さようなら、私の初恋

しょくぱん

文字の大きさ
35 / 35
第四章:幸せの向こう側

最終話:さよなら、私の初恋

 帝都の広場は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
 今日は、帝国を救った聖女アリアの戴冠式。そして、皇帝ジークハルトとの婚礼の儀が行われる日だ。

「アリア、緊張しているのかい?」

 控え室で、ジークハルトが優しく私の肩を抱いた。
 鏡の中に映る私は、かつて鏡の中に見た、幽霊のように青白く生気を失っていたあの頃の自分とは、もう別人だった。
 今の私の瞳には光が宿り、頬は幸福に染まっている。ジークハルトが毎日注いでくれた、偽りのない深い愛が私を救ってくれたのだ。

「いいえ。……ただ、あまりに幸せで、夢を見ているのではないかと思っているだけですわ」
「夢じゃない。これから一生をかけて、これが現実だと証明し続けてみせるよ」

 ジークハルトは私の額に、誓いのキスを落とした。

 ふと、私はドレスの隠しポケットに手を入れた。そこには、何も入っていない。
 かつて、あの男から渡された三銅貨の水晶。あの日、自分の手で粉々に砕き、暖炉の火にくべたあの石の感触を、ふと思い出しただけだ。
 私を縛り付けていた呪縛は、あの火の中でとうの昔に焼き尽くされている。

「……さようなら、私の初恋」

 私は小さく呟き、晴れやかな笑顔でジークハルトの手を取った。
 もう、振り返る必要はない。私の前には、光り輝く未来だけが広がっているのだから。

 ***

 一方、帝都の遥か外れ。
 ドブ川のほとりに、一人の男がうずくまっていた。
 かつての英雄、レオン・ヴァスティアである。

 彼の右腕は肩口まで黒く腐り落ち、かつて剣を握ったその指は、今や動かすことすら叶わない。永久追放された彼は、食う物もなく、かつて自分が救ったはずの民衆から石を投げられ、ここまで逃げ延びてきた。

「……アリア……っ、アリア……!」

 うわ言のようにその名を呼ぶ。
 彼の指先は、泥にまみれた地面を必死に掻き毟っていた。
 かつてアリアに「いつか本物の宝石をやる」と嘯いて渡した、たった三銅貨の安物の水晶。それをアリアが目の前で粉々に砕いたあの瞬間、彼の人生も共に砕け散っていたのだ。
 今の彼には、もう指輪一つ残っていない。握りしめた拳の中にあるのは、冷たい泥と、二度と手に入らない過去の残像だけだった。

「お前は俺を……愛していたはずだ……。いつだって俺を許して……、癒して……。そうだ、これは『賭け』だったんだ。アリアは今でも俺を待って……」

 その時。
 重く垂れ込めていた雲が割れ、帝都の方角から目も眩むような「黄金の光」が空を貫いた。
 アリアの戴冠と、彼女の幸福がもたらした『聖女の永久加護』の光だ。

 その光がレオンの体をかすめた瞬間、彼は絶叫した。
 「聖なる光」は、あまりに汚れ、傲慢に満ちた彼の魂を拒絶し、焼かれるような激痛を与えたのだ。アリアの慈悲は、今や彼にとっての毒でしかなかった。

「ぎゃあああああああ! 熱い、熱い! アリア! 助けてくれ、アリアァァァ!!」

 かつての英雄の叫びは、誰に届くこともなく、幸福な鐘の音にかき消されていった。
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

与三振王
2026.04.01 与三振王

クソが制裁されてスッキリ、死なせた人数やシャレにならない不幸背負わされた人数が多過ぎてこれでも軽く感じますが、まあ酷い作品だとこっからクズが反省してるアピールして被害者側が完全に悪者にされて、もっと酷いのだと信者が文句言ってる人の人格否定してくるパターンもあるので、穏やかな終わりだなぁと思いました。

解除
菜花
2026.02.26 菜花

あ~( >д<)、;'.・途中なの送信を押してしまいました(>.<)

いつまでも、自分にとって都合の悪い現実を受け止めたく無いんでしょうね。
最後まで自分勝手な思考で気持ち悪い人でした・・・

解除
るりまま
2026.02.22 るりまま

公爵令嬢に罰は無いんでしょうか?
悪女ですよね。

2026.02.23 しょくぱん

すみません。
描写が少し抜けていました。
29話の最後に追加させていただきました。
よければご確認ください。

解除

あなたにおすすめの小説

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

もう、今更です

もちもちほっぺ
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。 やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

お望み通り、消えてさしあげますわ

梨丸
恋愛
一国の次期王妃と言われていた子爵令嬢アマリリス。 王太子との結婚前夜、彼女は自ら火を放ち、死んだ。 国民達は彼女の死を特に気にもしなかった。それどころか、彼女の死を喜ぶ者もいた。彼女の有していた聖女の力は大したものではなかったし、優れているのは外見だけの“役立たずの聖女”だと噂されるほどだったから。 彼女の死後、すぐさま後釜として皆に好かれていた聖女が次期王妃に召し上げられた。 この国はより豊かになる、皆はそう確信した。 だが、“役立たずの聖女”アマリリスの死後──着実に崩壊は始まっていた。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) ※この調子だと短編になりそうです。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。