さようなら、私の初恋

しょくぱん

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第二章:冷徹皇帝と、癒えゆく心

第17話:月下のダンス

 大広間に流れる、優雅でいて荘厳な旋律。
 何百ものシャンデリアの光が、アリアのドレスに縫い込まれた細かな宝石に反射し、彼女が動くたびに光の粒子が舞う。

「……信じられない。あの神々しい御方は、どこの国の王女様だ?」
「皇帝陛下があれほど慈しむような眼差しを向けるなんて。……まるで、女神が舞い降りたようだ」

 貴族たちの囁き声は、もはやアリアを貶めるものではなく、純粋な驚嘆に満ちていた。
 ジークハルトはアリアの手を優しく引き、ダンスホールの中心へと導く。彼の大きな掌がアリアの腰に添えられた瞬間、周囲の空気が甘く、そして熱く張り詰めた。

「緊張しているか? アリア」
「……はい。足が震えて、ステップを間違えてしまいそうです」
「案ずるな。私が君を離さない。君はただ、私の瞳だけを見ていればいい」

 ジークハルトの力強いリードに身を任せると、不思議と不安は消え去った。
 かつてレオンと踊った時の、自分を「アクセサリー」としてしか扱わない雑なエスコートとは違う。ジークハルトは、アリアの呼吸一つ、指先の震え一つさえも見逃さず、大切に、大切に包み込んでいた。

 二人のダンスは、まるで一つの魂が共鳴しているかのように完璧だった。
 アリアの放つ「聖域」の光が、ジークハルトの魔力と混ざり合い、会場全体を柔らかな幸福感で満たしていく。

 ――その光景を。
 会場の隅、給仕のふりをして潜り込んだ一人の男が、血の出るほど唇を噛んで見つめていた。

(……アリア、なのか? あれが?)

 ボロボロの衣服を無理やり制服で隠したレオンだった。
 彼は執念でアリアの足取りを追い、ようやく帝都に辿り着いた。かつての「最強の騎士団長」としてのプライドを捨て、裏ルートで城へ忍び込んだのだ。

 そこにいたのは、彼が知っている「地味で従順なアリア」ではなかった。
 誰よりも美しく、誰よりも気高く、そして――誰よりも幸せそうに、自分以外の男に微笑みかける女性。

(嘘だ。あいつは、俺の顔色を伺って、俺に尽くすためだけに生きていたはずだ……! あの笑顔は、俺のものだったはずなんだ!)

 レオンは耐えきれず、ダンスの合間に一歩前に出ようとした。
 だが、その瞬間。
 ジークハルトの氷蒼色の瞳が、鋭くレオンを射抜いた。

 ジークハルトは、ダンスを続けながら、アリアに悟られないよう冷酷な笑みを浮かべた。
 ――気づいているぞ、鼠め。
 その視線だけで、レオンは心臓を氷の剣で貫かれたような恐怖に襲われ、動けなくなった。

 曲が終わり、鳴り止まない拍手の中で、ジークハルトはアリアの額に優しく口づけをした。

「世界で一番、君が美しい。アリア」

 アリアは顔を赤らめながら、幸せそうにジークハルトの胸に顔を寄せた。
 その光景は、レオンにとってどんな拷問よりも残酷な、「ざまぁ」の序曲であった。

 レオンは気づいた。
 自分が捨てたのは、単なる便利な道具ではなく、一生かかっても手に入らない「至高の宝」だったのだということに。
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