私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん

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第2章:自分を迎えに行く旅

第十三話:色彩のリハビリ

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 図書館での仕事に慣れてきたある休日。シオンが珍しく、街の中心部にある大通りへ行こうと私を誘い出した。
「いつまでもその二着を着回すわけにもいかんだろう。冬の終わりは近いが、まだ風は冷たい」
 そう言って連れてこられたのは、色とりどりの布地や小物が並ぶ、女性客で賑わう雑貨店だった。

 店内に一歩足を踏み入れた瞬間、私は目眩を感じて立ち止まった。
 視界に飛び込んでくる、暴力的なまでの色の洪水。
 燃えるような赤の毛織物、春を待つ若草色のリボン、深い海の底を思わせるベルベット。
 かつて母に「お前に色は必要ない」と絵を焼かれたあの日から、私の世界はモノクロームのまま止まっていた。美しいものを見ると、反射的に胸の奥が締め付けられ、吐き気が込み上げる。

「……シオン様、私は、外で待っています」
「逃げるな。アリア」
 背を向けようとした私の肩を、シオンの手が強く、けれど優しく押し止めた。
「いいか、よく見ろ。これらは誰も、君を縛るために存在しているんじゃない。君が君を飾るために、そこに置かれているんだ」

 シオンは私を促し、リボンが山積みになった籠の前へと立たせた。
「好きな色を選べ。一つでいい。君が、綺麗だと思ったものを」

 手が震えた。
 指先を伸ばそうとすると、脳裏に母の冷たい声が響く。
『お前はミレーヌを引き立てる影。色を持ってはいけない』
 ミレーヌなら、きっと迷わず一番鮮やかなピンクを選ぶだろう。レオン様なら、私に「君には地味な茶色が似合う」と言うだろう。

(私が、好きな色……?)

 それは、自分自身を定義することと同じだった。
 私は、誰なのか。
 私は、何が好きなのか。
 
 呼吸が荒くなる私を、シオンは急かさず、ただ背後で静かな壁のように立って守ってくれていた。
 私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。鼻孔をくすぐるのは、染料の匂いと、微かなシオンの香。
 ゆっくりと目を開けた時、視界の端で、控えめに光を反射している一本のリボンが目に留まった。

 それは、鮮やかな青でも、主張の強い赤でもなかった。
 朝靄の向こう側に見える、淡い、透き通った水色。
 かつて私が、屋根裏部屋でたった一度だけ描くことができた、自由な空の色に似ていた。

「……これが、いいです」

 指先がその絹のリボンに触れる。冷たくて、滑らかで、確かな質感。
 私が自分自身の意志で、十九年間の人生で初めて選んだ「色」だった。

「水色か。……悪くない。君の少し薄い瞳によく映えるだろう」
 シオンは無造作に代金を支払い、店員から受け取ったリボンを、私の手に握らせた。
「リハビリだ。今日はそのリボン。明日は別の何か。そうやって、奪われた色を一つずつ買い戻していけばいい」

 私は、手の中の小さな色を、壊れ物を扱うように強く握りしめた。
 不思議なことに、あんなに怖かった色の洪水が、今は少しだけ優しく見える。
 世界には、私を拒絶しない色も存在していたのだ。

 帰り道、私はシオンの少し前を歩きながら、何度もリボンを確認した。
 まだ、自分のことを「綺麗だ」とは思えない。けれど、このリボンに似合う自分になりたいと、心の端っこで小さな火が灯ったのを感じた。

「シオン様」
「なんだ」
「……ありがとうございます。私、このリボンを一生大切にします」
「バカを言え。そんなものは、汚れたらまた買い直せばいい消耗品だ」
 シオンはそっぽを向いたが、その足取りはどこか軽やかだった。

 一方その頃、国境を越えた遥か南のローラン伯爵領。
 主を失った「呪いの肩代わり」が逆流し、かつての華やかさを失った屋敷の寝室で、ミレーヌは自分の鏡を見て絶叫していた。
 その頬には、アリアが消したはずの、醜く膿んだ火傷の痕がくっきりと浮かび上がっていた。
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