さようなら、私の初恋

しょくぱん

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第四章:幸せの向こう側

第34話:鏡の中の自分

 喧騒の祝宴が終わり、宮殿に静寂が戻った夜。
 皇后の私室に戻ったアリアは、侍女たちが下がった後、一人で大きな姿見の前に立った。

 そこには、真紅の外套を脱ぎ、絹の寝衣を纏った一人の女性がいた。
 アリアは、吸い込まれるように鏡の中の自分を見つめる。

(……覚えているわ。あの日、王国の離宮で見た自分の姿を)

 レオンに愛されていると信じ込もうとしていた頃の自分。
 鏡に映っていたのは、目の下に隈を浮かべ、生気を失い、まるで幽霊のように青白い顔をした「都合のいい道具」としての聖女だった。
 自分の価値を、他人の傷を癒す能力にしか見出せず、鏡を見るたびに「地味で醜い自分」を呪っていた。

 だが、今の鏡の中にいるのは誰だろう。

 輝くような血色の良い肌、潤いを湛えた瞳。
 そして何より、誰かに媚びるためでも、誰かの顔色を伺うためでもない、自分自身の人生を謳歌している人間の「表情」があった。

「……もう、どこにもいないのね」

 アリアは鏡にそっと手を触れた。
 鏡の向こう側にいた、怯えた少女。レオンの足音に怯え、三銅貨の水晶を宝物だと自分に言い聞かせ、心を殺して祈り続けていた「あのアリア」は、もういない。

 代わりに鏡の中にいるのは、愛し、愛され、一国の未来をその背に負う誇り高き女性だ。

「さようなら、可哀想だった私」

 アリアは微笑んだ。
 その微笑みは、レオンに求められて浮かべていた卑屈な愛想笑いとは対極にある、凛とした、そして慈愛に満ちたものだった。
 
 かつてレオンは彼女を「お前は俺がいなければ価値のない、地味でつまらない女だ」と嘲笑った。
 だが、真実は逆だった。
 彼女を「地味でつまらない女」に仕立て上げていたのは、レオンの搾取と慢心そのものだったのである。

 ジークハルトの愛という光を浴びて、アリアは本来持っていたはずの、大輪の花のような美しさを完全に取り戻したのだ。

 ふと、部屋の扉が静かに開いた。
 ジークハルトが、鏡の前に立つ彼女を優しく抱きしめる。

「アリア、何をそんなに見つめている?」

「……自分自身を。ようやく、この人のことが好きになれそうなんです」

 アリアがそう答えると、ジークハルトは愛おしげに彼女の髪を撫でた。

「私は出会った時からずっと、この人を愛しているがな。……さあ、明日はまた新しい日が始まる。これからは、お前が愛する自分自身として、共に歩んでいこう」

 鏡の中で、二人の姿が重なる。
 アリアはもう、自分の容姿を自嘲することもない。
 彼女は、自分が愛されるに値する人間であることを、魂の芯から理解していた。
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