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第四章:幸せの向こう側
最終話:さよなら、私の初恋
帝都の広場は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
今日は、帝国を救った聖女アリアの戴冠式。そして、皇帝ジークハルトとの婚礼の儀が行われる日だ。
「アリア、緊張しているのかい?」
控え室で、ジークハルトが優しく私の肩を抱いた。
鏡の中に映る私は、かつて鏡の中に見た、幽霊のように青白く生気を失っていたあの頃の自分とは、もう別人だった。
今の私の瞳には光が宿り、頬は幸福に染まっている。ジークハルトが毎日注いでくれた、偽りのない深い愛が私を救ってくれたのだ。
「いいえ。……ただ、あまりに幸せで、夢を見ているのではないかと思っているだけですわ」
「夢じゃない。これから一生をかけて、これが現実だと証明し続けてみせるよ」
ジークハルトは私の額に、誓いのキスを落とした。
ふと、私はドレスの隠しポケットに手を入れた。そこには、何も入っていない。
かつて、あの男から渡された三銅貨の水晶。あの日、自分の手で粉々に砕き、暖炉の火にくべたあの石の感触を、ふと思い出しただけだ。
私を縛り付けていた呪縛は、あの火の中でとうの昔に焼き尽くされている。
「……さようなら、私の初恋」
私は小さく呟き、晴れやかな笑顔でジークハルトの手を取った。
もう、振り返る必要はない。私の前には、光り輝く未来だけが広がっているのだから。
***
一方、帝都の遥か外れ。
ドブ川のほとりに、一人の男がうずくまっていた。
かつての英雄、レオン・ヴァスティアである。
彼の右腕は肩口まで黒く腐り落ち、かつて剣を握ったその指は、今や動かすことすら叶わない。永久追放された彼は、食う物もなく、かつて自分が救ったはずの民衆から石を投げられ、ここまで逃げ延びてきた。
「……アリア……っ、アリア……!」
うわ言のようにその名を呼ぶ。
彼の指先は、泥にまみれた地面を必死に掻き毟っていた。
かつてアリアに「いつか本物の宝石をやる」と嘯いて渡した、たった三銅貨の安物の水晶。それをアリアが目の前で粉々に砕いたあの瞬間、彼の人生も共に砕け散っていたのだ。
今の彼には、もう指輪一つ残っていない。握りしめた拳の中にあるのは、冷たい泥と、二度と手に入らない過去の残像だけだった。
「お前は俺を……愛していたはずだ……。いつだって俺を許して……、癒して……。そうだ、これは『賭け』だったんだ。アリアは今でも俺を待って……」
その時。
重く垂れ込めていた雲が割れ、帝都の方角から目も眩むような「黄金の光」が空を貫いた。
アリアの戴冠と、彼女の幸福がもたらした『聖女の永久加護』の光だ。
その光がレオンの体をかすめた瞬間、彼は絶叫した。
「聖なる光」は、あまりに汚れ、傲慢に満ちた彼の魂を拒絶し、焼かれるような激痛を与えたのだ。アリアの慈悲は、今や彼にとっての毒でしかなかった。
「ぎゃあああああああ! 熱い、熱い! アリア! 助けてくれ、アリアァァァ!!」
かつての英雄の叫びは、誰に届くこともなく、幸福な鐘の音にかき消されていった。
今日は、帝国を救った聖女アリアの戴冠式。そして、皇帝ジークハルトとの婚礼の儀が行われる日だ。
「アリア、緊張しているのかい?」
控え室で、ジークハルトが優しく私の肩を抱いた。
鏡の中に映る私は、かつて鏡の中に見た、幽霊のように青白く生気を失っていたあの頃の自分とは、もう別人だった。
今の私の瞳には光が宿り、頬は幸福に染まっている。ジークハルトが毎日注いでくれた、偽りのない深い愛が私を救ってくれたのだ。
「いいえ。……ただ、あまりに幸せで、夢を見ているのではないかと思っているだけですわ」
「夢じゃない。これから一生をかけて、これが現実だと証明し続けてみせるよ」
ジークハルトは私の額に、誓いのキスを落とした。
ふと、私はドレスの隠しポケットに手を入れた。そこには、何も入っていない。
かつて、あの男から渡された三銅貨の水晶。あの日、自分の手で粉々に砕き、暖炉の火にくべたあの石の感触を、ふと思い出しただけだ。
私を縛り付けていた呪縛は、あの火の中でとうの昔に焼き尽くされている。
「……さようなら、私の初恋」
私は小さく呟き、晴れやかな笑顔でジークハルトの手を取った。
もう、振り返る必要はない。私の前には、光り輝く未来だけが広がっているのだから。
***
一方、帝都の遥か外れ。
ドブ川のほとりに、一人の男がうずくまっていた。
かつての英雄、レオン・ヴァスティアである。
彼の右腕は肩口まで黒く腐り落ち、かつて剣を握ったその指は、今や動かすことすら叶わない。永久追放された彼は、食う物もなく、かつて自分が救ったはずの民衆から石を投げられ、ここまで逃げ延びてきた。
「……アリア……っ、アリア……!」
うわ言のようにその名を呼ぶ。
彼の指先は、泥にまみれた地面を必死に掻き毟っていた。
かつてアリアに「いつか本物の宝石をやる」と嘯いて渡した、たった三銅貨の安物の水晶。それをアリアが目の前で粉々に砕いたあの瞬間、彼の人生も共に砕け散っていたのだ。
今の彼には、もう指輪一つ残っていない。握りしめた拳の中にあるのは、冷たい泥と、二度と手に入らない過去の残像だけだった。
「お前は俺を……愛していたはずだ……。いつだって俺を許して……、癒して……。そうだ、これは『賭け』だったんだ。アリアは今でも俺を待って……」
その時。
重く垂れ込めていた雲が割れ、帝都の方角から目も眩むような「黄金の光」が空を貫いた。
アリアの戴冠と、彼女の幸福がもたらした『聖女の永久加護』の光だ。
その光がレオンの体をかすめた瞬間、彼は絶叫した。
「聖なる光」は、あまりに汚れ、傲慢に満ちた彼の魂を拒絶し、焼かれるような激痛を与えたのだ。アリアの慈悲は、今や彼にとっての毒でしかなかった。
「ぎゃあああああああ! 熱い、熱い! アリア! 助けてくれ、アリアァァァ!!」
かつての英雄の叫びは、誰に届くこともなく、幸福な鐘の音にかき消されていった。
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