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第3章:過去という名の呪縛と、確かな熱
第十九話:名声を拒む理由
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ローラン伯爵家の一行が、シオンの放つ圧倒的な威圧感とアリアの拒絶に毒づきながら去っていった数日後。街には新たな噂が駆け巡っていた。
図書館で起きた「奇跡」の話が、ついにレムルシア公国の王宮にまで届いたのだ。
「アリア・ローランさんですね。公国宮廷魔道院の使者として参りました」
図書館の作業室に現れたのは、豪奢な刺繍の入ったローブを纏った魔道士だった。彼はアリアが修繕した古書を魔法具で検分し、驚愕に目を見開いた。
「素晴らしい……。これは単なる修繕ではない。器物の時間を巻き戻し、本質的な霊性を回復させる『聖域再生』の御業だ。陛下がぜひ、あなたを宮廷修繕官として、あるいは『国を癒やす乙女』としてお迎えしたいと仰せです」
かつてのアリアなら、この申し出に飛びついていただろう。誰かに必要とされること、自分の居場所が公的に認められること。それは、居場所のなかった彼女にとって究極の救いに思えたはずだ。
だが、今のアリアの胸に去来したのは、吐き気を伴うような既視感だった。
「……お断りいたします」
アリアの声は静かだが、鋼のような硬さを持っていた。
「な……!? あなたは自分が何を言っているのか分かっているのですか? 王宮に入れば、名声も富も、何不自由ない暮らしが約束されるのですよ」
「名声のために、私の力を使うつもりはありません。私は、誰かの期待に応えるために、自分を『特別な象徴』という檻に閉じ込めるのは、もう嫌なのです」
宮廷魔道士は顔を赤くして詰め寄った。
「これは公国のため、ひいては歴史のためだ! 個人の我儘でこれほどの力を腐らせるというのか!」
「私の力をどう使うかは、私自身が決めることです。……私はただの私として、目の前の一冊の本、目の前の一人の友人のために力を使いたいだけです」
アリアの瞳には、一切の迷いがなかった。シオンとの生活の中で学んだのは、自分の意志を貫くことの難しさと、その先にある真の自由だ。誰かの役に立つために自分を殺すのではない。自分が自分であるために、その力を行使する。
使者が去った後、作業室の影からシオンが姿を現した。
「……随分と手厳しい断り方だったな。王宮を敵に回せば、俺のような隠遁生活を送ることになるぞ」
「いいんです、シオン様。豪華な宮殿で『聖女』として祀られるより、この埃っぽい地下室で、あなたと一緒に温かいスープを飲む生活の方が、私にはずっと価値がありますから」
アリアが向けた屈託のない笑顔に、シオンは一瞬言葉を失った。
かつて国に絶望し、人間を信じることをやめた「氷の軍師」の心に、アリアの放つ純粋な「自立心」が、心地よい波紋を広げていく。
「……勝手にしろ。だが、スープを冷ますなよ。今日は君の好きな、苦くない野菜をたっぷり入れたからな」
シオンはぶっきらぼうに背を向けたが、その足取りはどこか誇らしげだった。
アリアは、自分を「特別な道具」としてではなく、「アリア」として見てくれるこの場所の尊さを、改めて噛み締めていた。
図書館で起きた「奇跡」の話が、ついにレムルシア公国の王宮にまで届いたのだ。
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だが、今のアリアの胸に去来したのは、吐き気を伴うような既視感だった。
「……お断りいたします」
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「な……!? あなたは自分が何を言っているのか分かっているのですか? 王宮に入れば、名声も富も、何不自由ない暮らしが約束されるのですよ」
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シオンはぶっきらぼうに背を向けたが、その足取りはどこか誇らしげだった。
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