さようなら、私の初恋

しょくぱん

文字の大きさ
18 / 35
第二章:冷徹皇帝と、癒えゆく心

第18話:初恋の死骸

 ダンスを終え、バルコニーで冷たい夜風に当たっていた私の元に、その「影」は現れた。

「……アリア」

 低く、掠れた、聞き覚えのある声。
 かつてはその声に名前を呼ばれるだけで、胸が高鳴り、何でもできるような気がしていた。けれど今、私の耳に届いたその音は、まるで遠い異国の、知らない言語のように響いた。

 振り返ると、柱の陰から給仕服を着たレオンが姿を現した。
 かつての輝かしい鎧姿はどこにもない。頬はこけ、目は血走り、その右腕は不自然に力なく垂れ下がっている。

「アリア、やっと見つけた……。酷いじゃないか、黙っていなくなるなんて。どれだけ俺が心配したか分かっているのか?」

 開口一番、彼は「心配」という言葉を口にした。
 けれど、その瞳に宿っているのは私への慈しみではなく、自分の持ち物を奪われた子供のような、身勝手な怒りと焦燥だった。

「レオン様。……どうして、ここへ?」

 私の声は、自分でも驚くほど冷静だった。
 震えも、怒りも、悲しみもない。ただ、目の前の男が「なぜ不法侵入をしているのか」という事実への疑問だけがあった。

「戻るんだ、アリア。王国は今、大変なことになっている。俺の腕も、お前の力がないと治らないんだ。……お前も、こんな冷たい皇帝の側にいても幸せじゃないだろう? 俺が悪かった。あの指輪も、本物を買い直してやる。だから――」

 彼は私に手を伸ばそうとした。
 その瞬間、私は一歩、自然に後ろへ下がった。汚れたものから身を翻すような、無意識の拒絶。

「……レオン様。一つ、勘違いをなさっていますわ」
「勘違い……?」
「私は、あなたが心配だから側にいたのではありません。私があなたを愛していると信じていたから、側にいたのです。……でも、その『愛』はもう、死んでしまいました」

 私は、レオンに投げつけられて粉々になった指輪のことを思い出した。
 あの時、私の心も同じように砕け、そして死んだのだ。

「今の私にとって、あなたは守るべき騎士でも、愛する人でもありません。……ただの、通りすがりの他人です」

「他人……だと? ふざけるな! お前は俺がいなきゃ何もできない、地味で無力な女だったはずだ! 俺が拾ってやったから、今の場所があるんだろうが!」

 逆上したレオンが、強引に私の腕を掴もうとした。
 だが、その手が私に触れる直前。
 銀色の閃光が走り、レオンの体は目にも止まらぬ速さで石畳に叩きつけられた。

「私の婚約者に、その汚い手で触れようとするな」

 いつの間にか背後に立っていたジークハルト様が、冷徹な声音で言い放った。
 彼の放つ圧倒的な魔圧に、レオンは呼吸すら奪われ、床に這いつくばる。

「陛下……」
「アリア。……すまない。不浄なものを君に近づけてしまった」

 ジークハルト様は私を抱き寄せると、レオンなど視界に入っていないかのように、私のこめかみに優しく唇を寄せた。
 その温もりが、私の心に残っていた最後の一滴の過去を、綺麗に洗い流していく。

 這いつくばるレオンの目に、私がジークハルト様に安らぎを感じている姿が映る。
 私にとって、レオンはもはや「憎む対象」ですらなかった。

「セバス。この男を地下へ。……帝国の夜会を汚した罪、そして私の宝に触れようとした罪。その身で贖わせろ」

「はっ」

 引きずられていくレオンの叫び声が、夜の帳に消えていく。
 私は一度も、振り返らなかった。
感想 5

あなたにおすすめの小説

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

もう、今更です

もちもちほっぺ
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。 やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

お望み通り、消えてさしあげますわ

梨丸
恋愛
一国の次期王妃と言われていた子爵令嬢アマリリス。 王太子との結婚前夜、彼女は自ら火を放ち、死んだ。 国民達は彼女の死を特に気にもしなかった。それどころか、彼女の死を喜ぶ者もいた。彼女の有していた聖女の力は大したものではなかったし、優れているのは外見だけの“役立たずの聖女”だと噂されるほどだったから。 彼女の死後、すぐさま後釜として皆に好かれていた聖女が次期王妃に召し上げられた。 この国はより豊かになる、皆はそう確信した。 だが、“役立たずの聖女”アマリリスの死後──着実に崩壊は始まっていた。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) ※この調子だと短編になりそうです。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。