私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん

文字の大きさ
19 / 25
第3章:過去という名の呪縛と、確かな熱

第十九話:名声を拒む理由

しおりを挟む
 ローラン伯爵家の一行が、シオンの放つ圧倒的な威圧感とアリアの拒絶に毒づきながら去っていった数日後。街には新たな噂が駆け巡っていた。

 図書館で起きた「奇跡」の話が、ついにレムルシア公国の王宮にまで届いたのだ。

「アリア・ローランさんですね。公国宮廷魔道院の使者として参りました」

 図書館の作業室に現れたのは、豪奢な刺繍の入ったローブを纏った魔道士だった。彼はアリアが修繕した古書を魔法具で検分し、驚愕に目を見開いた。

「素晴らしい……。これは単なる修繕ではない。器物の時間を巻き戻し、本質的な霊性を回復させる『聖域再生』の御業だ。陛下がぜひ、あなたを宮廷修繕官として、あるいは『国を癒やす乙女』としてお迎えしたいと仰せです」

 かつてのアリアなら、この申し出に飛びついていただろう。誰かに必要とされること、自分の居場所が公的に認められること。それは、居場所のなかった彼女にとって究極の救いに思えたはずだ。

 だが、今のアリアの胸に去来したのは、吐き気を伴うような既視感だった。

「……お断りいたします」

 アリアの声は静かだが、鋼のような硬さを持っていた。

「な……!? あなたは自分が何を言っているのか分かっているのですか? 王宮に入れば、名声も富も、何不自由ない暮らしが約束されるのですよ」

「名声のために、私の力を使うつもりはありません。私は、誰かの期待に応えるために、自分を『特別な象徴』という檻に閉じ込めるのは、もう嫌なのです」

 宮廷魔道士は顔を赤くして詰め寄った。
「これは公国のため、ひいては歴史のためだ! 個人の我儘でこれほどの力を腐らせるというのか!」

「私の力をどう使うかは、私自身が決めることです。……私はただの私として、目の前の一冊の本、目の前の一人の友人のために力を使いたいだけです」

 アリアの瞳には、一切の迷いがなかった。シオンとの生活の中で学んだのは、自分の意志を貫くことの難しさと、その先にある真の自由だ。誰かの役に立つために自分を殺すのではない。自分が自分であるために、その力を行使する。

 使者が去った後、作業室の影からシオンが姿を現した。

「……随分と手厳しい断り方だったな。王宮を敵に回せば、俺のような隠遁生活を送ることになるぞ」

「いいんです、シオン様。豪華な宮殿で『聖女』として祀られるより、この埃っぽい地下室で、あなたと一緒に温かいスープを飲む生活の方が、私にはずっと価値がありますから」

 アリアが向けた屈託のない笑顔に、シオンは一瞬言葉を失った。
 かつて国に絶望し、人間を信じることをやめた「氷の軍師」の心に、アリアの放つ純粋な「自立心」が、心地よい波紋を広げていく。

「……勝手にしろ。だが、スープを冷ますなよ。今日は君の好きな、苦くない野菜をたっぷり入れたからな」

 シオンはぶっきらぼうに背を向けたが、その足取りはどこか誇らしげだった。
 アリアは、自分を「特別な道具」としてではなく、「アリア」として見てくれるこの場所の尊さを、改めて噛み締めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お望み通り、消えてさしあげますわ

梨丸
恋愛
一国の次期王妃と言われていた子爵令嬢アマリリス。 王太子との結婚前夜、彼女は自ら火を放ち、死んだ。 国民達は彼女の死を特に気にもしなかった。それどころか、彼女の死を喜ぶ者もいた。彼女の有していた聖女の力は大したものではなかったし、優れているのは外見だけの“役立たずの聖女”だと噂されるほどだったから。 彼女の死後、すぐさま後釜として皆に好かれていた聖女が次期王妃に召し上げられた。 この国はより豊かになる、皆はそう確信した。 だが、“役立たずの聖女”アマリリスの死後──着実に崩壊は始まっていた。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) ※この調子だと短編になりそうです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ
恋愛
「殴られても、奪われても、祈れば治るから大丈夫」 ――そう思い込まされて育った公爵令嬢オリビア。 しかし、偽聖女を名乗る義妹に階段から突き落とされた瞬間、 彼女の中で“何か”が完全に目覚める。 奪われた聖女の立場。 踏みにじられた尊厳。 見て見ぬふりをした家族と神殿。 ――もう、我慢はしない。 大地そのものに影響を与える本物の加護を持つオリビアは、知略と魔法で屋敷を制圧し、偽りを一つずつ洗い流していく。 敵意を向けた者は近づけず、逆らった義母は“環境”に叱られ、王太子は腹を抱えて大笑い。 「奪われたなら、取り戻すだけです。倍……いえ、一万倍で」 これは、偽りの聖女からすべてを奪い返し、本物が“正しい場所”に立つ物語。 ざまぁ好き必読。 静かに、確実に、格の違いを見せつけます。 ♦︎タイトル変えました。

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

処理中です...