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第二章:冷徹皇帝と、癒えゆく心
第18話:初恋の死骸
ダンスを終え、バルコニーで冷たい夜風に当たっていた私の元に、その「影」は現れた。
「……アリア」
低く、掠れた、聞き覚えのある声。
かつてはその声に名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴り、何でもできるような気がしていた。けれど今、私の耳に届いたその音は、まるで遠い異国の、知らない言語のように響いた。
振り返ると、柱の陰から給仕服を着たレオンが姿を現した。
かつての輝かしい鎧姿はどこにもない。頬はこけ、目は血走り、その右腕は不自然に力なく垂れ下がっている。
「アリア、やっと見つけた……。酷いじゃないか、黙っていなくなるなんて。どれだけ俺が心配したか分かっているのか?」
開口一番、彼は「心配」という言葉を口にした。
けれど、その瞳に宿っているのは私への慈しみではなく、自分の持ち物を奪われた子供のような、身勝手な怒りと焦燥だった。
「レオン様。……どうして、ここへ?」
私の声は、自分でも驚くほど冷静だった。
震えも、怒りも、悲しみもない。ただ、目の前の男が「なぜ不法侵入をしているのか」という事実への疑問だけがあった。
「戻るんだ、アリア。王国は今、大変なことになっている。俺の腕も、お前の力がないと治らないんだ。……お前も、こんな冷たい皇帝の側にいても幸せじゃないだろう? 俺が悪かった。あの指輪も、本物を買い直してやる。だから――」
彼は私に手を伸ばそうとした。
その瞬間、私は一歩、自然に後ろへ下がった。汚れたものから身を翻すような、無意識の拒絶。
「……レオン様。一つ、勘違いをなさっていますわ」
「勘違い……?」
「私は、あなたが心配だから側にいたのではありません。私があなたを愛していると信じていたから、側にいたのです。……でも、その『愛』はもう、死んでしまいました」
私は、レオンに投げつけられて粉々になった指輪のことを思い出した。
あの時、私の心も同じように砕け、そして死んだのだ。
「今の私にとって、あなたは守るべき騎士でも、愛する人でもありません。……ただの、通りすがりの他人です」
「他人……だと? ふざけるな! お前は俺がいなきゃ何もできない、地味で無力な女だったはずだ! 俺が拾ってやったから、今の場所があるんだろうが!」
逆上したレオンが、強引に私の腕を掴もうとした。
だが、その手が私に触れる直前。
銀色の閃光が走り、レオンの体は目にも止まらぬ速さで石畳に叩きつけられた。
「私の婚約者に、その汚い手で触れようとするな」
いつの間にか背後に立っていたジークハルト様が、冷徹な声音で言い放った。
彼の放つ圧倒的な魔圧に、レオンは呼吸すら奪われ、床に這いつくばる。
「陛下……」
「アリア。……すまない。不浄なものを君に近づけてしまった」
ジークハルト様は私を抱き寄せると、レオンなど視界に入っていないかのように、私のこめかみに優しく唇を寄せた。
その温もりが、私の心に残っていた最後の一滴の過去を、綺麗に洗い流していく。
這いつくばるレオンの目に、私がジークハルト様に安らぎを感じている姿が映る。
私にとって、レオンはもはや「憎む対象」ですらなかった。
「セバス。この男を地下へ。……帝国の夜会を汚した罪、そして私の宝に触れようとした罪。その身で贖わせろ」
「はっ」
引きずられていくレオンの叫び声が、夜の帳に消えていく。
私は一度も、振り返らなかった。
「……アリア」
低く、掠れた、聞き覚えのある声。
かつてはその声に名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴り、何でもできるような気がしていた。けれど今、私の耳に届いたその音は、まるで遠い異国の、知らない言語のように響いた。
振り返ると、柱の陰から給仕服を着たレオンが姿を現した。
かつての輝かしい鎧姿はどこにもない。頬はこけ、目は血走り、その右腕は不自然に力なく垂れ下がっている。
「アリア、やっと見つけた……。酷いじゃないか、黙っていなくなるなんて。どれだけ俺が心配したか分かっているのか?」
開口一番、彼は「心配」という言葉を口にした。
けれど、その瞳に宿っているのは私への慈しみではなく、自分の持ち物を奪われた子供のような、身勝手な怒りと焦燥だった。
「レオン様。……どうして、ここへ?」
私の声は、自分でも驚くほど冷静だった。
震えも、怒りも、悲しみもない。ただ、目の前の男が「なぜ不法侵入をしているのか」という事実への疑問だけがあった。
「戻るんだ、アリア。王国は今、大変なことになっている。俺の腕も、お前の力がないと治らないんだ。……お前も、こんな冷たい皇帝の側にいても幸せじゃないだろう? 俺が悪かった。あの指輪も、本物を買い直してやる。だから――」
彼は私に手を伸ばそうとした。
その瞬間、私は一歩、自然に後ろへ下がった。汚れたものから身を翻すような、無意識の拒絶。
「……レオン様。一つ、勘違いをなさっていますわ」
「勘違い……?」
「私は、あなたが心配だから側にいたのではありません。私があなたを愛していると信じていたから、側にいたのです。……でも、その『愛』はもう、死んでしまいました」
私は、レオンに投げつけられて粉々になった指輪のことを思い出した。
あの時、私の心も同じように砕け、そして死んだのだ。
「今の私にとって、あなたは守るべき騎士でも、愛する人でもありません。……ただの、通りすがりの他人です」
「他人……だと? ふざけるな! お前は俺がいなきゃ何もできない、地味で無力な女だったはずだ! 俺が拾ってやったから、今の場所があるんだろうが!」
逆上したレオンが、強引に私の腕を掴もうとした。
だが、その手が私に触れる直前。
銀色の閃光が走り、レオンの体は目にも止まらぬ速さで石畳に叩きつけられた。
「私の婚約者に、その汚い手で触れようとするな」
いつの間にか背後に立っていたジークハルト様が、冷徹な声音で言い放った。
彼の放つ圧倒的な魔圧に、レオンは呼吸すら奪われ、床に這いつくばる。
「陛下……」
「アリア。……すまない。不浄なものを君に近づけてしまった」
ジークハルト様は私を抱き寄せると、レオンなど視界に入っていないかのように、私のこめかみに優しく唇を寄せた。
その温もりが、私の心に残っていた最後の一滴の過去を、綺麗に洗い流していく。
這いつくばるレオンの目に、私がジークハルト様に安らぎを感じている姿が映る。
私にとって、レオンはもはや「憎む対象」ですらなかった。
「セバス。この男を地下へ。……帝国の夜会を汚した罪、そして私の宝に触れようとした罪。その身で贖わせろ」
「はっ」
引きずられていくレオンの叫び声が、夜の帳に消えていく。
私は一度も、振り返らなかった。
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