなったくらいで、俺の剣が変わるはずがない! 俺は騎士団長だぞ! 聖女の加護などなくとも、俺自身の力で……!」
その時だった。
レオンの腕に、走るような激痛が走った。
「ぐ、あああぁっ!」
彼は腕を押さえて、その場に膝をつく。
傷口から、どす黒い魔力が霧のように漏れ出していた。
アリアが施していた「無自覚な聖域」は、単なる治療ではない。
レオンが戦いで酷使し、破綻しかけていた彼の魔力回路を、彼女が身代わりとなって修復し続けていたのだ。
支えを失った回路は、今や暴走を始め、主であるレオンの肉体を内側から焼き始めていた。
「レオン様! 大丈夫ですか!」
駆け寄ろうとする部下たちを、冷ややかな声が遮った。
「見苦しいわね。かつての無敵の騎士団長様が、そんな無様な姿を晒すなんて」
演習場に現れたのは、華やかなドレスを纏った公爵令嬢、カトリーヌだった。
レオンがアリアを差し置いて、国宝級の宝石を贈り、甘い言葉を囁いていた「本命」の女性だ。
「カトリーヌ……。君、俺を心配して……」
「心配? 笑わせないで。怪我が治らないせいで次の遠征も中止になったそうじゃない。陛下も仰っていたわ。アリアがいなくなってから、あなたの使い勝手が極端に悪くなったって」
カトリーヌは、扇子で口元を隠しながら、ゴミを見るような目でレオンを見下ろした。
「私が愛していたのは、『常勝無敗の英雄』としてのあなたよ。ただの怪我も治せない無能な男に、何の価値があるのかしら?」
「な……っ!? 君、何を……あんなに愛してると……」
「愛? ああ、あの賭けの話かしら。アリアをいつまで騙せるか、みんなで賭けていたの。私も一枚噛んでいたけれど、まさか本当に逃げられるなんてね」
レオンの顔から血の気が引いていく。
彼がアリアに浴びせていた冷酷な言葉が、今、彼自身に突き刺さる。
「……あんな地味女、どこへ行ったか知れないが、どうせ今頃野垂れ死んでいるわ。でも、おかげで私たちの楽しみも台無しよ。……さよなら、レオン。もう私の前に現れないで」
踵を返して去っていくカトリーヌ。
レオンは、震える手で地面を叩いた。
「嘘だ……嘘だ……! 俺は、俺は選ばれた人間なんだ! アリア……! あいつだ、あいつが俺に何かしたんだ! おい、今すぐアリアを探せ! 首を掴んででも連れ戻してこい!」
静まり返った演習場に、レオンの虚しい叫びだけが響く。
かつて彼を羨望の眼差しで見ていた騎士たちは、今や一言も発することなく、彼から目を逸らした。
誰もが気づき始めていた。
王国の平和も、騎士団の栄光も、すべてはたった一人の少女の、無償の愛の上に築かれた砂の城だったことに。
そしてその頃、隣国の帝国では。
アリアが、ジークハルトの差し出した極上のマカロンを頬張り、生まれて初めて「美味しい」と微笑んでいた。
「……っ、ハァッ、ハァッ……! なんだ、お前たちのその動きは! やる気がないなら今すぐ剣を捨てろ!」
レオンが、模擬戦の相手をしていた部下を力任せに突き飛ばす。
突き飛ばされた騎士は地面を転がり、痛みに顔を歪めた。周囲の騎士たちの間には、困惑と、そして隠しきれない不信感が漂っている。
それもそのはずだった。
レオンの剣筋は、かつての鋭さを完全に失っていた。
一撃一撃に無駄な力が入り、呼吸はすぐに乱れる。何より、彼の右腕の傷は、包帯の上からでも分かるほど赤黒く腫れ上がっていた。
「団長、その……一度、王立病院の魔導医師に診てもらった方がよろしいのでは。アリア様がいなくなってから、もう二週間も経ちますが、その傷は一向に……」
「黙れと言っているだろうが!」
親身になって進言した部下の胸ぐらを、レオンが掴み上げる。
その瞳は血走り、余裕など微塵も感じられない。
「あんな地味で何の取り柄もない女一人がいなくなったくらいで、俺の剣が変わるはずがない! 俺は騎士団長だぞ! 聖女の加護などなくとも、俺自身の力で……!」
その時だった。
レオンの腕に、走るような激痛が走った。
「ぐ、あああぁっ!」
彼は腕を押さえて、その場に膝をつく。
傷口から、どす黒い魔力が霧のように漏れ出していた。
アリアが施していた「無自覚な聖域」は、単なる治療ではない。
レオンが戦いで酷使し、破綻しかけていた彼の魔力回路を、彼女が身代わりとなって修復し続けていたのだ。
支えを失った回路は、今や暴走を始め、主であるレオンの肉体を内側から焼き始めていた。
「レオン様! 大丈夫ですか!」
駆け寄ろうとする部下たちを、冷ややかな声が遮った。
「見苦しいわね。かつての無敵の騎士団長様が、そんな無様な姿を晒すなんて」
演習場に現れたのは、華やかなドレスを纏った公爵令嬢、カトリーヌだった。
レオンがアリアを差し置いて、国宝級の宝石を贈り、甘い言葉を囁いていた「本命」の女性だ。
「カトリーヌ……。君、俺を心配して……」
「心配? 笑わせないで。怪我が治らないせいで次の遠征も中止になったそうじゃない。陛下も仰っていたわ。アリアがいなくなってから、あなたの使い勝手が極端に悪くなったって」
カトリーヌは、扇子で口元を隠しながら、ゴミを見るような目でレオンを見下ろした。
「私が愛していたのは、『常勝無敗の英雄』としてのあなたよ。ただの怪我も治せない無能な男に、何の価値があるのかしら?」
「な……っ!? 君、何を……あんなに愛してると……」
「愛? ああ、あの賭けの話かしら。アリアをいつまで騙せるか、みんなで賭けていたの。私も一枚噛んでいたけれど、まさか本当に逃げられるなんてね」
レオンの顔から血の気が引いていく。
彼がアリアに浴びせていた冷酷な言葉が、今、彼自身に突き刺さる。
「……あんな地味女、どこへ行ったか知れないが、どうせ今頃野垂れ死んでいるわ。でも、おかげで私たちの楽しみも台無しよ。……さよなら、レオン。もう私の前に現れないで」
踵を返して去っていくカトリーヌ。
レオンは、震える手で地面を叩いた。
「嘘だ……嘘だ……! 俺は、俺は選ばれた人間なんだ! アリア……! あいつだ、あいつが俺に何かしたんだ! おい、今すぐアリアを探せ! 首を掴んででも連れ戻してこい!」
静まり返った演習場に、レオンの虚しい叫びだけが響く。
かつて彼を羨望の眼差しで見ていた騎士たちは、今や一言も発することなく、彼から目を逸らした。
誰もが気づき始めていた。
王国の平和も、騎士団の栄光も、すべてはたった一人の少女の、無償の愛の上に築かれた砂の城だったことに。
そしてその頃、隣国の帝国では。
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