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第3章:過去という名の呪縛と、確かな熱
第十七話:シオンの秘密、共鳴する孤独
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図書館での「奇跡」から数日。私の心は、喜びよりも、自分の中に眠っていた未知の力への戸惑いの方が大きかった。
夕食の後、暖炉の前で読書をするシオン様の横顔を盗み見る。彼はいつも通り、不愛想で、どこか遠くを見ているような瞳をしていた。
「……シオン様、お聞きしてもいいですか」
「なんだ。昨日の残りのシチューなら、明日の朝飯に回すと言ったはずだぞ」
「そうではなくて……シオン様は、どうしてそんなに私のことを……、その、『敗北』だとか『石』だとか、見透かしたようなことが言えるのですか」
シオン様は本を閉じ、深い溜息をついた。
暖炉の火が、彼の端正な顔立ちに複雑な陰影を落とす。
「……君と同じだからだ」
その言葉は、静かな夜の空気に重く沈み込んだ。
「俺はかつて、この国の『盾』だった。軍師として、魔術師として、王家のために人生のすべてを捧げた。俺が編み出した策で数え切れない敵が死に、俺が張った結界で国は守られた」
シオン様は自嘲気味に笑い、自分の手のひらを見つめた。そこには、私のものとは違う、剣や魔法の酷使による深い傷跡が刻まれている。
「だが、平和が訪れた瞬間、俺の力は『脅威』に変わった。王家は、俺がその力で玉座を奪うのではないかと怯え、あらぬ疑いをかけて俺を追放した。……俺が愛し、守り抜こうとした国に、俺自身の居場所は最初からなかったんだ」
私は息を呑んだ。
この人も、私と同じだった。
誰かのために自分を擦り減らし、使い古された道具のように、最後は放り出された。
彼が私を拾ったのは、単なる気まぐれではなく、自分と同じ「魂の残骸」を見捨てられなかったからなのだ。
「俺はここで、世界を憎んで朽ち果てるつもりだった。だが……」
シオン様が顔を上げ、私の瞳をまっすぐに見つめた。
「雪山で君を拾ったとき、君は死にかけていながら、その小さな銀のスプーンを離さなかった。……自分を殺し尽くされたはずの人間が、最後の一片だけは必死に守ろうとしていた。それを見て、俺の中に残っていたわずかな熱が、疼いたんだ」
「……シオン様……」
「アリア。君が今日、図書館で本を直したのは、過去への報復ではない。君自身の『意志』で、世界に色を戻したんだ。それは、俺にはできなかった、本当の強さだ」
シオン様の手が、そっと私の頭に乗せられた。
大きく、温かく、少しだけ震えているその手から、彼の孤独と、私への不器用な慈愛が伝わってくる。
私は思わず、彼のシャツの袖を強く握りしめた。
「私……嬉しいです。あの日、シオン様に拾っていただけて。あなたがいなかったら、私は自分の『本当の名前』も知らないまま、消えていたと思います」
二人の間に流れる時間は、もう「救い主と被救済者」のものではなかった。
傷を抱えたまま、それでも明日を生きようとする、等身大の二人。
その時だった。
家の外で、乾いた小枝を踏みしめる音が響いた。
普通の人間なら聞き逃すような微かな音。だが、かつての軍師と、感覚の鋭い「身代わり」の少女は、同時にその異変を察知した。
シオン様の瞳が、瞬時に戦士のそれに変わる。
「……鼠が迷い込んできたようだな」
彼は私を自分の背後に隠し、杖代わりの古い木刀を手にした。
扉の向こう側から、聞き覚えのある、あの傲慢で冷酷な声が聞こえてくる。
「アリア! そこにいるのはわかっているわよ! 早く出てきなさい、この不届き者が!」
ミレーヌ。
ついに、過去が追いかけてきた。
夕食の後、暖炉の前で読書をするシオン様の横顔を盗み見る。彼はいつも通り、不愛想で、どこか遠くを見ているような瞳をしていた。
「……シオン様、お聞きしてもいいですか」
「なんだ。昨日の残りのシチューなら、明日の朝飯に回すと言ったはずだぞ」
「そうではなくて……シオン様は、どうしてそんなに私のことを……、その、『敗北』だとか『石』だとか、見透かしたようなことが言えるのですか」
シオン様は本を閉じ、深い溜息をついた。
暖炉の火が、彼の端正な顔立ちに複雑な陰影を落とす。
「……君と同じだからだ」
その言葉は、静かな夜の空気に重く沈み込んだ。
「俺はかつて、この国の『盾』だった。軍師として、魔術師として、王家のために人生のすべてを捧げた。俺が編み出した策で数え切れない敵が死に、俺が張った結界で国は守られた」
シオン様は自嘲気味に笑い、自分の手のひらを見つめた。そこには、私のものとは違う、剣や魔法の酷使による深い傷跡が刻まれている。
「だが、平和が訪れた瞬間、俺の力は『脅威』に変わった。王家は、俺がその力で玉座を奪うのではないかと怯え、あらぬ疑いをかけて俺を追放した。……俺が愛し、守り抜こうとした国に、俺自身の居場所は最初からなかったんだ」
私は息を呑んだ。
この人も、私と同じだった。
誰かのために自分を擦り減らし、使い古された道具のように、最後は放り出された。
彼が私を拾ったのは、単なる気まぐれではなく、自分と同じ「魂の残骸」を見捨てられなかったからなのだ。
「俺はここで、世界を憎んで朽ち果てるつもりだった。だが……」
シオン様が顔を上げ、私の瞳をまっすぐに見つめた。
「雪山で君を拾ったとき、君は死にかけていながら、その小さな銀のスプーンを離さなかった。……自分を殺し尽くされたはずの人間が、最後の一片だけは必死に守ろうとしていた。それを見て、俺の中に残っていたわずかな熱が、疼いたんだ」
「……シオン様……」
「アリア。君が今日、図書館で本を直したのは、過去への報復ではない。君自身の『意志』で、世界に色を戻したんだ。それは、俺にはできなかった、本当の強さだ」
シオン様の手が、そっと私の頭に乗せられた。
大きく、温かく、少しだけ震えているその手から、彼の孤独と、私への不器用な慈愛が伝わってくる。
私は思わず、彼のシャツの袖を強く握りしめた。
「私……嬉しいです。あの日、シオン様に拾っていただけて。あなたがいなかったら、私は自分の『本当の名前』も知らないまま、消えていたと思います」
二人の間に流れる時間は、もう「救い主と被救済者」のものではなかった。
傷を抱えたまま、それでも明日を生きようとする、等身大の二人。
その時だった。
家の外で、乾いた小枝を踏みしめる音が響いた。
普通の人間なら聞き逃すような微かな音。だが、かつての軍師と、感覚の鋭い「身代わり」の少女は、同時にその異変を察知した。
シオン様の瞳が、瞬時に戦士のそれに変わる。
「……鼠が迷い込んできたようだな」
彼は私を自分の背後に隠し、杖代わりの古い木刀を手にした。
扉の向こう側から、聞き覚えのある、あの傲慢で冷酷な声が聞こえてくる。
「アリア! そこにいるのはわかっているわよ! 早く出てきなさい、この不届き者が!」
ミレーヌ。
ついに、過去が追いかけてきた。
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