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第四章:幸せの向こう側
第30話:皇帝のプロポーズ
レオンが王都から追放されたという報告が届いたのは、帝都の冬が終わりを告げようとしている日のことだった。
アリアは、ジークハルトの私室に続くバルコニーでその知らせを聞いた。かつてレオンに怯えていた彼女の肩は、もう震えていない。
「……そうですか。彼は、去ったのですね」
アリアは静かに呟いた。
鏡を見れば、そこにはかつて「幽霊のように青白い」と言われた面影を、幸福という名の色彩で塗りつぶした女性が立っている。ジークハルトの与えてくれる食事、穏やかな眠り、そして何より「一人の人間」として尊重される日々が、彼女の枯れ果てていた美しさを開花させていた。
「アリア、浮かない顔をしているな。まだ、あの男のことが気になるか?」
ジークハルトが背後から彼女を包み込むように抱き寄せた。彼の体温は、レオンが持っていた荒々しい熱さとは違う、深く、包容力のある温もりだった。
「いいえ、陛下。ただ……あんなに執着していた過去が、こんなにもあっけなく消えてしまうのだな、と思っただけです」
「それは、お前が前を向いたからだ」
ジークハルトはアリアの手を取り、その掌に口づけた。
かつてレオンは、この手を「傷を癒すための道具」としてしか見ていなかった。だがジークハルトは、傷だらけだった彼女の心ごと、その手を慈しんでいる。
「アリア。これまでお前を『聖女』として、あるいは『王国の犠牲者』として守ってきた。だが、私はもう、そんな肩書きはどうでもいいと思っている」
ジークハルトは、懐から小さな、しかし眩いほどに輝く小箱を取り出した。
中に入っていたのは、王国の国宝をすべて売っても手に入らないと言われる、最高純度の『星晶石』をあしらった指輪だった。
「これは……」
「三銅貨の水晶などという、まやかしの約束ではない。帝国という国家と、このジークハルトという男の魂を賭けた誓いだ」
ジークハルトはアリアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「アリア・シルフォード。私と共に歩み、私の隣で笑い、私の人生の光となってほしい。……私の妻に、帝国の皇后になってくれないか」
アリアの瞳から、一粒の雫がこぼれ落ちた。
それはレオンのために流した、自己犠牲や絶望の涙ではない。
自分という存在が、これほどまでに深く、真摯に求められていることへの、魂の震えだった。
「……私で、よろしいのですか? 誰かの身代わりでも、道具でもない……ただの、私で」
「お前以外に、誰がいるというのだ。私は、お前という人間そのものを愛している」
アリアは、震える手でジークハルトの手を握り返した。
その瞬間、彼女の中で最後に残っていた「レオンへの負い目」や「地味な自分への卑下」が、春の雪解けのように消え去っていった。
「……はい。喜んで、お受けいたします」
帝都の空に、祝福を告げる鳥たちが舞い上がる。
レオンが地べたを這いずり、過去の残骸を啜って生きているその時、アリアは新しい世界の王妃として、真実の愛をその指に戴いた。
アリアは、ジークハルトの私室に続くバルコニーでその知らせを聞いた。かつてレオンに怯えていた彼女の肩は、もう震えていない。
「……そうですか。彼は、去ったのですね」
アリアは静かに呟いた。
鏡を見れば、そこにはかつて「幽霊のように青白い」と言われた面影を、幸福という名の色彩で塗りつぶした女性が立っている。ジークハルトの与えてくれる食事、穏やかな眠り、そして何より「一人の人間」として尊重される日々が、彼女の枯れ果てていた美しさを開花させていた。
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ジークハルトが背後から彼女を包み込むように抱き寄せた。彼の体温は、レオンが持っていた荒々しい熱さとは違う、深く、包容力のある温もりだった。
「いいえ、陛下。ただ……あんなに執着していた過去が、こんなにもあっけなく消えてしまうのだな、と思っただけです」
「それは、お前が前を向いたからだ」
ジークハルトはアリアの手を取り、その掌に口づけた。
かつてレオンは、この手を「傷を癒すための道具」としてしか見ていなかった。だがジークハルトは、傷だらけだった彼女の心ごと、その手を慈しんでいる。
「アリア。これまでお前を『聖女』として、あるいは『王国の犠牲者』として守ってきた。だが、私はもう、そんな肩書きはどうでもいいと思っている」
ジークハルトは、懐から小さな、しかし眩いほどに輝く小箱を取り出した。
中に入っていたのは、王国の国宝をすべて売っても手に入らないと言われる、最高純度の『星晶石』をあしらった指輪だった。
「これは……」
「三銅貨の水晶などという、まやかしの約束ではない。帝国という国家と、このジークハルトという男の魂を賭けた誓いだ」
ジークハルトはアリアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「アリア・シルフォード。私と共に歩み、私の隣で笑い、私の人生の光となってほしい。……私の妻に、帝国の皇后になってくれないか」
アリアの瞳から、一粒の雫がこぼれ落ちた。
それはレオンのために流した、自己犠牲や絶望の涙ではない。
自分という存在が、これほどまでに深く、真摯に求められていることへの、魂の震えだった。
「……私で、よろしいのですか? 誰かの身代わりでも、道具でもない……ただの、私で」
「お前以外に、誰がいるというのだ。私は、お前という人間そのものを愛している」
アリアは、震える手でジークハルトの手を握り返した。
その瞬間、彼女の中で最後に残っていた「レオンへの負い目」や「地味な自分への卑下」が、春の雪解けのように消え去っていった。
「……はい。喜んで、お受けいたします」
帝都の空に、祝福を告げる鳥たちが舞い上がる。
レオンが地べたを這いずり、過去の残骸を啜って生きているその時、アリアは新しい世界の王妃として、真実の愛をその指に戴いた。
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