さようなら、私の初恋

しょくぱん

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第四章:幸せの向こう側

第29話:奪われた未来

 王都の冷たい風が、レオンの頬をなでる。しかし、かつてその風に乗って聞こえてきた称賛の声は、今や一変していた。

「――レオン・ヴァスティア。貴公を王国内すべての公職から追放し、国外への『永久追放』を命ずる」

 王城の謁見の間。かつて彼が膝をつき、国王から勝利の褒章を賜ったその場所で、今度は冷酷な宣告が下された。
 王国宰相が読み上げる追放令。それは、国を救うための物資を引き出す代わりに、帝国側から暗に提示された「恥さらしの処分」だった。

「待ってください! 私は……私はこの国のために、右腕を失うまで戦った! 土下座までして、支援を取り付けたのは私だ!」

 レオンは必死に叫んだ。だが、玉座に座る国王さえも、彼に視線を合わせようとはしなかった。

「その土下座が、どれほど王国の威信を傷つけたか分かっているのか。……貴公はもう英雄ではない。アリアという至宝をドブに捨て、国を滅ぼしかけた大罪人だ。生かして放逐するだけでも、陛下の慈悲と思え」

 衛兵たちに両脇を抱えられ、レオンは引きずられるようにして城を追い出された。
 門の外へ放り出された彼の耳に、街の広場から鐘の音が響いてきた。

 それは不吉を知らせる警笛ではない。帝国との「真の友好」を祝う、晴れやかな祝祭の鐘だ。

「聞いたか? 帝国で『星の聖女』様とジークハルト陛下が、正式に婚約を発表されたそうだぞ!」
「ああ、あの美男美女か。アリア様はもともと我らが王国の令嬢だったというのに……。まあ、あんな無能な騎士団長に囲われていた頃より、ずっとお幸せだろうさ」

 通行人たちの会話が、ナイフのようにレオンの鼓膜を切り裂く。
 彼は街角の掲示板に群がる人々の隙間から、一枚の号外を盗み見た。

 そこには、魔法写本による鮮明な姿が映し出されていた。
 バルコニーに立ち、民衆の歓呼に応えるジークハルトと、その隣で恥ずかしそうに、けれど溢れんばかりの幸福そうな笑みを浮かべるアリア。
 彼女の指には、王国の王冠さえも買えるほどの価値があるという、伝説の『星晶石』の指輪が光っている。

「……アリア」

 レオンは、震える左手で自分の胸元を掴んだ。
 かつて、彼女は自分に「いつか、三銅貨の水晶ではなく、本物の宝石を贈る」という口約束を信じて待っていた。そんな安物の約束を餌に、自分は彼女の無限の愛を搾取し続けていた。

 今、彼女の隣にいる男は、言葉ではなく、世界で最も尊い宝石と、揺るぎない地位と、そして「一人の女性としての尊厳」を彼女に与えている。

「俺の……俺のアリアだったんだ……」

 その呟きを聞きとがめた通行人が、軽蔑の眼差しを向けてきた。

「おい、見ろよ。あの薄汚い浮浪者、まだ自分が聖女様の婚約者だったつもりでいるぞ」
「よせよ、関わるな。腐敗病がうつる。……あんな奴、死ぬまでアリア様の幸せを指をくわえて見ていればいいんだ」

 レオンは、這うようにして王都を離れた。
 行く当てもない。右腕の腐敗は、いまや肩口まで広がり、黒い斑点が肌を侵している。
 これから彼に待っているのは、ただ生き永らえ、風の噂で届く「アリアがいかに愛され、いかに幸せになったか」という知らせを、呪いのように聞き続けるだけの余生だ。

 彼女が自分を忘れていく一方で、自分は一瞬たりとも彼女を忘れられない。
 それが、アリアという名の希望を自ら殺した男に下された、死よりも残酷な「永久追放」という名の判決だった。

レオンが門の外で泥を噛んでいたその時、王都の一等地に構える公爵邸でも、絶叫が響き渡っていた。

「触らないで! このドレスがいくらすると思っているの!?」

リリア・フォン・カステラーヌは、帝国の執行官たちに羽交い締めにされていた。彼女がレオンを唆し、アリアを「賭け」の道具にさせた事実は、ジークハルトの調査によって全て暴かれていたのだ。

帝国からの通告は簡潔だった。
『アリア・シルフォード様を害した者が身内にいる限り、公爵家との全取引を停止し、資産を凍結する』

破産した親からは見捨てられ、美貌という武器も、贅沢な暮らしがなければ維持できない。彼女に用意されたのは、かつて彼女が「不潔」と蔑んだ、辺境の炭鉱地への追放と、そこの荒くれ者との強制的な縁談だった。

「嫌よ……私は、王妃になる女なのよ! あんな地味なアリアなんかに負けるはずが……!」

彼女が引きずられていく街角の掲示板には、皮肉にもアリアの幸福な姿を写した号外が貼られていた。
レオンとリリア。アリアの心を殺そうとした二人は、今、同じ泥の中で、自分たちが永遠に届かない「星の輝き」を仰ぎ見ることになったのである。
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