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第三章:再会、そして絶望へ
第24話:皇帝の魔圧
「……あ、アリア……待ってくれ、行かないでくれ……!」
床に這いつくばったまま、レオンは去りゆくアリアの背中に向かって、枯れた声を絞り出した。その指先は虚空を掴み、泥にまみれた外套が惨めに揺れる。
だが、その声が彼女に届くことはなかった。代わりに彼を包み込んだのは、肺がひしゃげるほどの重圧――ジークハルトが放つ、漆黒の殺意だった。
「見苦しいな、王国の敗残兵」
ジークハルトの冷徹な声が、レオンの頭上で響く。
彼はアリアを見送った後、ゆっくりと、獲物を追い詰める捕食者の足取りでレオンの前に立った。高級な革靴の先が、レオンの顔のすぐそばで止まる。
「ひ……っ、ひい……!」
レオンは、生物としての本能的な恐怖に全身を震わせた。
ジークハルトから溢れ出す魔力は、物理的な質量を持って彼を押し潰している。呼吸ができない。心臓が、無理やり握りつぶされているような錯覚に陥る。
「アリアは言ったはずだ。貴様のような男は『存じ上げない』とな。……それは慈悲だ。彼女は、貴様という汚物を自分の美しい記憶の中から掃き出したのだ。それ以上何を望む?」
「ぐ……あ……あいつは、俺の、ものだ……。俺が、育てて……俺を愛して……っ」
酸欠で朦朧としながらも、レオンは呪詛のように呟いた。その執着こそが、ジークハルトの逆鱗に触れた。
「育てた、だと?」
ジークハルトが低く笑った。それは、この世の終わりのような不吉な響きだった。
彼はゆっくりと腰を落とし、レオンの腐り果てた右腕を、その美しい指先で軽く突いた。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
回廊に、獣のような悲鳴が木霊する。
ジークハルトの指が触れた瞬間、レオンの右腕を苛んでいた腐敗の魔力が、何十倍、何百倍もの苦痛となって神経を焼き切ったのだ。
「貴様が彼女を『道具』として酷使した時間。彼女の心を削り、その涙を肴に酒を飲んだ傲慢。……この腐敗は、彼女が貴様に与えていた無償の愛が、持ち主を失って『呪い』に反転したものだ」
ジークハルトの瞳が、深紅に燃え上がる。
「彼女は聖女だ。その祈りは傷を癒すが、裏切られた絶望は、対象を内側から腐らせる毒となる。……貴様はその腕が痛むたびに、彼女から奪った時間を思い知るがいい」
「殺せ……! いっそ、殺してくれ……!」
「死などという安らぎを、私が貴様に与えると思うか?」
ジークハルトは冷たく言い放つと、レオンの髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
そこには、かつての「英雄」の面影など微塵もない、涙と鼻水にまみれた廃人の顔があった。
「貴様には、まだ役割がある。王国に帰り、民に、国王に、そして何より鏡の中の自分自身に伝えろ。……アリアを捨てた代償は、国一つを滅ぼしても足りぬほど重いのだと」
ジークハルトが手を離すと、レオンは力なく石畳に崩れ落ちた。
もはや、言葉を発する気力すら残っていない。
「明日、広場にて我が帝国の騎士との御前試合を執り行う。貴様がまだ『騎士』を自称するのなら、その無様な姿を衆目に晒すがいい。……それが、アリアを辱めた貴様への、私からの招待状だ」
ジークハルトは、ゴミを捨てた後のように手を払い、アリアが待つ方へと背を向けた。
レオンは、冷たい床の上でただ震えていた。
右腕からは、見たこともないほど黒く、濁った液体が溢れ出している。
アリアはいない。
癒しはない。
あるのは、終わりのない苦痛と、明日待ち受けているさらなる「蹂躙」への予感だけだった。
床に這いつくばったまま、レオンは去りゆくアリアの背中に向かって、枯れた声を絞り出した。その指先は虚空を掴み、泥にまみれた外套が惨めに揺れる。
だが、その声が彼女に届くことはなかった。代わりに彼を包み込んだのは、肺がひしゃげるほどの重圧――ジークハルトが放つ、漆黒の殺意だった。
「見苦しいな、王国の敗残兵」
ジークハルトの冷徹な声が、レオンの頭上で響く。
彼はアリアを見送った後、ゆっくりと、獲物を追い詰める捕食者の足取りでレオンの前に立った。高級な革靴の先が、レオンの顔のすぐそばで止まる。
「ひ……っ、ひい……!」
レオンは、生物としての本能的な恐怖に全身を震わせた。
ジークハルトから溢れ出す魔力は、物理的な質量を持って彼を押し潰している。呼吸ができない。心臓が、無理やり握りつぶされているような錯覚に陥る。
「アリアは言ったはずだ。貴様のような男は『存じ上げない』とな。……それは慈悲だ。彼女は、貴様という汚物を自分の美しい記憶の中から掃き出したのだ。それ以上何を望む?」
「ぐ……あ……あいつは、俺の、ものだ……。俺が、育てて……俺を愛して……っ」
酸欠で朦朧としながらも、レオンは呪詛のように呟いた。その執着こそが、ジークハルトの逆鱗に触れた。
「育てた、だと?」
ジークハルトが低く笑った。それは、この世の終わりのような不吉な響きだった。
彼はゆっくりと腰を落とし、レオンの腐り果てた右腕を、その美しい指先で軽く突いた。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
回廊に、獣のような悲鳴が木霊する。
ジークハルトの指が触れた瞬間、レオンの右腕を苛んでいた腐敗の魔力が、何十倍、何百倍もの苦痛となって神経を焼き切ったのだ。
「貴様が彼女を『道具』として酷使した時間。彼女の心を削り、その涙を肴に酒を飲んだ傲慢。……この腐敗は、彼女が貴様に与えていた無償の愛が、持ち主を失って『呪い』に反転したものだ」
ジークハルトの瞳が、深紅に燃え上がる。
「彼女は聖女だ。その祈りは傷を癒すが、裏切られた絶望は、対象を内側から腐らせる毒となる。……貴様はその腕が痛むたびに、彼女から奪った時間を思い知るがいい」
「殺せ……! いっそ、殺してくれ……!」
「死などという安らぎを、私が貴様に与えると思うか?」
ジークハルトは冷たく言い放つと、レオンの髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
そこには、かつての「英雄」の面影など微塵もない、涙と鼻水にまみれた廃人の顔があった。
「貴様には、まだ役割がある。王国に帰り、民に、国王に、そして何より鏡の中の自分自身に伝えろ。……アリアを捨てた代償は、国一つを滅ぼしても足りぬほど重いのだと」
ジークハルトが手を離すと、レオンは力なく石畳に崩れ落ちた。
もはや、言葉を発する気力すら残っていない。
「明日、広場にて我が帝国の騎士との御前試合を執り行う。貴様がまだ『騎士』を自称するのなら、その無様な姿を衆目に晒すがいい。……それが、アリアを辱めた貴様への、私からの招待状だ」
ジークハルトは、ゴミを捨てた後のように手を払い、アリアが待つ方へと背を向けた。
レオンは、冷たい床の上でただ震えていた。
右腕からは、見たこともないほど黒く、濁った液体が溢れ出している。
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あるのは、終わりのない苦痛と、明日待ち受けているさらなる「蹂躙」への予感だけだった。
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