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第二章:冷徹皇帝と、癒えゆく心
第16話:舞踏会の誘い
帝都の冬は、王国のそれよりも鋭く冷える。だが、皇帝ジークハルトの離宮にあるアリアの部屋は、魔導具による暖房と、最高級の毛織物に包まれ、春のような暖かさに満ちていた。
「アリア、こちらへ」
ジークハルト様が、革表紙の招待状をテーブルに置いた。金箔で縁取られたその紙には、帝国の紋章が刻印されている。
「来週、新春を祝う大夜会がある。諸外国の賓客も招く、この国で最も格式高い舞踏会だ。――君に、私のパートナーとして出席してほしい」
私は思わず、手に持っていたティーカップを落としそうになった。
「私が……、陛下のパートナーですか? そのような大役、私には……。私はただの、隣国から逃げてきた侍女にすぎませんわ」
「まだそんなことを言うのか。君は私の命を繋ぎ、この国の未来を救った恩人だ。それに……」
ジークハルト様は椅子から立ち上がり、私の背後に回った。鏡越しに視線が絡み合う。
「私は世界に見せつけたいのだ。私が愛し、跪く唯一の女性が誰であるかを」
その日から、離宮には帝都最高の職人たちがひっきりなしに出入りするようになった。
肌を滑るシルク、宝石のように繊細なレース、そして私の瞳の色に合わせた特注のドレス。
「アリア様、そんなに強張らないでくださいませ。あなたは磨けば磨くほど、誰もが跪く宝石になられるのですから」
侍女たちの賞賛を、私はまだ半信半疑で聞いていた。
王国では、常に「目立たないように」「地味であるように」とレオンに言われ続けてきたからだ。派手な格好をすれば「身の程を知れ」と笑われ、美しい宝石を欲しがれば「お前には石ころがお似合いだ」と蔑まれてきた。
だが、ジークハルト様は違った。
「アリア、この首飾りはどうだ?」
彼が私の首に掛けたのは、かつてレオンがカトリーヌに贈っていたものを遥かに凌駕する、帝国秘蔵の「蒼天の涙」だった。大粒のブルーダイヤモンドが、私の鎖骨の上で冷たく、しかし情熱的に光り輝く。
「……こんなに高価なもの、私には重すぎます」
「いいや、石の方が君の輝きに気圧されている。アリア、君は自分が思っている以上に美しい」
ジークハルト様の指先が、私の頬を優しく撫でる。
その瞳に映る私は、もう、泥を被った捨て犬のような顔をしていなかった。
そして、舞踏会の当日。
鏡の中に立っていたのは、見たこともないほど神々しい「聖女」の姿だった。
真珠色のドレスは光を弾き、精巧に編み込まれた髪にはジークハルト様から贈られた星晶石が星のように散りばめられている。
何より、内側から溢れる「加護」の光が、私の肌を陶器のように滑らかに発光させていた。
「行こう、アリア。君が望むなら、世界を君の足元に敷き詰めてやろう」
ジークハルト様が差し出した手を取る。
その時、ふと王国のレオンの顔が脳裏をよぎった。……あの日、露店で買った安物の指輪を投げつけられた時の、惨めな私。
私はそっと、心の中で過去に別れを告げた。
――もう、あなたの知っている私はどこにもいない。
豪華な大広間の扉が開かれ、ファンファーレが鳴り響く。
「皇帝陛下、並びに――アリア・ヴァン・クロムウェル閣下、御入城!」
一歩踏み出した瞬間、会場の何百人という貴族たちが一斉に息を呑み、そして深々と頭を下げた。
それは、力による支配ではなく、圧倒的な美しさと神聖さに平伏する、本物の敬意だった。
「アリア、こちらへ」
ジークハルト様が、革表紙の招待状をテーブルに置いた。金箔で縁取られたその紙には、帝国の紋章が刻印されている。
「来週、新春を祝う大夜会がある。諸外国の賓客も招く、この国で最も格式高い舞踏会だ。――君に、私のパートナーとして出席してほしい」
私は思わず、手に持っていたティーカップを落としそうになった。
「私が……、陛下のパートナーですか? そのような大役、私には……。私はただの、隣国から逃げてきた侍女にすぎませんわ」
「まだそんなことを言うのか。君は私の命を繋ぎ、この国の未来を救った恩人だ。それに……」
ジークハルト様は椅子から立ち上がり、私の背後に回った。鏡越しに視線が絡み合う。
「私は世界に見せつけたいのだ。私が愛し、跪く唯一の女性が誰であるかを」
その日から、離宮には帝都最高の職人たちがひっきりなしに出入りするようになった。
肌を滑るシルク、宝石のように繊細なレース、そして私の瞳の色に合わせた特注のドレス。
「アリア様、そんなに強張らないでくださいませ。あなたは磨けば磨くほど、誰もが跪く宝石になられるのですから」
侍女たちの賞賛を、私はまだ半信半疑で聞いていた。
王国では、常に「目立たないように」「地味であるように」とレオンに言われ続けてきたからだ。派手な格好をすれば「身の程を知れ」と笑われ、美しい宝石を欲しがれば「お前には石ころがお似合いだ」と蔑まれてきた。
だが、ジークハルト様は違った。
「アリア、この首飾りはどうだ?」
彼が私の首に掛けたのは、かつてレオンがカトリーヌに贈っていたものを遥かに凌駕する、帝国秘蔵の「蒼天の涙」だった。大粒のブルーダイヤモンドが、私の鎖骨の上で冷たく、しかし情熱的に光り輝く。
「……こんなに高価なもの、私には重すぎます」
「いいや、石の方が君の輝きに気圧されている。アリア、君は自分が思っている以上に美しい」
ジークハルト様の指先が、私の頬を優しく撫でる。
その瞳に映る私は、もう、泥を被った捨て犬のような顔をしていなかった。
そして、舞踏会の当日。
鏡の中に立っていたのは、見たこともないほど神々しい「聖女」の姿だった。
真珠色のドレスは光を弾き、精巧に編み込まれた髪にはジークハルト様から贈られた星晶石が星のように散りばめられている。
何より、内側から溢れる「加護」の光が、私の肌を陶器のように滑らかに発光させていた。
「行こう、アリア。君が望むなら、世界を君の足元に敷き詰めてやろう」
ジークハルト様が差し出した手を取る。
その時、ふと王国のレオンの顔が脳裏をよぎった。……あの日、露店で買った安物の指輪を投げつけられた時の、惨めな私。
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